おはなし
□僕らの愛しきパラドックス
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(…………………静か、だよな。)
鴇時は閉じていた両目を
ゆっくりとあげていった。
(それに…………………暗い。)
とうに就寝の時刻を過ぎて
灯りも消してある。
彼岸にいた時は色々な音が
絶えず耳を打っていた。
車の行き交う音。
どこからともなく聞こえる音楽。
人の笑い声。
店への呼び込みをする声。
駅のアナウンス。
音が絶えることなんて
1日の中に何分あることか。
光も同じだ。
閉まらぬ店。
消えないネオンサイン。
陽が昇るまで灯る街灯。
光が絶える瞬間もほとんどない。
しかし、"ここ"は違う。
陽が落ちれば夜になる。
夜になれば眠るのみ。
眠れば灯りは要らず、闇の支配。
そして、耳なりがする程の静寂。
ただ、感じるのは障子を突き抜けて
部屋に差し込む月明かりと
傍らで眠る黒髪の男。