リクエスト

□向こう三軒両隣
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ここいらは軍人さんが多く住まう街。

官舎もあちこち沢山あるし、家庭持ちはやっぱりここらに家を買う。

軍人にとって便利な店が沢山あるからだ。

だからぼくも大きくなったら当たり前に軍人になるものと思っている。

育児に興味のない両親の事だ、きっと反対はしないだろう。

そんなある年の春、軍で大きな編成があった。

先の戦争で同盟の軍に我が帝国軍がボロ負けしたせいだろう。

だってそりゃあ帝国貴族ときたら無能者揃いで、面子やプライドで戦をするんだから堪らない。

戦略とか戦術とか、そう云う単語を知っているのかさえ怪しいもんだ。

同じ貴族でもぼくならそんな無能者にはならない。

だけどぼくはと云えばまだ軍の幼年学校にも入れない年だから、皮肉にも無能者のやる机上の空論とやらを今まさにやっている次第である。

…虚しい。

そろそろ再編成も落ち着きを見せて来た頃には、ここらの住人も大分入れ替わった。

ぼくの家の向こう三軒両隣も入れ替わった。

右の三軒隣には同じ年の頃の男の子、そして左の三軒隣には…

ミッターマイヤー
「あいつって陰気くさいよな、遊びに誘ってもいつも断られるんだ」

ロイエンタール
「目が悪いから外で遊べないんだって、ゲオルグが云ってた」

ミッターマイヤー
「あだ名が『家政婦』の使用人?
あいつが目が悪いなんて、ぼく初めて知ったよ。
何処で聞いて来るんだろ」


軍にいれば情報収集の能力の高さで高評価を得られるであろう我が家の使用人・ゲオルグの言に曰わく、名前はパウル、年はぼくの6つ上。

6つも離れてるからぼくなんかてんでガキンチョで、それで相手にしてられなくて遊んでくれないと思ってた。

これでも年より大人っぽいつもりなのに。

と云うか愛情に薄い両親のせいで世の中をナナメに見る様になったと云うか、早く自立したくて早熟になったと云うか。

でも目が悪いから遊べないんだって知ってからは、なるべくこっちから彼の家に遊びに行く様にしてる。

ミッターマイヤーと外で遊ぶのも楽しいけど、外に出ないから不健康で顔色は悪いけど綺麗な顔をしてるこのおにいさんに色んな事を教えて貰えるのはもっと楽しかった。


彼は目が見えないから本も読めないだろうに、本当に色んな事を知っている。

ぼくが大きくなったら軍人になるんだと話すと、昔の戦争での情報戦や陣形、奇襲など実際にあって成功した例、失敗した例、勝因・敗因・代替策なんかを自分の考えを交えながら語ってくれた。

凄い知識と柔軟な発想。

きっと知識に見合った凄い軍人になれる。

一緒に軍に入ろうと誘うと、ぼくは目が見えないから無理だよと彼は笑った。

小さなぼくを膝に乗せ、彼は本当に穏やかに笑うのだ。

こんなに優しかったんじゃ、確かに軍人は向いてないかも。

ぼくの頭を撫でながら、オスカーが戦死したら悲しいから軍には入って欲しくないなぁなんて云うんだもの。







ミッターマイヤー
「最近ロイエンタールは冷たい。
ちっともぼくと遊んでくれないじゃないか」

ロイエンタール
「早く軍人になりたいから家で勉強してるんだよ」

ミッターマイヤー
「幼年学校は来年にならないと入れないじゃないか。
ぼくなんかあと二年だよ」

ロイエンタール
「学校なんか入らなくても勉強は出来るよ。
いい先生がいるんだぁ」

右三軒隣の彼には左三軒隣の彼の事は内緒だ。

活発な彼は遊ぶ場所と云えば外だと相場が決まっている。

だから雨が続くと死にそうな顔と声で、ヴィジホンで愚痴をこぼしにくる。

そんなぼくは雨の日と云うとミッターマイヤーに邪魔されず、物知りおにいさんの話が聞けると朝からうきうきだ。

そうだ、ぼくは彼の事をミッターマイヤーに教えない。

彼を独り占めしたいからだ。

目が見えないから外では遊べない、つまり彼とは遊べないと勝手に思い込んでいるミッターマイヤーが悪い。

だから彼に甘やかされていいのはこのぼくだけ。














人より大人びていると云っても、所詮ぼくは子供だった。

自分だけが彼に甘えたがってる事を云ってるんじゃない、経験の少なさから来る想像力の欠如の事を云ってるんだ。

彼がぼくだけの傍にいてくれると、この時間が永遠に続くものとぼくは勝手に思い込んでいたんだ。

時間が経てば状況が変わる事くらい戦争では当たり前の事なのに、それが実生活に於いても同じである事に何故気付けなかったのだろう。


ロイエンタール
「え…義眼?」

オーベルシュタイン
「ああ、体がすっかり大きくなったからね、手術が受けられる事になったんだ。
光コンピュータが組み込まれてて、ちゃんと見えるんだよ」

ロイエンタール
「それじゃ外でも遊べるの?」

オーベルシュタイン
「距離感を掴む訓練とかがあるからすぐには無理だね。
リハビリが済んだら外でも一緒に遊べるよ。
それよりぼくはオスカーの顔が見れる様になるのが嬉しいな。
執事の奥さんが格好いい子だって騒いでたよ」


外で一緒に遊べる様になるのは嬉しい。

素直に嬉しい。

でもそれは仲のいい友達が左三軒隣の彼だけだったらの話だ。

外に出れば遊んでいる子はぼくだけじゃない、右三軒隣の彼だっているんだ。

とられちゃう…もう彼がぼく1人のものじゃなくなっちゃう…!


ロイエンタール
「目なんか…見えないままでいいじゃないか」

オーベルシュタイン
「顔を見られるのが恥ずかしいの?
一緒に軍人になろうって云ったのは君じゃない。
今からなら士官学校の受験に間に合うよ」

ぼくは幼年学校に入って友達が沢山出来たけど、別格の彼は言わずもがな、やっぱりミッターマイヤーが一番仲のいい友達だった。

ぼくの一番は変わらない。

一番好きなのは彼で一番の親友はミッターマイヤーだ。

でも彼は?

目が見える様になって世界が広がって、士官学校に入って同じ年頃の友達が出来る。

子供のぼくの相手なんかしてるより、きっとそっちの方が楽しいに違いない。

ぼくが士官学校に入った頃には彼はもう軍人になっていて、ぼくが軍人になった頃にはもう彼は出世している。

彼とは…逢う機会がなくなる。

そして何処かで偶然逢ったらぼくの知らない同僚に『近所の子』と紹介されるのだろう。

久し振りに逢っても積もる話もさせて貰えないまま同僚を優先し、じゃあと云ってあの穏やかな笑顔で手を振るのだろう。

今までは友達なんて呼べるのはぼくしかいなったのに、唯一無二の存在だったのに…

ぼくは彼の目に映ったその瞬間から、彼の世界から徐々に存在を消されて行くんだ…


彼の目の手術は無事済んだ。

案の定彼と逢う回数は減り、『唯一無二』の称号はやがて『幼なじみ』に格下げとなって、しまいには『近所の子』まで落ちた。

ミッターマイヤーとは変わらず親友のポジションをキープ出来ているのに、彼との立場はすっかり変わってしまった。

同じ三軒隣で同じ年に引っ越して来たのに、6年って云う年の差はこんなにあっさりぼくから彼を剥ぎ取ってしまうのか?

ずっと独り占め出来ると思っていたのに。

そうしたかったのに。













士官学校に上がって一人称がぼくからおれに変わった。

その間に母親が死んだり父親が益々離れていったりしたけれど、彼が去った時より悲しい事なんてなかった。

卒業と同時に遠くの星に配属されてしまった彼。

一年遅れて入学して来たミッターマイヤーも一人称がおれになったけど、おれは今彼が自分を何と呼んでいるかも知らない。

もう彼に逢わなくなって随分経つのに、どうしておれはこんなに彼に執着するのだろう。

どうして忘れられないのだろう。

彼のいなくなった心の穴を埋める様に随分女と付き合った。

しかし誰もこの穴を埋める事は出来なかった。

だから誰とも長続きしなかった。

確か7人目だったか8人目だったか…別れ際初めて自分が去る理由を云った女がいた。

『あなたは誰も愛せない』

そうして漸く自覚した。

おれが彼に執着する理由。

彼に恋しているのに女なんか愛せる筈がない。

おれは彼に恋い焦がれていたのだ。

もう…何処にいるかも分からない彼に。


「しかし薄情な男だな、奴は。
おれは遠くに配属されたお前に今もこうして連絡を取っているのに」

「早く卒業して来い。
上官が無能者ばかりでは腕のふるいようもない。
内々でお前がおれの元に配属される事はもう決まっている」

「そしたら一緒に探してやるから待ってろ。
中尉以上になればデータベースへのアクセス権限が得られる」


無能な上官の元では出世も絶望的だが、ミッターマイヤーと組めば少しは状況が変わるだろう。

中尉になれば彼を探せる。


しかし見つけたところでどうやって彼の傍へ行く?

彼はおれを覚えていないかも知れない。

覚えていてもおれの様な執着はない。

これまで一度も連絡はくれなかった…彼にとっておれはその程度だったと云う事だ。

しかしだからどうだと云うのだ。

欲しいものは待っていても手には入らない。

探して探して探して探し出して、自分の元に呼び寄せられるくらい出世して、力ずくでもおれのものにしてやる。

執着がないと云うのなら持たせてやればいいだけの事。

もう二度とおれから離れられない様にしてやるつもりだ。













オーベルシュタイン
「…これは何の冗談だ」

ケスラー
「冗談でも何でもない、正式な辞令だ」

オーベルシュタイン
「私が何の為にあの子の傍を離れたと…」

ケスラー
「卿の都合など軍は知った事ではない、いい加減諦めろ」

オーベルシュタイン
「………………………………」

ケスラー
「同期のよしみだ、云ってやろう。
恋い焦がれた相手が年下だろうが同性だろうが大した問題ではない。
問題はそれが原因で戦に集中出来ず、卿がその頭脳を無駄にしている事だ」

ミッターマイヤーが士官学校を卒業したその年、またしても軍の大きな編成替えがあった。

今回も同盟に派手に負けたからだ。

ミッターマイヤーとおれが組めば、少しはまともな戦いが出来るだろう。

新しく配属されて来たミッターマイヤーは、笑える事に右の三軒隣の官舎に入れられる事になった。

そう云えば左の三軒隣も空いていたが…


ミッターマイヤー
「おれ達のところまでは辞令の回覧など回って来ないが、噂じゃあそこに入るのは切れ者の頭脳派らしい」

ロイエンタール
「随分年上らしいがおれ達と同じ官舎に入れられるって事は大した事ないんじゃないか?
頭脳派などと云ったってどれほどのものか」


それから程なくして左三軒隣の官舎に男がやって来た。

どれほどのものかと云ったその男が、おれに恋い焦がれるあまりに出世を棒に振っていた彼だったなんて…

ミッターマイヤーにチクられて幾分気まずい思いはしたが、三人が揃えば怖いものなどなかった。

皇帝の眼鏡にかなっておれ達は帝国の三長官などと呼ばれる様になったが…

さて弱った。

おれはこの軍の重鎮をどうやって退役させて嫁に迎えればよいのだろう。

《終》




◆あとがき◆

月夜しゃんリクエストの幼なじみ設定のロイオベ如何だったでしょうか。

ロイ男が早熟だったせいであんまり幼児幼児してませんが(笑)

オベ子に至っては何かいいおにいさんになってるし( ̄△ ̄;)

ロイ男に惚れてしまって黙って身を退くオベ子…びーえるの王道ですな(笑)

月夜しゃん、こんなお話でよければご笑納下さいませ。

2010/11/27


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