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□癖
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『チッ。』
別に気にならないことがあった訳じゃない。 ただの癖だ。
つまらない事務も無意味な残業も確かに好きにはなれない。
けど、人間 慣れていく生き物で……
“俺も生きていて……”
面倒だと思いつつ、さして気にならなくなった。
どちらかというと、もう痛みすらしない胸元の傷を、今でも気にしてるみたいに触る癖。
これの方がよっぽど気に入らない。
思い出すのは、あの頃じゃなくて “あいつ”だから。
「なぁ、猿比古ー。 俺といて、楽しいか?」
中学時代、あいつが俺に向かって聞いてきたことだ。
『はぁ?…んだよ急に。』
「いやぁ、だって…お前つまんなそうだし、返事も〔あー。〕とか〔んー。〕だけだから……もしかしたら、楽しくねぇかなぁ……って。」
そう言ってきたあいつの顔は悲しそうで、それが可哀想になって俺は答えたんだ。
『別に。つまらねぇことはねーよ。少なくとも暇はしない。』
するとあいつは、とびきりの笑顔を向けて俺に言うんだ。
「そっか、よかったーー!じゃあ、そんな死んでるような顔してねーでもっと笑えよ!」
傷を触る癖で我に返ると、真っ暗で誰もいない事務所で……あいつとすごした教室も、屋上もなかった。
触った傷が痛んだ気がした。
奥からジクジクと……。
もうとっくの昔に死んで、感覚なんてほとんどないのに……。
そう、死んだ……ずっと昔に……。
“何が” 皮膚が
“違う” 俺が……。
俺があいつに出会う前の死人に戻ったんだ。
この傷が死んだ俺の生きた部分。
『……美咲……。』
そう呟いて、痛みに堪えて、泣きそうになるのも また
俺の悪い癖だ。
End