とある神官さま!!

□逢魔が時
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「…そういう訳で、今日もセージ様に
 雷を頂いた後、マニゴルドに聖域から
 放り出されたの。」

「……優斗。
 こうと思ったらそれを正しいと思い込む、
 突っ走って無茶をする。
 それは悪癖に他ならんよ。」

結局、爆弾を落としたっきりのハスガードは
あっという間に姿を消してしまったので、
優斗は事の顛末をアルバフィカに
イチから自分で説明しなければならなかった。

説明の所々でこちらに視線を寄越す
アルバフィカの眉間による皺と小宇宙を
できるだけ見ないようにして優斗は
彼の隣で夜道の土を踏み続けていた。

「面目無いです…。」

「仕事熱心なのはいいが、
 それで周りに心配を掛けていたら
 逆に面倒を増やしている事に
 いい加減気付いたらどうだ。」

「……………。」

チクリと何かが胸に刺さった。

一生懸命やらなければ。
そう、ずっと張り詰めていた。

闘えない文人の身であり、
デルフォイの巫女達のように
神託を賜れる能力もない己に出来る事は
そんなに多くないのだから。

この神官の仕事も長く続けてきた。
だが、出逢って家族になったばかりの頃の
悪童マニゴルドは自分と同じような、
ただの普通の子供であったのに。
彼は修行によって頭角を現した。
どんどんその力を伸ばして、見事セージの
蟹座の聖衣を継ぐまでに至ったのに対し
自分は果たしてどうなのかと。


成長しているのだろうか。


アテナであるサーシャや教皇セージを始め
この聖域を支えられているのだろうか。


自分の事前調査がもっと出来ていれば
聖闘士達は任務をより安全に出来た筈で。


どんなに尽くしても力が足りない私は…





私は、この聖域に必要な存在なのだろうか?





一度浮かんだ疑念はずっと心を蝕んでいた。

アルバフィカと薔薇の手入れをしていても
童虎やテンマと戯れていても
シオンの聖衣修復の手伝いをしていても
マニゴルドと料理をしていても
セージの星読みをデジェルと補佐していても





いつだって優斗は不安で仕方がなかった。





皆は凄い。
強い人達ばかりで。
まるで太陽のようで。
それぞれが己の役割を持っていて。

眩しかった。

眩い彼等と、果たして肩を並べて良いのか。
自分という輪郭が闇に今にも溶けていきそうで
いつの頃からか優斗は夜が来ても
灯りを絶やす事が出来なくなってしまった。

小さな光に縋って、暗闇に呑まれぬよう
己に出来る最大限の努力をしていれば、
弱い自分の存在を少しだけ赦せる気がした。

赦される気がしたのだ。

だけど、それは違ったのだ。
赦されるとは対極の行い。
支えるべき人々に迷惑をかけ、手間をかけ、
結果なすべき事を滞らせる優斗の行動は
聖域にとっては不利益でしかない。


害。


思考の果て、行き着いた結論に
優斗はヒュッと息を呑んだ。

「(力もない、独り善がりの努力で迷惑を
 かけ続けている私が…赦されるだなんて)」

息が上手く吸えない。
顔の筋肉が思うように動かない。
いつの間にか、足も進む事を止めていた。

「………優斗?どうした。」

優斗の様子が普段と違う事に
気付いたアルバフィカの問い掛けも、
今の彼女には届かない。

「優斗!!」

少し語気を強めてアルバフィカが呼ぶと
優斗は弾かれた様に彼を見つめた。

「…優斗?どうして…」

最後まで言葉を紡ぐ事は出来なかった。
彼女には珍しい、弱気に下がった眉尻に
緩んだ唇は微かに震えていた。
そしてアルバフィカを真っ直ぐに見つめた
瞳は大きな水膜が張っていた。
顔を上げた弾みで大きく揺れたそれは
零れ落ちる事なく夕焼けを映すと
優斗の東洋人らしい瞳を緋に染めた。

「…………………。」

優斗はアルバフィカを見つめたまま
震える唇を微かに動かした。
紡いだ言葉は辛うじて音になった。

「なに…?」

戸惑うアルバフィカの傍をすり抜けると
優斗は細い路地へと身を躍らせた。

今、優斗は何て言った?

到底彼女から出て来た言葉とは信じられず
呆然としたアルバフィカがハッとして
振り返った時には時既に遅し。
そこに優斗の姿はなかった。
夕闇が彼女を隠してしまっていた。

まるで、先程の願いを叶えるかのように。




「……消 え な く ち ゃ……。」








Spooky dusk

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