波紋の刻

□抗いの刃
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「……うっ……ぐっ……!!」

木造の家屋を体で押し破っていく。その時の生身の人間が受ける感覚といえば、背骨から内臓にかけてをすり潰されていくような酷い圧迫感。それでいて石や木片の破片が肌を傷付け突き刺さり、全身を切り刻まれるような痛みに襲われる。

もう身体がどうなってしまったのかも分からなかった。ようやく朔夜の動きが止まったのは、家屋の最奥へ到達した時だった。家屋の外壁から内へかけては一直線に荒い空洞が出来ていた。そこには赤く生々しい血の跡が続いている。

「……ご、ほっ……」

自分が生きているのかそうでは無いのか。頭の中は真っ黒で何も分からなかった。冷たく暗い。自分という重みだけをかろうじてここに感じていた。薄く開いた瞳の霞む視界の中で、正面の方に立ち上がる禰豆子が見えた気がした。

「しっかりして!大丈夫?!」

すると人の声がした。自分が壊してしまったこの家の住人だろうか。巻き込んでしまったりはしなかっただろうか。自分の力が及ばないばかりに申し訳ないことをしたと、答えようと声を出そうとしたのだが息が苦しい。

楽になりたい。

そう思っていればどうしてだか幾分呼吸が楽になった。神様が自分の願いを聞き入れてくれたわけでもないだろうに。朔夜は重い目をそれでもしっかりと開くと、そこには自分を介抱し傷の手当てを施す住人たちの姿があった。

「……私はいい……から…………逃げ…て…くださ……い……」

朔夜は声を振り絞って訴えた。喋ると咳が止まらなくなり肺が苦しい。それでも住人たちは処置を続けた。

「無理に喋らないで。大丈夫、貴女は死なない。大丈夫。」

それどころか手をぎゅっと握られ、そんな励ましの言葉をかけてくれた。

どこかで聞いた言葉だった……。それは戦場で傷ついた仲間たちへ朔夜がかける言葉だ。大切な仲間が不安や孤独を感じないように……。

朔夜の脳裏に死んでいった仲間たちの姿が浮かんだ。

痛かっただろう。苦しかっただろう。悔しかっただろう……。

でもそれは気休めの方便なんかではなかった。大丈夫だと本気でそう思っていた。死にゆく命が為にかけていた言葉ではない。常に生きる事を考えて、生きてほしくて……。

「…………。」

しばらく朔夜は横になり身体を休めた。そうでなくとも無理にでも動かせるほども身体は動かなかった。そうしている間にも外から激しい戦闘音が聞こえてくる。戦っているのはやはり禰豆子だろう。外の様子はどうなっているのだろうか。禰豆子に加え少し前から僅かに炭治郎の気配も感じた。炭治郎も目を覚ましたのだろうか。早く向かわなければと焦る気持ちを堪えて朔夜は今は呼吸を整えることに集中した。住人が手当てを施してくれたおかげで肩の傷もそれ以上酷い出血はしていない。

剣術で劣っても。力で劣っても。自分にできる事は自分自身が良く知っている。

まだ、やれる。

朔夜は自身に言い聞かせる。次第に朔夜の手に感覚が戻ってきた。その現状復帰の早さに勝る者はいない。朔夜はゆっくりと掌を握り締めてみて驚いた。右手には日輪刀が握られたままになっていた。どんなに力が無くなったとしても無意識にこれを離す事はしなかったのだ。

「すみません。何か髪を結うものを貸していただけませんか?」

「アンタ、その怪我で動けるのか?」

主人のような男が驚くのも無理はなかった。先程まで呼吸も荒く死にそうに寝そべっていた女が今にもう立っているからだ。その姿もかろうじて着物の形を保ったボロボロの布が肌を覆い、元がその色であるかのように固まった血で赤黒く染まっている。家屋に飛ばされた際に背の布は大きく破れ、露わになった肌の殆どは包帯の白色が占めており、両肩の包帯には既に血が滲んでいた。幸い脚だけは何ともなかったが、どこを見ても戦場に復帰出来るような人間の身形ではなかった。朔夜は借りた結紐で長い髪の毛をいつものようにひとつに結んだ。

「ありがとうございました。感謝いたします。」

数人いた住人たちは皆同じような顔を並べ、呆気にとられるあまり朔夜を止めることすらしなかった。
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