波紋の刻

□風柱・二
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「……──妹は俺と一緒に戦えます!鬼殺隊として人を守るために戦えるんです!だから──……」

朔夜の耳に飛び込んできたのは少年の声だった。

「何だか面白いことになってるなァ。」

庭園には実弥を除く八人全員の柱が出揃っていた。人の間を縫っていくように見渡すと奥には義勇もいた。こんな状況でなければ一目散に駆け寄っているところだが、他の柱たちの前でもあり何より今はそれが叶う状況でもない。表情こそ変えなかったが、変わりのないその姿を見て朔夜は心の底から安堵した。
割り入った実弥に一同が同じ表情を向けたのは言うまでもない。義勇にとってみれば朔夜までもが居合わせたせいで余計な感情も加えられただろうが。

それにしても箱を取ろうと試みているが箱はびくともしない。朔夜は両手、実弥は片手であるのにだ。ただ張り付いているわけではなく全力でこの結果である。朔夜は力の差を思い知らされるばかりだ。
箱を手放すように訴える隊員の最後の静止にも答えず、実弥は石を敷かれた庭園にうつ伏せている一人の少年隊士を見下ろした。箱もさることながら吊られるように朔夜もまたその少年に視線を落とした。
少年を愚弄する言葉を浴びせる実弥に、朔夜は目の前にいるこの少年こそが義勇の話に聞いていた竈門炭治郎だとわかり、どうも初めて会った他人とは思えない不思議な感覚であった。

綺麗な、どこまでも澄んだ真っ直ぐな瞳だ。

だけどその容姿はとてもではないがこの場に居合わせるような状態ではない。命に関わるものでないにしろ酷い怪我をしている。見ていると炭治郎と目が合った。悼むようなその目。朔夜は直ぐに自分の事を目視しているとわかった。

「……あの人……酷い怪我をしている……」

炭治郎がポツリと呟いた。それは誰へ伝えようとした言葉でもなかったのだろうが朔夜の耳にも届いた。朔夜はそれが自分の状態を差した言葉だということに直ぐ気づいたが、それを言いたかったのは朔夜の方だ。実弥の手刀を受けたとはいえ朔夜は炭治郎のように目に見てとれる怪我ではない。どうして自分の状態が分かってしまったのか、朔夜は疑問で仕方なかった。そしてこの状況で初見の他人の心配をする炭治郎には色々と驚かされた。確かに炭治郎の言うようにあまり体調は思わしくもなく視界がぼんやりとする。いよいよ立っていることも辛くなってきたところだった。

「不死川さん、勝手なことをしないでください。」

その時、実弥への怒りを露にするしのぶの声が聞こえた。珍しく露わにした怒りをしのぶからふつふつと感じとった。そしてそれを言った後、しのぶは実弥から朔夜へと視線を移した。炭治郎の言葉が近くにいたしのぶにも聞こえていたのだろう。

「朔夜、貴女はもう下がっていなさい。」

「しかし……この手を離せば、不死川様はこの鬼を殺しかねません。」

食い下がらぬ朔夜に、実弥は当たり前だろうと言わんばかりに横目で朔夜を睨んだ。振り向いてしまえばその怒りを直に感じてしまうので朔夜は実弥と目を合わすことはしなかった。目の前には炭治郎も義勇もいる。朔夜にとっても半ば意地であった。状況がどう転ぶか想像の予測も立たない今どうしても手を離すわけにはいかなかった。

「大丈夫ですから、もうその手を離しなさい。」

しかしながら二度しのぶに強く言われ朔夜は躊躇った。各々の思いが交錯するこの争いに何が最善かなど考えても分からないことは初めから承知していた。だからこそ自らの命をかけてでも信頼を得んとする人の想いが届いてほしかった。どれ程の想いが込められているのか。鬼が人を喰うた時の責任、あるのはそれだけではない。そこに少しの希望があるのなら、それが不変であったものを変えるきっかけになるのならば、朔夜もその想いを守りたいと思った。何にかけてでも。朔夜は巡らせた視線の先に義勇を見た。

「冨岡様……。」

朔夜が名を呼んだその人に周囲の視線も注がれ、「派手に状況が分からん」と音柱が横やりを入れた。一瞬だけ朔夜と義勇の視線が交わる。無表情に何か言葉を発するわけでもなく。それでも朔夜は義勇の言わんとする事を察した。そして朔夜はついに箱から手を離した。義勇のその瞳もまた"下がっていろ"とそれだけを語っていたのだ。
朔夜は今自分にできることは何も無いと悟った。朔夜がどれほど抗えど義勇もまたそれを望んではいない。朔夜は小さく呼吸をすると己の気持ちを噛み殺し実弥から離れた。

しのぶは近くにいた隊員に朔夜を庭園から連れ出すこととその傷の処置を命じた。朔夜は隊員に肩を支えられながらその場を後にした。


朦朧とする意識の中朔夜は思った。

炭治郎は、その妹の鬼は、義勇はどうなるのかと。

鬼殺隊に居る限りいつ誰が命を落とすか分からない。考えたことがないわけではないが考えないようにしていた。

目覚めた時、そこには必ず大切な人たちがいることを朔夜はいつも夢見ていた。

何かを守ったとしてもこの戦いが終わった時、きっとそこにいるはずだった人いて欲しい人たちがいなければ、己の正す道を進んだとしても……きっとそれはとても寂しい事だと思う。
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