波紋の刻

□炎の剣士
5ページ/5ページ


初めて煉獄の生家へと足を運んでから幾月も経った。

「美味い!美味い!」

「煉獄様、そんなに慌てては食事を詰まらせてしまわれますよ?」

「わっしょい!」

朔夜はもうすっかり見慣れてしまった光景に笑った。そんな二人のやり取りを千寿郎が傍らで茶碗に箸をつけながら見守る。槇寿郎は相変わらずであるが、何度罵声を浴びせられても懲りずに煉獄家に足を運ぶ朔夜にしまいには呆れの感情も失せたのか、家の中で鉢合わせる事があっても追い返すような事を言われることもなくなった。干渉はされずとも拒否されない程度の存在くらいにはなったということだろう。
朔夜が来ることで千寿郎も幾分自然な顔を見せるようになったので、朔夜は時折こうして任務で煉獄家の近くを通りかかった際には特段の用がなくても立ち寄った。その時は決まって千寿郎が食事を用意してくれ、こうやって三人で食卓を囲む事も珍しくなかった。

「皆でご飯を食べる事は楽しいですね。」

そう言って朔夜が千寿郎に笑いかけると、千寿郎もはいっと嬉しそうに笑顔を零す。そんな何気ない束の間の時間が朔夜は好きだった。

「それにしてもこの間の柱合会議での一件には驚かされた!」

「あれは……出過ぎた真似をしたと反省しております。」

「ははは!如月も意外に情深い人間であるからな!あれでは不死川も扱いにくかっただろう!」

「煉獄様……。」

表情の落ち込む朔夜を見て冗談だと杏寿郎が朔夜の肩を叩いた。あまり優しくはないその一撃に朔夜は喉に飯を詰まらせそうになり苦しさで胸を叩いた。


今思えば……杏寿郎のその時のその言葉をもっと深く捉えていれば……そう思うことがある。何を言ってももう何かが変わることは絶対にない。それでも今でも不意に思い出す。

食事を終え朔夜は庭先で日輪刀の手入れをしていた。これからまた任務に経たなければいけないのだ。そんな朔夜の元に杏寿郎がやってきた。

「見事な刀だ。」

月の光で照らされた青深い藍色の刃を見て杏寿郎が素直な感想を述べた。ヒュウっと二人の間を風が吹き抜けた。何か言いたそうな杏寿郎に朔夜は手を止め顔を向けた。

「どうかされましたか?」

朔夜は顔に掛かった髪を除けながら小さく首を傾げた。杏寿郎はじっと朔夜の日輪刀を見つめたまま。

「それは命を守る刀だな。」

一言そう言った。朔夜は面を食らった。これまで何一つ杏寿郎に自分の事を話した事はない。杏寿郎が何も聞きもしなければ、しがらみもないそれでいられた関係だったからだからだ。

「……お気づきでしたか……。」

「不釣り合いな階級に、君の剣が鬼の頸を斬る事が目的ではない事くらい手合わせすればすぐに分かる。」

「……鬼殺隊士であることを後ろめたくは感じておりました。私は鬼殺隊失格でしょうか……?」

影を落とす朔夜に対し杏寿郎はあっけらかんとして笑い飛ばす。

「そういう守り方もあるというだけのことだ。後ろめたさなど感じる必要などない。」

初めてだったかもしれない。そういう風に自分のことを肯定し言葉にしてくれた人は。仲間を守りたいがあまり鬼の頸を斬り損ね、結果逃がした鬼が民間人を襲ってしまった事だってある。命を投げ捨てることが出来ない自分の戦い方には批判される部分がたくさんある。なのに……

「煉獄様……ありがとうございます。」

任務を前に朔夜は満たされた気持ちで一杯になった。他人の在り方を否定しない。こういう人が命を張って人々を鬼から守るのだと。だから、自分は守りたい。

「そんな事よりも如月、君に伝えておきたい事がある。」

改まる杏寿郎に次は何かと朔夜は感極まる気持ちを落ち着かせた。

「何でしょうか……?」

「また時々でいいから、こうやって千寿郎の食事を食べに寄ってやってくれないか?」

今でも立ち寄っているのだけれど、改めてそう言われ朔夜は妙な事を言うものだと思いはしたが、そう思った程度であまり気にも留めなかった。それよりも朔夜は柱に頼まれた事に首を横に振るわけにはいけないと笑顔を作って頷いた。

「はい、もちろんです。」

そう返事すると杏寿郎は満足したようなどこか安心したようなそんな柔らかい笑みを零した。朔夜の元に杏寿郎の訃報が伝えられたのはそれからしばらくしての事だった。たった一時の暖かい時間であった。多くの悲しみと同時に、守られた多くの命を残して煉獄杏寿郎という熱く高らかな人間はこの世からいなくなった。

「煉獄様……。」

周囲には林が取り囲み、遠目には大破した黒い鉄の塊がまだその戦いの爪痕を残したまま転がっていた。朔夜は荒野の地で頭上に昇る太陽を見つめながら静かに佇んでいた。


──季節外れの春の香りがした。

今でもその人を思い出させる桜の香りが思い出す度に涙を誘う。
次の章へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ