リクエスト

□酒と涙と男と男
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今日おれは些細な事でオーベルシュタインと口論になり、売り言葉に買い言葉で賭けをする羽目になった。
その賭けと云うのが負けた方がファーレンハイトに酒を奢ると云う勝負なのだが…
まあ確かにおれが勝っても奴が勝っても酒など大した量は飲まないのだから、負担にならなければ意味がないと云う理屈も分かる。
だからと云って何故勝った側が何の得もしない賭けなぞせねばならぬのか―――


【酒と涙と男と男】


ロイエンタール
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」

オーベルシュタイン
「どうやらこの勝負、私の勝ちのようだな」

ミッターマイヤー
「おいおいロイエンタール、今日の手持ちは大丈夫なんだろうな。
ファーレンハイトに好きなだけ飲めと云う事は、この海鷲亭の在庫が空になるのを覚悟すると云う事だぞ?」

ファーレンハイト
「勿論遠慮なく飲ませて頂きますよ」


ファーレンハイトと云えば『貧乏性め』と云えば『貧乏性ではない、貧乏なのだ』と臆面もなく返す男だ。
普段も酒は嗜む程度に奇麗な飲み方をするが、あくまで酒につぎ込む金はない…と云うだけの事で、聞いた話ではこの男は底なしだ。
他人の奢りともなればその量たるや際限を知らないのは重々承知している。
とは云えこの男が奢りで酒を浴びるように飲んだのは、門閥貴族軍に籍を置いていた頃に一度だけと云うから、我が僚友にそれを目撃した者はいない。
つまりは噂や武勇伝なぞどれほど尾ひれがついているか分かったものではないのだから、実際には奴の上限は未知数と云ったところだ。


オーベルシュタイン
「座席数が少ないとは云え仮にも上級士官クラブだ、置いてある酒も高級志向のものが多い。
銀行に駆け込むのなら今の内にな」

ロイエンタール
「大きなお世話だ。
こんな小さな店に大した在庫などあるものか」

海鷲亭店主
「それが今日在庫補充したばかりでして…ドンペリが各色一本ずつと、黒ビール3ケース、それにロマネコンティが12年ぶりに入荷したなどと問屋の主が自慢するのでつい二本。
今日の入荷は以上ですが、通常の在庫もありますれば…」


…ろ、ロマネコンティを二本も入荷出来るほど儲かっていたとは、流石上級士官クラブ。
いや、あれとてピンキリ、100万クラスのものなどおいそれとは手に入り…え、7桁?1桁目の数字は2?
などと感心している場合か!
酒の味も分からぬ貧乏人にそんなものを二本も飲ませられるか!
それくらいなら自分で飲む!いや、この美酒は是非ともカイザーに…


オーベルシュタイン
「ほう、奇遇だな、私も今同じ事を思った。
陛下に提供出来ると云うなら1本は私が持とう」

ミッターマイヤー
「全くこの二人は、仲がいいのか悪いのか。
いつも変なところでシンクロするな」

オーベルシュタイン
「妬いているのか」

ミッターマイヤー
「誰がだ!」


ところがこの話をカイザーに進言したところ、出征前に英気を養ういい機会だと、あれよあれよという間に主だった僚友全てを出席させる事に決まってしまった。
ファーレンハイトは自分の取り分が減ると不満を呈していたが、相手がカイザーでは文句の云いようもない。
結局ご馳走するどころかローエングラム陣営の飲み会になってしまった事で、カイザーがぽーんと気前よくポケットマネーで払ってしまわれたのだが、これではおれの賭けはどうなるのだ。


オーベルシュタイン
「英気を養うのが目的であるのに、負けた賭けにあやかったのでは縁起が悪かろう。
今更だ、もう無勝負でよいではないか」

ミュラー
「そうですよ、出征前の景気づけなのでしょう?
賭けの事など忘れてぱーっとやろうではありませんか」

ファーレンハイト
「ぱーっとやられて堪るか!
私のロマネコンティ…!」

ロイエンタール
「誰が卿のだっ!!」


どの道ただ酒が飲める事に変わりはない筈なのだが、参加者多数で取り分が減ったのがよほど面白くなかったと見えて、少しでも多く飲もうと奴のピッチの早い事早い事…
この調子ではかの美酒を開ける前に味も分からぬ程に泥酔するのではないか?
いや、元々味の分かる男ではないと思うが。
既にだいぶ酔いが回って僚友と云わずカイザーと云わず、誰彼構わずくだを巻き始めている。


ファーレンハイト
「しかしカイザーもお人が悪い。
私が好きに飲める機会などそうはないのに」

ラインハルト
「そう申すな。
同盟本土への進軍前のタイミングで滅多に入らぬ酒が入手出来るとあらば皆に振舞いたいのだ。
正直予にも味の違いなど分からぬが、これで士気が上がるのなら安いものだ」

ケスラー
「人が悪いのは卿の方だろう。
こんな上等な酒を二本も独り占めする気だったのか?」

ファーレンハイト
「うるさい、おれぁなぁ、こんないい酒一生に一度飲めるかろうかなんらぞ?」

ラインハルト
「それは悪い事をした」

ファーレンハイト
「いえいえ陛下、とんでもない事です。
これは私などが一人着服していい酒では…」

ビッテンフェルト
「ならよいではないか」

ファーレンハイト
「くぉら、お前!
これ以上おれの酒を減らすなー!!」


…何だあれは、面白いな。
カイザーはスイッチか?
もうろれつも回っていない癖に、よく器用に言葉遣いを切り替えられるものだ。
どうだ、あの鉄面皮までが笑いをこらえているではないか。
って、こら。
アスバッハ15年ラッパ飲みか?
あれだってそんじょそこらで手に入るブランデーの中ではぼちぼちいい値段だぞ?
しかもシュペートレーゼ辛口と口中ブレンド!?
卿は一体何がしたいんだ!!
―――って、おい!
おいおいおい!


ルッツ
「ぎゃあああぁぁぁぁ!!
ファーレンハイトにちゅーされたあ!!」

レンネンカンプ
「ま、待て!
待て待て待て、こっちに来るなんがふふっ!」

ミュラー
「あーっ、駄目駄目駄目!
私のビッテンフェルト提督に何してくれてんですかぁー!!」


ま…まずい!
奴は酔うとキス魔になるのか!?
ハッ!!
か、カイザー!
カイザーをお助けせ申さねば!!


ゆらあ…

ファーレンハイト
「来やぁがったな、ロイエンタール…
好きなだけ酒を奢ってやるなろとぬか喜びしゃしぇやがってぇ…お前なんか…お前なんかこうしてやるぅ!!」

ロイエンタール
「ま、待て早まるな!!
よせ、うわっ!!
くぁwせdrftgyふじこ!!!!」

ゴッ!!

どさっ。

ロイエンタール
「うおうわ!?」


………一瞬何が起こったか分からなかったが、ファーレンハイトの狼藉を見兼ねた者が奴を殴り倒したらしい。
しかし何故その救世主が親友ミッターマイヤーではなくオーベルシュタインなのだ。
奴自身自分でも信じられないと云う顔で、ケストリッツァーの空瓶を握り締めた自分の手を凝視している…殴った時の衝撃や感触が消えずに残っているようだ。
暫し呆然と肩で息をしていたが、やおら我に返るとその場に力なくへなへなと座り込んでしまった。
後方勤務では実戦経験が少ないのは仕方ないとして、軍人としてそれはどうなんだ?
まさか人を殴ったのは初めてなどと云わないだろうな?
そんな男に救われ、負けた賭けまでチャラにされたおれの立場は?


ビッテンフェルト
「全くオーベルシュタインめ、余計な事を…カイザーはこのおれがお守りしたかったのに」

ミッターマイヤー
「卿などファーレンハイトにキスされて固まっていたではないか。
あの時あの場で冷静に陛下をお守り出来たのはオーベルシュタインただ一人だ。
流石のファーレンハイトもどれだけ酔ってもこの男を毒牙にかけようとは思わなかったようだからな」

ビッテンフェルト
「まさか今ので、この男がまた出世するなどとは云わないだろうな?」


そう…なのか?
おれにはこの男がカイザーではなくおれを守ろうとしたように見えたが。
いや、単にタイミングの問題だろう。
ファーレンハイトはおれの次にはカイザーに襲い掛かったやも知れぬのだからな。
そうだ、そうだとも、この男は以前にもガイエスブルグで身を挺してカイザーを守ったではないか。
し、しかし…


オーベルシュタイン
「た…立てない」

ラインハルト
「件の酒を開ける前にオーベルシュタインはこの有様であるし、ファーレンハイトをこのままにもしておけぬからな。
会は近日中に仕切り直すとして、今日はこれで解散とした方がよかろう」

一同
「御意」




















ロイエンタール
「まさか卿に危ないところを助けられるとはな。
卿はそんなにおれにファーレンハイトとキスして欲しくなかったのか?」

オーベルシュタイン
「云っていろ」

ロイエンタール
「ぷるぷると云うよりよぼよぼだな」

オーベルシュタイン
「云うな」

ロイエンタール
「どっちだ…」


全く以て散々な一日だった…
賭けに負けたと云うだけでも屈辱的なのに、責務も果たさぬうちに無勝負にされて、ファーレンハイトに襲われかけた挙句、このおれがオーベルシュタイン如きに守られただと…?
なのにおれは一体何をやっているのだ。
わざわざ腰の抜けたオーベルシュタインを私邸に送って行く役を自ら買ってでるなどどうかしている。
まあ…あれだ。
矜持を傷つけられた仕返しだ、これは。


ロイエンタール
「いい加減その瓶を離したらどうだ」

オーベルシュタイン
「指がこわばって離せんのだ」


…くっ、まただ!
こんなところをつい可愛いと思ってしまった!
ああそうだ、この男に助けられ迂闊にもときめいてしまったのも事実だし、子鹿のようにぷるぷる震える様を見て庇護欲を刺激されたのも確かだ!
自分で自分に云い訳なぞしたところで始まらぬ、涙を飲んで認めよう!
恋愛なんてものは、惚れた方が負けなのだ!
―――どうやらおれは賭けでも恋でもこの男には勝てないらしい。

《終》



◆あとがき◆
手伝う様の100hitリクエストで酔って一人称が「おれ」になった挙句ロイエンタールにキスを迫るファーレンハイトのお話、如何だったでしょうか。

二年ほど執筆活動を休止していたので難産でしたが、お楽しみ頂けたら幸いです。

2015/09/29


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