薬剤師と看守
□優しさに触れる
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今朝から体調が悪かった。自分で処方した薬をこっそり飲んだが、効きが悪い。此処で調達出来る成分では効果がある薬が作れなかったのかと思ったが。否、自分の思っていたより症状が重かったのだ。朝食で賑わう食堂の片隅で、一切食事に手を付けず視線を宙に漂わす。
(どーすっかなぁ………)
体調を崩した囚人は医務室で診察を受けれる、看守に願い出ればいいだけだ。しかも作業も免除され休める。しかし其れはせず我慢する事にした。いつも通り振る舞う、心配させたくない人達の為に。
「朝食も摂らず、何を呆けているんです。ついにボケましたか」
「好き嫌いはダメだぞ、更に貧弱になってどうする」
ウパとリャン、二人が窺い見ている。言葉こそ辛辣な物の、その表情からは心配している事がわかる。だからこそ彼らに自分の不調を気付かれたくなくて、何時も通りの軽い返答をする。
「ひどい!ちょーっと考え事してただけでその言い草、俺もう泣くよ?」
「「泣けばいい」」
「………ハモらないで」
シクシクと泣き真似をする姿に二人は溜め息を吐く。他者に対しては世話を焼いたり気を遣う彼が、自分の事は顧みない。その事をよく知ってるからこそ、腹立たしい。
「それで、食事も喉を通らない考え事とは何ですか?」
「いや本当に大した事じゃないんだ。それに食欲がないのは寝不足のせいだし、大丈夫だから」
ね、と笑みを向けて二人の肩に手を置き、ぽんと軽く叩いて立ち上がる。減らない朝食を返しにトレーを持って返却口に向かい、厨房の方に一声詫びを入れて食堂を出る。残された二人は食事をしながら見送った。
「……あの人は本当にバカです」
「気遣いが余計な事もあるのにな。しかし、それでも奴が虚勢を張るのなら見守ろう」
「リャン………そうですね。僕達はフォローが出来るようにしておきましょう。全く、面倒な人です」
「ふ、本当に」
朝食後、午前中は警務作業に従事する。約二名から強い視線を受けたので距離を取るために離れ、他の囚人と共同で作業する。しかし、ここで問題が起きた。ペアを組んだ囚人が他の囚人と喧嘩を始めたのだ。何時もだったら直ぐに離れて様子見をしていただろう。しかし今日は動けなかった。二人も直ぐには来れない位置で、その結果巻き込まれ、負傷した。
………………………
頭に包帯を巻かれた男が横になっている。彼は医務室に運ばれて暫くしても目覚めなかった。寄り添うように側に居た二人に翁が近付く。
「その内起きる。んな心配はいらんぞ」
「御十義先生、彼は脳震盪を起こしただけなんですか?」
「そうだっつってんだろ?俺の診断にケチ付けようってのか?」
「いえ、そうではなく………調子が悪そうだったので」
リャンが翁と会話している時も、ウパは眉間に皺を寄せて、眠る男の顔………チィーの寝顔を静かに見詰めてる。翁が椅子に座りカルテを見直すと溜め息を吐いた。
「だろうな、検査結果が悪い。起きたら説教だ。こいつには前もって色々言ってあったんだが、自分の知識を過信してんのかねぇ」
「ッ、違います!」
翁が言ったことを、ウパが強く否定した。
「バカなだけです。具合が悪くなったら僕が気に病むと思ってるんです。そうやって隠して悪化してしまう事の方が、辛いと気付けないバカなんですよ。」
「ウパ………」
俯き拳を握る。小柄な彼が更に小さく見えて、リャンがそっと肩に手を置く。その様子を見ていた翁はパイプを咥え、白い煙を吐き出すと口角を釣り上げ笑う。
「おぅ、こいつの馬鹿さはわぁった!だからおめぇ達は戻りな、起きたら帰すか知らせをやるさ」
「「………はい」」
「んでもって、いい加減入って来い。いつまで盗み聞きするつもりだ?」
医務室の扉が開き、猪里と猿門が入ってきた。驚いて二人が駆け寄る、猿門に。
「「猿門さん!」」
「俺もいるって」
存在を無視された猪里が自己主張する隣では、猿門の前で項垂れる二人。その頭を軽く撫でると、驚き顔を上げた二人に苦笑いを向ける。
「大丈夫だっつの、後は任せとけよ。おい、猪里。この二人を部屋に戻してやれ。71番には俺が付く」
「へいへい。んじゃ58番、2番、行くぞ」
三人が部屋から出ていくと、改めて翁に頭を下げる猿門。
「うちの舎の囚人が世話になりました」
「へっ、それが俺の仕事だからな。状態はさっき連絡した通りだ。起きたら連れて戻って構わんぞ。処方薬は後で渡す、それと……説教してやれ。ガツンとな。んじゃ調剤やらがあっから俺は行くぜ」
部屋には猿門と、ベッドに横たわるチィーの二人だけ。猿門はベッドの傍らに椅子を引き寄せ座る。