波紋の刻

□十二鬼月に近い鬼
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「女の子に助けてもらうなんて、俺が非力なせいで……。次こそ朔夜ちゃんを守るから。」

言いながら朔夜の腕の傷を布で縛ってくれている善逸の手は震えていた。どことなしか言葉にはぎこちなさを感じる。一応ちゃんと一部始終の説明はしたのだが、それでもまだ鬼を倒したのは朔夜であると思っているらしい。

「よしっ、これで大丈夫。痛くない?」

「うん、ありがとう。大丈夫。」

傷が全て布で覆われて善逸の気遣いに笑顔で答えると、善逸は満足そうに頬を赤らめていた。処置も完了しさてと、朔夜は座っていた石段から腰をあげた。

「行こうか、善逸。」

「やっぱり、そうですよねッ!」

一変、善逸の表情から魂が抜けた。一々この世の終わりのような顔になるのだけは辞めてほしいものだ。富んだ精神力があるわけではない朔夜までも無駄に不安が増幅してくる。

「鬼はあの三体だけじゃないよね?」

「……うん……この先からまだ鬼の強い音を感じる……。」

「じゃあ、行こう。」

「ちょ、待って!まだ心の準備が……」

鬼がいるなら進むまでだ。善逸を待っていたら夜が明けてしまう。嫌がる善逸を他所に朔夜は構いなく歩みを進めた。来た時と同じくして善逸はなんだかんだ朔夜の後ろを渋々着いてきた。鬼が若い男を狙っているということは先でも明らかになった事実。それはそれでひとり置いていかれるということも善逸としては死活問題なのだろう。

「ねぇ……朔夜ちゃんはどうして鬼殺隊に入隊したの?」

次第に民家も遠目になりやがて山と街へと続く二つの分岐点に差し掛かった頃、不意に善逸に問われた。朔夜は立ち止まり静かに振り返った。

「気になる?」

「朔夜ちゃんからはまた他の人たちとは"違う音"が聞こえるんだ。その、上手く表現できないんだけど……。」

本当にその鋭い聴覚はすごい能力だと思う。こういう繊細な質問をされることは鬼殺隊であまりない。朔夜が黙っていると善逸は聞いたことを後悔するかのように自分の反応を伺っていた。
人にはそれぞれ事情というものがある。当人からそれを語り出すまでは触れてはいけない暗黙の了解で、必要以上に踏み込んで来る者はいない。善逸は他人とは違う自分だからこそ問いかけてきたのだろう。

「……たぶん、他の人と違う音なのは、私には他の人たちのように大した理由があるわけじゃないからだよ。」

「え……?理由もなく鬼殺隊へ?」

「少なくとも皆のように、鬼に大切な何かを奪われたわけじゃない。……怒りや、憎しみが私の"音"からは感じとれない。そういうことでしょう……?」

鬼殺隊には鬼に家族や大切な者を殺され入隊した者が大半を占めている。その者たちが鬼に抱く感情は恐怖以上に怒りや憎しみであることは間違いない。皆それを根源に刃を奮っている。そうでなければこんな過酷な場所にただの人助けで好んで飛び入る人間などそうはいないだろう。
悲しみをぶつける矛先を無くし、ある意味そういった人間が唯一心を拠り所にでき、怒りや憎しみによって生きる意味を見い出せる……鬼殺隊はそういう場所でもある……。

残りの人生を怒りと憎しみに縛られて生きるのだ。何とも儚く悲しい輪廻ではないだろうか……。それでも矛盾してそれによって生かされている人間はここには山ほどいるのだ──。
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