波紋の刻

□風柱
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『もし、その鬼が人を喰ったらどうするの?』

『……その時は俺も腹を切る。』


──……


鬼が人を襲うか襲わないかなんて誰もが分からない。それも承知の上で義勇は兄妹を生かしたのだ。たとえ柱といえどその想いを踏み倒すことを許すわけにはいかなかった。

ふぅっと朔夜は静かに呼吸した。血液が循環し、ピキピキと筋肉が膨張する。視覚的には何も変わるものがないが、それでも実弥は気づいたのだろう。本気で箱を取りにかかるのだと。少し驚いた表情をしたが構わず実弥は足を踏み出した。朔夜もまた実弥を止める気で構えた。しかし、「悪く思うな」実弥の声が耳元で聞こえた。


え──……?


朔夜は瞬きをしなかった。それなのに目の前にいたはずの実弥の姿はなく、視界の片隅に実弥の白い羽織りが消えていった。

これが、柱。

過ぎ去り様、実弥は朔夜の首元を後ろから手刀した 。トンと軽く、それでも人一人を気絶させるには十分な衝撃を与えた。実弥もそのつもりで打った手刀に違いない。

「オイ、愚図共!ボーッとしてんなァ!顔面から逝くぞォ!」

その実弥の声に、ぐらつく朔夜の身体を支えんと隊員たちが駆け寄ってきた。が、朔夜は倒れることなく自らの足で自分の体重を支えた。

「……お待ちください。命を同じくする者に愚図などと……。そのような気遣いは無用でございます。」

頭が割れるように痛い。幾分素直に気絶していてた方が楽だと感じるほど受けた衝撃は凄まじい。それでも箱を手放せる理由にはならない。朔夜は実弥の後ろから両手でしっかりと箱を掴んだ。

「あァン?多少はやるのかいィ……瞬間に急所をずらしたなァ。」

「この箱には、人の想いと命がかけられているのです。お願いですから、箱をお返しください!」

「訳のわかんねぇ事を言ってんじゃねェ!これは鬼だ!お前も鬼狩りならその意味が分かるだろォ!」

五寸程の身長差はあるだろう実弥は上から朔夜を睨みつけた。朔夜は痛みと迫り来る吐き気に耐えながら、それでも手を離さなかった。片手と両手でも単純に力だけではその差は歴然としており膠着状態が続く。
今の朔夜は完全に両手が塞がり実弥の片手は空いている。もう一度この首に手刀を入れようと思えばそれもできるはずだが、実弥はそれをしなかった。次に同じ衝撃を加えれば意識を飛ばすことだけに留まらない事態になるということを分かっていたからだろう。鳩尾に拳一つ入れればすむ話だろうに朔夜が女とあってかそれもしない。

「さっさと手を離しやがれッ!」

「……箱をお返しください!」

「煩せェ!殺されてェのかァ?!」

何度かやり取りを繰り広げた後ピキっと限界の糸が切れる音がして、実弥は朔夜に構わず朔夜を引きずる形で歩き出した。隊員の声はいつしか隊士様をお返しくださいという悲鳴に変わり、それには人聞きの悪いことを言うなと実弥は一層激怒していた。

そしてそのまま連れ出された場は、もちろん柱の揃うその前なわけで。結局そこまでの間朔夜は実弥から箱を取り上げることはできなかった。
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