波紋の刻
□季節が巡って
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「冨岡さん、如月さん、怪我の処置をいたします。」
「いえ、私は結構です。それほど酷い傷ではありませんので。」
処置の道具を持ち傍に寄ってきた隠の人間に朔夜はやんわりと言った。怪我という怪我は負っていない自分もまた便乗して断った。"隠"が戦いの後始末をする中で、ふーっと朔夜が大きく深呼吸した。
「ところで冨岡さん。」
「……なんだ?」
「私の名前は知っていますか?」
この状況で何を聞くのかと思えばそんなこと。名前はさっき隠が呼んでいた……まあ、よく知りはしないのだが。まともに会話したのは今日が初めてのこと……。
「如月朔夜です。覚えててくださいね。お願いします。」
にっこりと微笑む朔夜を陽の光が照らした。義勇はこの任務に就いて初めて朔夜の笑う顔を見た。任務前は顔が強張り任務中は常に怯えている。その光景はもう見慣れていた。本人の言うように、それが鬼に対し怒りも憎しみも持たない普通の一般人の反応ではあるのだろう。
「俺は」
「名前なら知ってます。同期の中でも、冨岡さんの剣の腕は一目置かれているので。あ、そうだ、よかったら……」
何かを言いかけた朔夜。しかし傍らに飛んできた鴉がそれを遮った。
「如月朔夜二伝令ヲ伝エル!鬼ノ目撃情報アリ!西ヘ行ケ!」
心を休める間もなく鴉の伝令が鳴き響く。その場にいた隠の者で朔夜を労しそうな目で見る者も少なくはなかった。当の本人は鴉からの伝令に困ったように笑っていた。
「私だけですか。残念。それでは、私は行きます。また……機会があれば剣の手合わせをしてください。」
それを言い残し、朔夜はその場を去った。剣の手合わせなど一般隊士に頼むことでもないだろうに。思いながら、義勇は次の指令もなかった為一足先に本部へと帰還した。
この後報告も兼ねた鬼殺隊の長である産屋敷耀哉とのやり取りで朔夜について触れることがあり、やはり同じ同期であることを耳にした。耀哉が言うのだから嘘でもないだろう。同じく知る同期の人間に聞いても同じ返事だった。
一度見ればあんな独特な型の出し方を忘れるはずがない。それでも記憶の淵を辿ってみたがやはり覚えがなく、やがてそれは義勇の中で大きな疑問となりこれは本人に確認する他ないと策を練った。