とある神官さま!!

□悪魔
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杳馬は久し振りに訪れたギリシャの空を
意気揚々として堪能していた。
今夜は何だかいつもとは違う、
面白い事が起こりそうな気がしたのだ。
それも、とびっきりの!!

視界の隅を横切った女神の聖域。
杳馬は以前ちょっかいをかけた双子を思い出し
唇の端を吊り上げて笑った。


あれは上手くいったなぁ。


女神も冥王も兄神さえも出し抜いた快感。
今でも愉快な気持ちにさせてくれる。

「ほんっと、サイコーだよ。」

ああ、これが人間達の血であったなら
もっともっと鮮やかな色だろうに。

くすくすと杳馬が見下ろす地上は
夕陽に照らされ、紅く染め上げられていた。

紅い世界。

杳馬が見つめる先に、ひとりの女がいた。

「おおーー!!
 良ーい感じに苦しそうなお嬢さん♬」

ヒューと口笛だけを残して杳馬は姿を消した。










必死だった。

ただただ、これ以上聖域にいる大事な人達に
迷惑を掛けなくて済むように消えたかった。
だから優斗はひたすら足を動かした。


いや、違う。
この絶望から逃れたい、その一心だ。

誰かの為、などと言いながらも結局
やっている事は今も己可愛さからくるもの。

今の自分の行動にも更に傷付きながらも尚
優斗はアルバフィカの元に、
聖域に戻れなかった。
優斗には要らない人間と愛する人達から
突き放される恐怖に向き合う勇気が無かった。
どこまでも弱い自分を捨て切れない。
それなのに、捨てられる事を恐れて
先に捨ててしまったのだ。

「あははははっ!!
 ……ホント、どこまでも救えないのね。」

吐き気がするくらい。
自嘲する彼女の言葉を拾う者は闇だけだ。

泣くな。
泣く資格なんか無い。
自分から離した手を、何故惜しむ。

頬をしとどに濡らす涙を乱暴に拭うと
優斗は唇を強く、強く噛み締めた。
口の中に鉄錆の味が広がっても、
口からしゃくり出てきてしまう弱い心を
押し込めんと強く強く。
脳天気な声が飛び込んで来たのはその時だ。

「あーらら。
 お嬢さんどうしたっていうんだぃ?
 別嬪なお顔がだーいなし!!」

あまりに今の自分と違いすぎるトーンに
流石に優斗も驚いた。
驚きすぎて息を呑んだ理由はもうひとつ。

「て…テンマ?」

よく知っている天馬座の少年に良く似た、
それでいてどこか妖しい雰囲気を持つ男。

「テンマを知っているのかい!!
 いやぁ嬉しいね!!ありゃ俺の自慢の子さ!
 しかもお嬢さん、もしや俺と同じ郷か?」

「自慢の子?同じ郷…?」

テンマの父親!?
何故こんな所に?

話が噛み合うようでいて、その実
優斗は事態を飲み込めないでいた。
混乱する優斗を余所に、男は笑った。

「ああ、あの東洋にある退屈な島さ。」

「東洋の…?」

テンマそっくりの顔。
テンマは孤児院出だが東洋の血が入っていると
以前ふとした時に聞いた事があった。
彼が言う事が真実ならば、
優斗とテンマ、そしてこの男は
同じ民なのだろうか。
同族という言葉に優斗の脳裏を過ぎったのは
聖域を支えるジャミールの一族だった。

教皇セージとその兄ハクレイ。
牡羊座のシオンに、ユズリハとその弟トクサ。

女神アテナに仕える者同士以上の、故郷を
同じくする民の絆があるのを知っていた。
羨ましかった。
家族の輪で、他者[優斗]の立ち入りを
拒んでいるようにも思えて寂しかった。
だが寂しいと思う事も、育ててくれた
セージの想いを疑うようで苦しかった。

でも。
目の前にいるのは、己の同族。
この手を取れば、あの寂しさも
苦しい気持ちも消えるだろうか。
ジャミールの一族がその内で共有する
あの温かい絆を、自分も結べるのだろうか。

「おや、信じられないのかい?
 そしたらひとつ、スペシャル大ヒント!!」

男が無邪気にウインクをしてみせた。

「お嬢さんは『天馬』が何か知ってるだろ?
 そいつは俺の国の言葉だよ。」

じんわりとその謎掛けが脳に染みていく。
知らずと受け入れる言葉が
優斗を静かに静かに蝕む。


天馬。
天翔ける美しい馬。
そう。
知っている。知っているよ。



「ペ、ガ…サス……。」



掠れた声で、それでもしっかりと紡がれた
言葉にメフィストフェレスが深く深く嗤った。







「御名答♬
 正解したお嬢さんには景品をやらねえとな」





君はグレートヒェンになるのかな?
悪魔は優雅に優斗の右手を掬い上げて
その甲に唇を軽く落としたのだった。







Mephistopheles

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