波紋の刻

□言葉足らず
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初めからそうではなかった。

その人に対しての印象は、一般的な人の感覚となんら変わらなかったと思う。無口で無愛想。おまけに口を開いたかと思えばその場の空気を割いてしまう。初対面の人間に与える印象はとてもではないが褒められたものではない。彼の性格は誤解されやすい。そのせいもあって鬼殺隊の内々でも周りからの反感を買う事がしばしばある。特に血の気の多い隊士にとっては癇に障るものがあるのだろう。その中でも際立っているのが同じ柱である不死川実弥だ。顔を合わせるだけで喧嘩が始まりそうなその空気に、隊士たちの間でも一際仲が悪いと評判だ。
しかしそれは平面に受ける印象というだけであってその人は優しかった。言葉と行動が伴っていないとそう感じ始めたのはいつからだっただろうか。いや、本当はとうの昔に初めてその人を見た時から分かっていたのかもしれない。ただ自分が忘れていただけで……。"あんな事"がなければもっと早くに気づいていたと思う。

朔夜の記憶の中にある初めて見たその人は、友と呼ぶその人を前に笑っていたのだから──。

朔夜に限らず義勇は周りの人間ともあまり喋る方ではなかった。全く喋らないというわけでもないが、受けた言葉に短答に返すくらいのものだ。当の本人は最終選別後から自分とは同期としてよく同じ任務に就いていたことすら気づいていないだろう。あの頃の義勇にとって他の隊士は皆同じように見えていたと思う。最終選別後しばらくは生気を感じないほど彼の放つその空気を怖くすら感じた。その刀を手放し自ら鬼の元へ飛び込んでいってしまうのではないかとよく思ったほどだ。あの最終選別を同じくした朔夜もまたその生々しく焼き付いた記憶に触れるべきではないと、仲間からそのことを問われることがあっても口外することはなかった。しかしその周りを寄せつけようとしない独特の雰囲気は次第に隊士たちの心にも不満を生んでいった。着々と階級を上げてゆくその実力を気に入らない者もいたのだろう。面白がった同期の人間が火種となり、最終選別の話題はすぐに隊士たちの間で広まった。
友である少年が犠牲になったと。隊内で立つ噂話が義勇本人の耳に届いてはいないかと朔夜はいつも心臓の鼓動を早まらせて聞き耳を立てていた。会話には参加しないものの、義勇の姿が見えると時には話題を逸らす役を買ってでたりもした。幸いにも直接本人に告げる者はいなかった。ただそれは彼の実力の右に出る者がおらず、結局は揺るがぬその強さまで否定できる強心者がいなかったというだけのことだ。
しかし隊士の一人が人の集まる蝶屋敷の処置室で人目をはばからずにその話を始めたことがある。過酷な任務で殺気立っていたことも後押ししたのかもしれない。この日はいつも以上に話が尽きなかった。そこへ任務から帰還した義勇に出くわしたのだ。丁度同じ部屋の入り口付近で傷の処置を受けていた朔夜は、いち早く部屋に入ってきた義勇の姿に気づき身が凍りつくような思いだった。朔夜は話に参加していたわけではないが顔は強張り手にはじわりと汗が滲んだ。今まで調子良く喋っていたのに話し始めた本人ですらも表情を固めていたのが印象に残っている。息一つすら落とすことが出来ないほどの緊張の中、場の空気が一気に冷めていくのがわかった。
しかし義勇は何も言わず表情のひとつすら変えることはなかった。処置だけを済まし終えると義勇はその場から静かに去った。朔夜はほっと胸を撫でおろしたと同時にそれはまた新しい緊張の糸を生み、みるみるうちに朔夜の顔色は血の気をなくしていった。

いや……おかしい。考えてみなくてもあんな大声での会話が聞こえていないはずがない。

それでも義勇はその眼に怒りや悲しみの色すら浮かべず仲間を責めることもしなかった。朔夜の中でまた最終選別の記憶が頭を過ぎった。何故、どうしてと、ひとつずつ義勇の気持ちを紐解き朔夜はひとつの答えに行き当たった。

単純なことだった。彼の中でその事実は至当だったのだ。

誰よりもそれを理解していたのは義勇本人であり、周りの噂話や人の声よりそれ以上に彼は友が死んだあの日からずっと己自身を責め続けていたのだ。そのことを朔夜はこの時ようやく理解した。仲間の噂話を義勇はその通りだとただひとり切に受け止めたのだろう。もしかすれば今だけではない。これまでに何度も他からの声が聞こえていたかもしれない。そう思うと朔夜は計り知れないその気持ちに胸が苦しくてたまらなかった。


義勇の時間は、あの日あの万に咲く藤の花の下で止まっていた。
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