リクエスト

□AD時代の伝説
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ロイエンタールとオーベルシュタインが密かに愛を育み始めてから早や一年、先に結婚を意識したのは日頃から結婚などする奴の気が知れんと豪語していたロイエンタールの方だった。

と云うよりも付き合い始めてから一年も経つのに、未だオーベルシュタインの方から甘えたり求めたりしてくれない事に焦りを感じたロイエンタールが、彼が何処にも行ってしまわぬ様に結婚と云う鎖で縛り付けておきたかったのだ。

元は嫌っていた筈の彼に今はぞっこんな自分と同じ様に、いつまた誰かがオーベルシュタインの魅力に気付かないとも限らない。

理由はどうあれ女をとっかえひっかえしていた不誠実な自分より、オーベルシュタインがその時彼に惚れ込んだ男の方を選ばない保証はないのだ。

とある休日、ロイエンタールは執務の合間に集めまくった教会のパンフレットを山の様に抱え、どれがいいかとオーベルシュタインに詰め寄った。

要は挙式を何処の教会でするのかと問う事によって、決死のプロポーズに踏み切ったのだ。

一度愛を知ってしまった者は、もう孤独に還る事には堪えられない。

まさに今の自分がそうだ。

帝国軍内では蛇蠍の如く忌み嫌われているオーベルシュタインには、伴侶に選択の余地などはない…今は。

だから断る筈がない。

そう思いつつも心臓は早鐘の様に鳴り響く。

そもそも普段から無表情を決め込むこの男に、自分が愛されていたと云う自信はない。

ただ拒まなかっただけだ。

迷惑と思っていても腕力に劣る自分が抵抗したところで無駄と判断し、諦めていただけかも知れない。

この男は無駄な事など本当に何一つしないのだ。

例え自分の命を落とす事に繋がろうと。


ロイエンタール
「…どうして見ない?
これだけあるんだ、どれか一つくらい気に入る教会がある筈だろう」

オーベルシュタイン
「見るだけ無駄だ」

ロイエンタール
「な………」


ロイエンタールは目の前が真っ暗になるのを自覚した。

いっそ女の様に気でも失えたらどれほど楽だっただろう。

この世で一番欲しいものが一生手に入らないと宣告されたも同然なのだから当然の事だろう。


オーベルシュタイン
「私は父の遺言で神前結婚しか許されていない」

ロイエンタール
「は?」

オーベルシュタイン
「だから神社でしか式を挙げられないと云っている」

ロイエンタール
「し、式を挙げる意志はあるのか?」

オーベルシュタイン
「いずれはな」

ロイエンタール
「だ…誰と」

オーベルシュタイン
「…卿以外の誰がいると云うのだ」


相変わらずの無表情ではあったが、オーベルシュタインの耳が微かに紅く染まっているのをロイエンタールは見逃さなかった。

つい先刻まで地獄の底に叩き落とされた気分だったロイエンタールだったが、今度はヴァルハラへの階段を三段跳びで駆け上がる気にさせられたのは云うまでもない。

以前初めてデートに誘った時も、始終無表情でいたオーベルシュタインに落胆し、自分は惚れた相手を楽しませる事も出来ない無能者かと落ち込んだが、あの時も家まで送った別れ際『顔には出ないがこう見えて楽しんでいる』と云われ救われた事があった。

そう、オーベルシュタインはその表情に反して、情に厚く豊かな感情を有しているのだ。

そんなオーベルシュタインを喜ばせる為なら、多少遠くても無理をしてでも神社で式を挙げよう。

忙しい僚友達は式には来て貰えないかも知れない。

それでもたった2人だけででも、結ばれる為の儀式を執り行う事が出来るならそれで構わない。

それだけで十分幸せだ。

ロイエンタールはその幸せを噛み締める様に、目の前の痩躯の男をその腕の中に包み込んだ。


ロイエンタール
「で…この辺りで神社は何処にあるのだったかな」

オーベルシュタイン
「オノミチだ。
私の両親もそこで式を挙げた」

ロイエンタール
「オノ…遠いな。
神社と云うだけでも十分マニアックなのに、卿のご両親は何故そんな処で…他にはないのか?」

オーベルシュタイン
「後は…ミヤジマか」

ロイエンタール
「ミヤジマ!?
衛星ではないか。
オノミチならフクヤマからすぐだが、ミヤジマはヒロシマまで行かねば船がないぞ!?」

オーベルシュタイン
「卿は随分サンヨーの地理に明るいな」


結局翌週の休みにオーベルシュタインの両親が式を挙げたと云う、その御袖天満宮へと下見に赴く事にした。


日帰りするには少々キツい距離だが、愛する人をこの世に産んでくれた今は亡きオーベルシュタイン夫妻が愛を誓った場所なのだ。

興味が持てない筈がない。

寧ろ今ではその神社が他星系ではなかった事に感謝さえしていた。











ロイエンタール
「ほう…ここがそのナントカテンマングウか。
古代文字の様だが、何と読むのだ?」

オーベルシュタイン
「私もカンジには明るくない。
同盟のヤン・ウェンリー辺りなら読めるのかも知れんが」

ロイエンタール
「ヤン・ウェンリー?
AD時代の東洋系の言語か」

オーベルシュタイン
「この神社もAD時代のものをそっくりそのまま移築したそうだ」


オーベルシュタインの話ではそもそもこの神社にはいわくと云うか伝説があり、ここで愛を誓ったカップルは完全に互いを理解する事が出来る絆が生まれると云うのだ。

その伝説を聞いた何代目かの皇帝が、わざわざ地球に建築の専門家を派遣して、13日戦争を耐え抜いて残った神社をそっくりオーディンへと移築させたとの事だった。

ロイエンタール
「それだけ聞けば何と酔狂なと呆れたくなる話だが、今のおれにはその皇帝に感謝こそ出来るぞ。
しかし美しい建築様式だな…とても数千年前のものとは思えん」

オーベルシュタイン
「幾分手は入れてある様だがな、あちらの石段は地球にあった頃と寸分違わず再現しているそうだ」

ロイエンタール
「石段?
さっき登って来たあれか?
あれは些か急すぎだろう、そんなところまで忠実に再現しなくても…」


振り返ると来る時には気付かなかった空き缶が石段脇に落ちているのが見える。

質素でありながら厳かで美しい景観が、その空き缶一つでぶち壊しである。

オーベルシュタインは溜息を吐きながら、その空き缶を拾い上げようとした。


オーベルシュタイン
「地元の民か観光客か分からぬが、美感を疑いたくなる輩が訪れた様だな」

ロイエンタール
「大方あそこのくず入れに投げ込もうとして外れたのだろう。
卿がその綺麗な指を汚す事はない。
おれが拾おう」


オーベルシュタインより先に缶を拾おうとして焦ったのか、勢いづいて却って缶を遠くに蹴り飛ばしてしまったロイエンタール。

焦りが焦りを生み、何と云う事のない平面でバランスを欠き、その体は大きく前のめりに地面に叩き付けられようとしていた。


オーベルシュタイン
「危な………!」


オーベルシュタインが手を差し伸べるも、鍛え上げられたロイエンタールの体をその痩躯が支えきれる訳もなく、二人は勢い良く件の石段を下まで転がり落ちてしまった。

暫しの静寂と舞い上がる砂埃。

実際には石段に体が叩き付けられる音や驚き飛び立つ鳥の羽ばたきなどがしていた筈だが、痛みが頭を朦朧とさせ、また舞った砂埃は二人から視覚と聴覚を一時奪う事となった。

今は互いに呻く声さえ聞こえない。


ロイエンタール
「オーベルシュタイン…無事か?」

オーベルシュタイン
「ああ…とっさに卿が頭を庇ってくれたから…
しかし卿は無事ではなさそうだ、酷い声をしている」

ロイエンタール
「酷い声?
それでおれが無事でないとすれば、卿も無事とは云えんぞ…卿も妙な声をしている」

痛む体を何とか起こし、漸く晴れかけた砂埃の向こうに相手の無事を求めてみると、そこにあるのは自分の姿。

鏡でしか見た事のない己の顔が、実体を伴ってこちらを窺っているのである。


オーベルシュタイン
ロイエンタール
「…な……………っ?」


相手の声に違和感を感じた時は、まるで知らない他人の様だと思ったがそうではない。

違和感の正体は自分が体で聞き知っている自分の声ではなく、録音などで聞かされた空気振動を経て鼓膜に辿り着く見知らぬ自分の声だったのだ。


ロイエンタール
「卿がおれの姿をしていると云う事は…おれが卿になったと云う事か?」

オーベルシュタイン
「互いを完全に理解する絆とは、この事を云っていたのか…」


確かに体が入れ代われば、互いの事を熟知するに至るだろう…肉体限定での話ではあるが。

それよりも問題はこれからどうするかである。

どちらも軍に於いて代えの利く手駒などと呼べる存在ではない。

互いが互いの振りをするなど無理な話だ。

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