波紋の刻

□遊郭潜入
2ページ/4ページ


炭治郎と伊之助は就職という形で颯爽に潜入する店が決まり、残るは善逸と朔夜のみとなった。善逸は同期三人の内一人だけ出遅れた事への焦りか、やはり天元にも不満があるようでぶつぶつと譫言を垂れていた。

「朔夜ちゃん……こんな身なりだからって俺を嫌いにならないでね。」

ぽつり、善逸が涙ながらに朔夜へと訴えてきた。そんな善逸に朔夜は愛想笑いひとつを零してやることが関の山であった。善逸が言うのも無理はない。乱雑に顔に塗りたくられた白粉や頬紅。男の女装だからこうなってしまうのか、とはいえ見た者が感じるのは唯ならない違和感だろう。善逸に申し訳無さを感じつつも朔夜は天元へと話を振った。

「それよりも宇髄様、私は如何所へ潜入をすればよいのでしょうか?」

先の遊郭での売買交渉では店の者が一番に朔夜を指名したのだが、それに対して天元が莫大な金額を提示した結果交渉が成立したのは炭治郎のみであった。もちろん自分にそれほどの交渉価値があるとも思っていない朔夜は、何か策があっての事だろうと店側を断念させる為あえてその額を付けたのだと思っていた。しかしながら天元は顔色ひとつ変えず朔夜に言い放った。

「ん?ああ、とりあえずお前はこいつらが売れ残った時の保険だ。」

朔夜はあんぐりと口を開けた。

「はぁ、保険……ですか。」

「残るは京極屋。こいつと一緒に売り込みに行くぞ。」

いまいち状況が飲み込めていない朔夜は不貞腐れている善逸の腕を引く天元に着いて京極屋へと向かった。そこで朔夜は保険と言われたことの意味を知ることとなる。

「──便所掃除でも何でもいいんで貰ってくださいよォ。いっそタダでもいいんでこんなのは。ほら、この娘も一緒になら儲けた話でしょ。」

朔夜は善逸の隣に並べられた。京極屋の玄関下からべしべしと善逸の頭を叩きながら遣手の女性に笑顔を振り撒く天元。ほんの直前まで善逸の買取りをも渋っていた女性であったが、朔夜と二人それも安価でならと頬を赤らめ首を縦に振った。女性は完全に端正な天元の容姿にのぼせ上がっているようだった。

確かに潜入が上手くいかなければ元も子もないが……。売れない善逸と完全に売り切る為に付け加えられただけの朔夜は、人一人分にも満たない稀に見ぬ安価格ですんなりと京極屋に買い取られた。あまりに不本意な売られ方に善逸はもちろんのこと、朔夜も急に酔いが冷めたような顔で終始放心状態であった。

「本来はお前を深入りさせる予定じゃなかった。無茶だけはするな。何かあれば直ぐに報告しろ。」

朔夜だけに聞こえるように天元が低い声で囁いた。それにはくすんでいた朔夜の瞳にも色が戻った。どういうことなのか。考えた時には天元はひらひらと手を振り自分たちを置いて店から出ていった。
次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ