リクエスト

□それだけの事
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さて、何から話したものか…

いや、これは私の独り言だ、誰に聞かせると云うものではない。

ただ自分の気持ちを整理したい…それだけの事だ。

事の発端は何処だったのか…

そう、海鷲。

私はあそこで酒を飲んでいた。

別段それ程飲みたかった訳でもないが、自然と足が向かった。

それがそもそもの間違いであったかも知れない。


ビッテンフェルト
「チッ、オーベルシュタインがいるではないか。
あの男の顔を見ると酒がまずくなる」

オイゲン
「て、提督!
そう云う事は思っていても口に出すものでは…
み、店を変えますか?」

ビッテンフェルト
「ああ!?
だからと云って何故おれがあの男に遠慮して店を出ねばならぬのだ!
罵詈雑言が嫌なら奴が出ていけばよいではないか!」


俄かに騒がしくなったサロンに不快を覚えつつも、何故か私は席を立つ気になれなかった。

杯が空いていなくとも、あの男が来た時点で帰宅するべきだったのに。

私も些か意地になっていた様だ。

何故私があの男に遠慮をする必要がある?…と。

そうだ、その意地が命取りだったのだ…












「目が覚めたか」

「……………………?」

「寝ぼけているな。
コーヒーでも飲むか?」


…何故私の寝室にロイエンタールが…?

いや、ここは私の部屋ではない。

私の邸ですらない。

まさか…


「ここはおれの私邸だ。
まあ夕べの事など覚えていなかろう。
卿はビッテンフェルトの奴に一服盛られたのだ」

「一服…盛られた…?」

「一服と云っても薬物ではない、白兵戦訓練後の水分補給に使うアイソトニック飲料の粉末だから人体に害はない。
あの男もそこまで馬鹿ではなかろう」

「酒に混ぜると吸収が早くなり、少量でも泥酔すると聞いた事があるな…」

「そうだ、しかもほぼ無味無臭だから、酒に混入しても気付かれにくい。
尤も奴は卿を泥酔させ醜態を晒させる事が目的だった様だが、卿は暴れるどころかお行儀よくすやすや眠ってしまったと云う訳だ。
それはそれでおれは笑えたがな。
当のビッテンフェルトは眠ってしまった卿を見て、無責任にもつまらんなぞとほざいて帰ってしまった」


それでロイエンタールが私を連れ帰る貧乏くじを引かされる羽目になったと云う事か。

ミッターマイヤーも同席していたであろうが、あの男には奥方がいるからな。

まさに…貧乏くじだ。


「全く極上の美女を抱いている夢を見ていたのに、目が覚めると実際に腕の中にいたのは卿だ。
おれも過分に酔っていたからな、使用人を叩き起こして客室を用意させるのが面倒だったのだろうが、興醒めもいいところだ」


ならば何故私は未だこの男の腕の中にいる。

目覚めてすぐに何故私を起こして追い出さなかったのか。

私の寝顔をにやにや眺めて、弱味でも握ったつもりか?


「兎に角迷惑を掛けた。
私は失礼させて貰う」

「そうか。
今後この様な醜態を晒したくなくば、あの男のいる場所でグラスを残し席を立たない事だな。
用を足したきゃグラスを干してから行け」


余計なお世話だ…

とは口に出さず、私はロイエンタールの私邸を辞した。

これ以上この男の傍にいるのは危険だ…

いや…

最早手遅れだったかも知れんが―――

いや、あの男の腕の中で目覚めた時から、既に手遅れだったのだ。

事故で両親を早くに亡くした私は、実の親にすら抱かれた記憶がない。

人の温もりなぞ知らずにこの年まで生きてきた。

だから冷徹に振る舞えた。

だからそんなものは生涯知らずに逝くつもりでいた。

なのに…あの男は私にそれを教えてしまった。

人の体温の温かさを。

その温もりの心地よさを。


「寄りによってあの男に…か。
ビッテンフェルトと一二を争うほど私を憎悪している相手ではないか」

「旦那様、何か仰いましたか?」

「いや、何でも…何でもない」


どれだけ私が望もうと、二度と私があの男の腕に抱かれる事はない。

あの温もりを味わう事は、この先二度と有り得ない。

私は男であの男と同性で、尚且つ蛇蠍の如く忌み嫌われている。

例え女に生まれていようと、あの男に愛される可能性は皆無だ。

否、あの男に限った事ではない。

私が私である限り、この世に私を愛する事の出来る人間など存在しない。

その覚悟は出来ていた筈だ。


そう何度自分に云い聞かせても、あの温もりが忘れられない。

これはあの方の覇道の為に、邪魔になる者を悉く排除して来た私に課せられた報いなのか?

罪なき者達の命を奪って来た私に、神が与えた罰なのか…

これまで神の存在など信じた事はなかった。

その私にこんな事を考えさせるとは。

今頃あの男は誰か私の知らぬ女をその腕に抱いているのだろう。

嫉妬…か?

馬鹿げている。

己の意志とは関係なく、あの男がただ無意識にした事だ。

何故これほどまで心乱される?

何故平静ではいられないのだ。

私はそんな事を望んでいたと云うのか?

それだけの事。

たったそれだけの事ではないか。

それだけの…
















「ファーター…か。
あの男にも人並みに親を慕う心はあったらしい」

「何の話だ」

「夕べあの男がおれの腕の中でそう云った。
あの男があんな無邪気な寝顔をしているなぞと知ったら卿は驚くぞ」

「無邪…おれはてっきり寝ている時も、眉間にしわを寄せているものと思っていた」

「実際にあれを見るまではおれもそう思っていたさ」

ミッターマイヤーの言は正しい。

おれがこの腕に抱き締めてやるまでは、眉間にしわを寄せてうなされていた。

単にうるさくて敵わんからそうしてやっただけなのに…

参った、まさかあんな顔をされるとは。

自分でもどうかしてると思う。

このおれが次は父親などではなく、この腕の中でおれの名を呼ばせてやる…なんて事を思うなんて。

おれが女を愛せないのは、まさかこう云う事だったとは。

まあいい。

大した事ではない。

初めて愛しいと思った相手が同性だった。

それだけの事だ。

《終》



◆あとがき◆

す…すびばっそん…
( ̄△ ̄;)

最後甘々になってねぇじゃねぇかあぁぁ!

そんな訳で月夜しゃんの1800HITリクエスト、嫉妬して甘々なロイオベ如何でしたでしょうか。

嫉妬にも甘々にもなっとらーん!

しゅびばせん…次で挽回します…

2009/11/07


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