波紋の刻

□風柱
1ページ/4ページ



──それは数ヶ月前に遡る。


満月が綺麗な夜だった。朔夜は崩れ落ちる鬼の頸を背に青く魅惑的に光る日輪刀を鞘に収めた。

久方ぶりに次の指令も入らなかった朔夜は、日の出を待たず任務を終えた足で義勇の屋敷へと向かった。屋敷へと辿り着いたのは辺りが薄明るくなり始めた頃だった。しかしそこに義勇の姿はなく広い屋敷は静けさを放っていた。朔夜は刀の手入れをしたり庭先から絶景とも思える日の出の風景を眺めその帰りを待ったが、一向に主が帰って来る気配はなかった。
そこへ義勇の元へと飛ばしていた鴉が朔夜の元へと戻ってきた。くるくると空を舞う鴉に手を伸ばすと鴉はその手首に落ち着いた。息を荒くする鴉。急いで自分の元へと戻ってきたのかとその愛くるしさに頭を撫でてやると、気持ち良さそうに鴉は頭を預けてきた。
義勇の屋敷に立ち寄る際には予め義勇宛に文を飛ばす。だからいつも帰還した際は屋敷を尋ねれば大抵義勇はいるので今は任務なのだろうと安易に推測はできた。担当地区の巡回だけならばもう帰宅してもいい頃合だ。それにしては遅すぎた。緊急の指令というならば柱が派遣されるほどの任務となるとどうしても良い思いは過ぎらず、時間が経つにつれ朔夜から落ち着きはなくなっていった。
いつもながら折り返しの文もなく。怪我をしてはいないだろうかと、状況も分からずにその身を案じ待つ時間ほどもどかしく不安な時はなかった。

「カァー!カァァー!」

表情の曇る朔夜に息を整えた鴉が何かを伝えんと腕の中で羽ばたいた。そして思いもよらぬ事を鴉は告げた。
義勇は緊急の指令で任務に出ていたが、そこで遭遇した鬼とその鬼を連れた隊士を庇い立てした為に柱やその隊士らと共に本部へ同行していると言うのだ。
一瞬何の事を言っているのか分からず再度鴉に確認を求めたが鴉は同じ事を繰り返した。全身の血が抜けきるようだった。ひんやりと身体中に寒気が走り指先が震えた。朔夜はしばらく考え詰め、はたと義勇の屋敷を飛び出した。

義勇から同じような話を聞いた事を思い出したのだ。いつかの任務先でのこと、鬼へと変貌した少女が兄である少年を庇ったと。それは周囲からすれば俄に信じ難い話だろうが、それでも普段口数の少ない義勇が話すことに朔夜は耳を傾けた。その後は義勇の育てでもある師の元へ誘導したと聞いていたが、でもそれは二年も前の話だ。それからその話を義勇から聞くこともなく、もちろん朔夜にその後兄妹がどうなったかなど知る由もなかった。
義勇は何か思うところがあり行動したのだろうが、柱が鬼を見逃したという事実に変わりはなくそれが朔夜には嫌に引っかかっていた。誰かに話したところで鬼が人間を庇うなど先例のない話。笑い話にされて終わりそうなものだが、朔夜は義勇から聞いた話を念を込めて自身の中だけにしまっておいた。
ここは鬼殺隊だ。いくら耀哉が容認していたにしろ、それを快く受け入れられる人間ばかりでないということを朔夜は肝に据えていた。

鴉の言う鬼と隊士があの時の義勇の話に出てきた兄妹なのだろうか……。それともまた別の同じような境遇を持ち合わせた者なのか。そもそも前者ならば耀哉にも話が通っていたはずだ。ならばどうしてと、朔夜は焦る気持ちに押されながら本部へと走った。

義勇は口数が少ない人ではあるが、何の理由もなく行動を起こすような人ではない。ただそれだけを信じていた。
次へ
前の章へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ