リクエスト

□私の秘密基地
1ページ/1ページ

私、帝国軍務尚書・パウル=フォン=オーベルシュタイン様に飼われる犬です。

名前がまだないから我が輩と名乗ろうかとも思いましたが、それだと何だかご主人より偉そうだし、何より私ご主人が大好きなのでお揃いがいいから一犬称は私にしたいと思います。

先程私には名前がまだないと云いましたが、きっと生涯つかないと愚考します。

うちのご主人ものぐさではないんですけど。

名前なんてものは元々人間の都合だし、元よりつけられた名前がある筈だから、違う名前をつければ犬も混乱するだろう。

それがご主人の考えの様です。

確かに私にも小さい頃名前があった気がしますが、前のご主人にろくに育てて貰えぬまま捨てられたので、呼んでくれる人もないまま幾星霜。

何分この年ですからどんな名前で呼ばれていたかも覚えてないから、ご主人の好きにつけてくれればよかったのに。

ご主人は人間の都合と仰ったけど、その人間社会で生きてく上で名前がないのはぶっちゃけ犬でも不便と思います。

いつかご主人が気紛れでも名前をつけてくれるといいなぁ。

名前をくれないからと云って、決してご主人が薄情な人間と云う訳ではありません。

外ではご主人を冷血だの非情だの、好きな事を申す輩がいる様ですが、私はご主人が優しい事を知っています。

老犬の悲しさかな、顎も歯もすっかり弱くなってしまった私の為に、激務でお疲れの時も夜中でもご主人は新鮮な鶏肉を求められ、こんな歯でも食べれる様に柔らかく煮てくれるのです。

うちのご主人の料理は宇宙一です。

でもラーベナルト夫人の作ってくれるオートミールのおじやは町内一です。

ご主人には内緒ですけど。

放浪の身であった頃の食生活が貧しかったせいで歯はすっかり弱くなってしまいましたが、反対にそんな生活は私に丈夫な足腰をくれました。

こんな年でもほら、早くは歩けないけど遠くまで出掛けられます。

だから私は執事のラーベナルト殿の目を盗んで邸を抜け出し、時々冒険の旅に出ます。

行き先はいつも同じ、ご主人のオフィス。

ご主人には内緒でこっそり秘密基地も作ってます。

軍務省のビルには隠れる処がいっぱいです。


人間の作る建物の中には至る所に隙間があります。

私の体は人間より小さいので、そんな隙間にも入り込めます。

私の一番のお気に入りの秘密基地は、ご主人の執務室に隣接した配管スペース。

その内の一つのパイプが暖房用にお湯を循環させてるので、冬は暖かく夏はパイプが冷たくて気持ちいいです。

姿を見る事は出来ませんが、時々ご主人の声が聞こえて来るので何時間いても飽きません。

ご主人の執務室には色んな人が訪れます。

すぐ大声で怒鳴り散らす猪の様な人。

やたらかしこまって腰が低く、その癖本当の事をちゃんと云わない厭らしい喋り方の人。

喋り方は丁寧だけど、ご主人を茶化してばかりの若い人。

中でも気になるのが統帥本部総長と呼ばれるご主人より少し若い人。

最初の内はご主人を苛める様な事ばかり云って好きじゃありませんでしたが、この頃何だか話し方が変わって来ました。

会話は少ないけれど前の様な意地悪は云わず、ぽつりぽつりとご主人に優しい言葉を掛けます。

それがどうも先日珍しくご主人が無断外泊をされたあの日から変わった様なのです。

『オーベルシュタイン、少しは気を抜け。
根を詰めても効率が落ちるだけだぞ』

『ああ、有り難う。
…いい香りだ』

『礼を云われる筋合いはない。
いい豆が手には入ったから、見せびらかしに来ただけだ』


知ってるぞ。

これはツンデレと云うやつだ。

ラーベナルト夫人がソリビジョンで観ているドラマで、ヒロインの女の人に主人公がよくこんな事を云っているのを観た事があります。

一見意地悪を云っている様に聞こえるけれど、それは照れ隠しなんだと夫人とラーベナルト殿が話していたのを覚えています。

と云う事は統帥本部総長さんは、ドラマの様にご主人が好きなのでしょうか。

これはゆゆしき問題です。

それだとご主人はその内白いドレスを着せられて、統帥本部総長さんのおうちへ連れて行かれてしまいます。

ご主人があのお邸からいなくなってしまうのです。

それは断固阻止せねば。

私からご主人を取り上げる人は、例え偉い人だって許しません。

歯が弱いから噛みつけないけど、怖い顔で吠えるくらいは出来るんだぞ。


そんな夜でした。

名前をくれないご主人が、私に向かってぽつりとオスカーと呟いたのは。

私知ってます。

オスカーと云うのは統帥本部総長さんのお名前です。

それは私の名前じゃない、でも…

他人のものだと分かっていても、やはり犬は大好きなご主人に名前を呼ばれるのが嬉しいのです。


ご主人も

好きなんですね

統帥本部総長さんが。


私が大好きなご主人の傍にいたくて邸を抜け出す様に、ご主人も大好きな統帥本部総長さんの傍にいたいに違いない。

私大丈夫です。

足腰丈夫だから、毎日統帥本部総長さんのおうちへ逢いに行きます。

何ならこっそり統帥本部総長さんのおうちにも秘密基地を作ります。

だから寂しくないです。

そう思ってたのに…











統帥本部総長さんが新領土総督に出世するなんて…遠い星にご主人を連れて行ってしまうなんて聞いてないよ!

そんな訳で私今ハイネセン行きのシャトルに密航中です。

人間の作るものは建物だけじゃなく、乗り物にも隙間がいっぱい。

秘密基地に隠れて今逢いに行きます。

ご主人、待ってて下さいね。

《終》



◆あとがき◆

月夜しゃんの1900HITリクエストで、執事または犬視線で見たオベ子なお話は如何でしたでしょうか。

執事視線はオベ子の誕生日ネタでもう書いてるので、今度は犬視線にしました。

本来オベ子がハイネセンへ赴くのはロイ男亡き後なのですが、そこはそれ、幸せになってなんぼのほのぼのサイトだから(笑)

月夜しゃん、こんなお話でよければご笑納下さい。

2009/11/15


[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ