波紋の刻
□炎の剣士
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廊下を出ると別の部屋で待っていると言っていたはずの千寿郎がひょこりと顔を覗かせた。大方朔夜を心配しての事だろう。千寿郎はお茶を準備したと朔夜を茶の間へ通してくれた。
「この茶菓子私が作ったものなんですが、よければ朔夜さんもどうぞ。」
「ありがとうございます。これは桜餅ですね!いただきます!」
朔夜は桜餅を頬張る姿をじっと見つめる千寿郎の視線に気がついた。口に入れていた桜餅を飲み込むと朔夜は微笑んだ。
「そんなに心配しないでください。大丈夫ですよ。」
「えっ?!僕、そんな顔をしていましたか?!」
つい気が緩んだのか、一人称が"僕"になり素の姿が垣間見えた千寿郎が微笑ましく思えた。父に何か言われませんでしたかと、控え目に聞いてくる千寿郎に朔夜は笑顔で答えた。
「人の価値観というものはそれぞれ違います。同じものを見ていたとしても見る方向によってそれはとても違うものに見えてしまうかもしれません。棟寿郎様はとても熱意のあるお方であったのでしょう。」
朔夜がそう言うと千寿郎が瞳を潤ませた。朔夜は驚いて持ち合わせていた手拭いを渡した。すみませんと言葉を詰まらせる千寿郎の背中を朔夜は落ち着くまでさすってやった。
「父のことをそんな風に言ってくださった事が嬉しくて。」
涙を浮かべながら千寿郎は笑う。それには朔夜も柔らかく微笑んだ。
「杏寿郎様が柱就任以前の柱合会議にも棟寿郎様は出席されなかったと聞きました。他の者は棟寿郎様の事を心配しています。そのように皆から慕われるのも棟寿郎様のこれまでの人格があるからでしょう。」
聞いてまた手拭いに顔を押し当てる千寿郎。朔夜がそれを宥めていた時だった。部屋の襖が勢いよく開いた。
「今帰った!」
朔夜はその面影に棟寿郎を見たのだが、いや違う。張りのある通った声。溢れ出る重圧は紛れもない炎柱である煉獄杏寿郎その人であった。
「れ、煉獄様っ!お邪魔しております!」
図々しくも柱の家で茶を嗜んでいた手を置き、朔夜は爪先から頭までが一本の糸で引っ張られたように立ち上がった。それには杏寿郎も朔夜の存在に目を止めた。
「ん?君は千寿郎の客人か?」
「いえ、兄上この方は……」
千寿郎が説明を入れる前に杏寿郎は朔夜を上から下へと見定めた後、ぽんとひとつ手を打った。何やら自分の中で結論づけたようだ。
「なるほど!その隊服に日輪刀!君は俺に稽古をつけてもらいに来たんだな!」
え、と朔夜と千寿郎は同じように時を止めた。間髪を入れる間もなく杏寿郎は朔夜の腕を引いて歩き出した。
「そうとなれば早速稽古をつけようじゃないか!」
「ま、待ってください!煉獄様!私は……」
「ははは、これが戦場ならば敵は待ってはくれないぞ!遠慮せず全力でかかってこい!」
「いえ、そうなのですがそうではなく……!」
「しばらくの間任務に就いていなかったので丁度体が鈍っていたところだ!」
唐突のことで朔夜は理解が追いつかず断ることも出来ずに、千寿郎には哀れみを受けながら半ば強制的に稽古場へと連れて行かれた。