リクエスト
□甥っ子テイクアウトで
2ページ/2ページ
今自分が複雑な気分を抱えているのは、そんな話を聞かされていても従姉同様無表情で聞いているであろう自分自身に対して。
従姉と同じである事に今まで疑問を感じた事はなかったが、いつか将来自分が愛する人との間に子を儲けた時、子供に笑顔を向ける事も出来ないままで本当にいいのだろうかと云う漠然とした不安だった。
「それは杞憂だったな」
「世の中誰もが卿の様に私の無表情から感情を読み取る事が出来る訳ではない」
「子供の父親がおれなのだから問題なかろう」
「子供の母親はこの男ではないがなっ」
再び目を覚ました親友があまりにも当たり前に自分の気に入らない義眼の男と夫婦の様なやり取りをしているのを見て、ミッターマイヤーは溜まらずその会話に割り込んだ。
云ってみれば親友である自分に子供を託して貰えなかった焼き餅の様なものだ。
本人にしてみればささやかな反抗を見せたつもりだったのだが、口を揃えて『当たり前だろう』と云われて虚しさを通り越して泣けて来た。
何も自分とて男が母親になるケースがあると思っていた訳ではない。
幾ら子供が出来ないからと云って、子作りのシステムが分かっていないと思われるのは心外だ。
子供を作るにはまずおしべとめしべがあって…えぇい、今はそんな事はどうでもいい。
育児の経験云々を理由にするなら、この男とてたかが甥っ子を一週間ばかり預かった程度ではないか。
自分とそれ程経験の差があるとは思えない。
それに自分には妻がいるがこの男にはいない。
つまり片親だ。
なのに何故自分ではなくこの男を子の親としようと思ったのか…
ふと先ほどの2人のまるで夫婦の様な会話を思い出す。
まさか…
「何だ、大人しくなったと思ったら寝ているのか。
ムッターの髪を握り込んでいい身分だ。
これはおれのだぞ、返せ」
「子供に嫉妬してどうする。
それに私はムッターではない」
「固い事を云うな」
オーベルシュタインを父親ではなく母親呼ばわり。
ああ…あれほど女好きだったロイエンタールが一体いつの間に趣旨替えしたのだろう。
それも寄りによってこんな男に…
数ヶ月後――
長く伸ばした髪を愚図る子供に与え遊ばせるオーベルシュタインの姿を見て、ミッターマイヤーはとある昔の光景をはっきりと思い出した。
まだ士官学校の生徒だった頃訓練施設にいきなり敵軍が現れ、名前も知らぬ一年上の士官候補生と共に後方部隊に援軍要請の伝令に行かされた。
その時士官候補生が後ろ姿を女性と間違えナンパした髪の長い男…あれは間違いない、オーベルシュタインだった。
彼が年上の現役軍人を掴まえて、髪を撫でたくらいで頬を染めるなど男の癖に可愛い奴だとヘルメットの下からくぐもった笑い声を響かせたのを思い出す。
頬を染めた?自分の目には蒼白い顔にしか見えなかったのに。
彼にしか分からないオーベルシュタインの表情の変化…今にして思えばあの士官候補生は、あの声はロイエンタールではなかったろうか。
防護服にフルフェイスメット、顔は見えなかったがそう思い始めるとロイエンタールとしか思えなくなって来る。
以前二人が子供の頃にお互いそうとは知らずに知り合っていた事は、夏のビーチのスイカ写真事件で知っていた。
それに加えて今度のナンパ事件だ。
この男は自分がロイエンタールと親友の地位を確立させる以前に、一体どれだけの偶然の出逢いと別れを繰り返していたのか。
気づいていないだけで他にもあるのではないだろうか…いや、きっとある。
ほぼ確信の様にそんな気がしてならなかった。
勝てない…がっくりとうなだれるミッターマイヤーの背に、追い討ちを掛ける様に責める子供の声。
「閣下!
閣下がしっかり相方の手綱を取ってないから!
遂にうちの叔父上、金銀妖瞳長官と夫婦みたいになっちゃったじゃないですか!
どうしてくれるんですか、責任取って下さい!」
自分が出逢う前から結ばれる運命だった二人を、自分の力ではどうにも出来ないよ…云おうとしてやめた。
口に出したら認めてしまう事になるからだ。
喚く甥っ子を持ち帰り朝まで自棄酒に付き合わせた帝国三長官が一人は、翌日未成年者略取とまで云われて義眼の男とそれによく似た無表情のご婦人に、きっかり三時間絞られたのであった――
《終》
◆あとがき◆
はい、オベ子の甥っ子話如何でしたでしょうか。
正確には甥っ子ではなく従姉の子ですが(笑)
無表情で甥っ子を溺愛するオベ子の姿を想像して笑って頂ければ大成功です。
月夜しゃん、こんな感じでよかですか?
今回はあまりお待たせせずに済んでほっと胸をなでおろしております。
2011/01/23