WJ作品

□デスノ連載_ダブルブッキング
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【序章】

その日夜神総一郎は、念願だったマイホーム購入の契約を結び、したたかご機嫌で帰路についていた。

男ならば誰でも一度は夢見る、都内の庭付き一戸建て。

庭と云っても僅か二坪強の、洗濯物だけでいっぱいになる様な狭いスペース。

北側の窓を開ければ、目に入るのはお隣の壁。

頭を出すと西隣の家の車越しに、何とか通りが見渡せるほどの密集ぶりだ。

それでも夢のマイホームに移り住む日を思えば足取りも軽く、これから払い続けるローンの為に節約しなければならないと云うのに、ついつい子供達へのお土産なぞまで買い込んでしまった。


粧裕
「わぁ…シュークリーム!
お父さん、食べていい?」

総一郎
「ああ、その代わりちゃんと自分の荷物は自分で段ボールに詰めるんだぞ?
後からあれがないこれがないと云って、お母さんを困らせない様にな?」


「父さん、新しい家には僕の部屋もあるんでしょ?
粧裕とは別々で、ちゃんと鍵もかかるんだよね?」

幸子
「ライト、鍵なんかかけて部屋に何を隠すつもり?」

粧裕
「お兄ちゃんはお小遣いで買い食いしてま〜す!
粧裕が机の鍵をすぐ見つけて食べちゃうからで〜す(笑)」


憧れのマイホームに想いを馳せ、絵に描いた様な幸せな団欒を見せる家族達。

しかしこの時はまだ、この先とんでもないハプニングが家族を待ち受けているなど、誰も想像すら出来る由もなかったのだ…



ダブルブッキング
〜序章〜



引越業者
「オーラーイオーラーイ…ストーップ!!
夜神さん、大きな家具類はベランダの引き戸を外して運び込みますので、まず中から鍵を開けて下さい」

総一郎
「分かりました。
幸子、渡しておいた玄関の鍵は?」

幸子
「はいはい、ちょっと待って下さいね…あら?
この家最初からカーテンがついてるのね。
とってもお洒落…高そう」

総一郎
「カーテン?」


以前下見に来た時は、そんなものはついていなかった筈…

値切らず言い値で買ったから、不動産業者がサービスしてくれたのだろうか?

趣味のいいカーテンを外から眺めた時は、総一郎もその程度にしか疑問にも思わなかった。

しかしベランダを開けるべく先に入った幸子の悲鳴を聞き、初めてこの家に潜む異常に気付かされたのである。


総一郎
「幸子、どうした!!」

幸子
「ああああなたどなた?
ど、どうして人のうちに入り込んでいるの?」

???
「は?人のうち?
あなた達こそ誰なんです、ここは私が買った家ですよ?」

総一郎
「なっ、何を馬鹿な!!
ここは私が買った家だ!!
契約書もここにある!!」

???
「契約書なら私もあります。
どうぞご覧になって下さい」


そう云って手渡された契約書には、契約者:L=Lawlietと書かれていた。

その契約書は確かに総一郎の持つそれと全く同じフォームを持つもので、唯一仲介業者の担当名だけが違っている。

所謂ダブルブッキングと云うやつらしい。


総一郎
「そ、そんな馬鹿な!!
それではこの販売業者は、多重契約を結んだと云うのか!?」


「この契約書を見るにその様ですね。
契約担当者の名前も違うので、互いに気付かず契約を押し進めてしまったのでしょう。
契約に時間を要しない賃貸なら兎も角、売買契約ではまず有り得ない事の筈ですが」

総一郎
「そんな呑気な…!
私はもう頭金を払ってしまってるんだぞ!?」


「残念乍ら私は全額キャッシュで払っています」


一見学生程の年にしか見えないこの青年は、飄々とした口調でとんでもない事を云い放った。

全額…キャッシュで?

総一郎はこの家を買う頭金として、一千万を十年掛かりでやっと貯めたのだ。

なのにこの二十歳前後の青年が、四千万余りの金額をポンと現金で払ったと云うのか…?


総一郎
「き、金額はどうあれお互い払うものを払ってるんだ。
こ、これは業者を呼んで…」


「白黒はっきり決着をつけますか?
確かにあの販売業者は二重にお金を受け取ってるんですから、このままにはしておけませんけどね」


例え業者が出て来たとしても、相手も商売でやっているのだ、先に全額払ってくれたこの青年の方の肩を持つだろう。

しかし総一郎も正式な契約を結んでいる以上、引くつもりはなかった。

食い下がれるだけ食い下がり、例えこの家を手放さなければならない状況になったとしても、少しでも条件のいい物件を探させる方向へ持っていかなければ…


抗議の電話を聞きつけて、二人の担当者は慌てふためきこの新居へと飛んで来た。

Lと名乗る青年の担当者は多少余裕があるが、総一郎の担当を受け持った若い業者の方はもう顔面蒼白である。


新人業者
「ももも申し訳ありませんでしたあぁっ」

総一郎
「謝って貰う為に呼んだんではない、この現状をどうするかだ!
私はこの家を手放す気はないし、当然彼もそうだろう。
見れば契約書の日付も同じで、条件に優劣はない。
問題はどちらがこの家に住み、どちらが諦め、出て行った後にお宅でちゃんとこの家に代わる物件を提供出来るのかどうかだ!」

老練業者
「ま、まあまあ、夜神さん、落ち着いて…」


確かに総一郎の云う通り、代わりの物件を見つけられるかどうかが最大の焦点だろう。

都心へのアクセス、近隣の店舗や施設、設備、価格共に申し分ない…いや、他に類を見ない掘り出し物と云って構わないだろう。

それに総一郎は今まで住んでいた警察の寮には戻れない理由があった。

この程二人目の子供が生まれた後輩が、ハウスクリーニングが終わり次第入れ替わりにその部屋に入る事になっている。

自分が出て行くにしろ青年が出て行くにしろ、それまで滞在するホテルや荷物を保管する倉庫の確保、更にそれにかかる費用の問題もある。

それら全てを補償して貰わねば、どちらも納得しないであろう。

そう云う事になるのなら、一家族の夜神家より一人の青年の方が補償額が少なくて済む。

身軽な分、彼が折れてくれるかも…

総一郎がそんな事を必死で考えていると、何を考えていたのか今まで口を挟まなかった青年が、突然退屈そうに大きな欠伸をしてみせた。



「もう…面倒だから、一緒に住んでしまえばいいじゃないですか…はふ」

総一郎
「なっ!?」


「業者さんは夜神さんに頭金を返してあげて下さい、私がもう全額払ってるんですから。
夜神さんは私の分の食事も用意して下されば、代金の半分も家賃も払わなくて結構です。
そう云う事でよくないですか?」

総一郎
「なっ、何を馬鹿な事を!!
家族でもない者と一緒に暮らせる訳がなかろう!!」


「いいじゃないですか、どうせ私は一年の内2〜3ヶ月しか日本にいませんし、下宿か何かと思えば(笑)
それに一応シドニー大出てますから、お嬢さんや息子さんの勉強も見てあげられると思いますよ?」

総一郎
「そっ、そう云う問題では…!
何処の誰とも分からない人物と、一緒に生活する事など…」


「おや、契約書をみませんでしたか?
私の名はL・ローライトです」


この青年は天然なのか?

何を云っても埒の明かない返答に総一郎が頭を抱えていると、青年は契約書のページを捲って見せた。

――保証人 Quillsh Wammy――

キルシュ=ワイミー?


総一郎
「あの…発明家の権威の――?」


「おや、ご存知でしたか。
発明や開発に携わる者なら知らない者はいないが、そうでない人は全く知らないと云う知る人ぞ知る有名人です(笑)
でもご存知なら話は早い、私の身元は彼が保証してくれます」


確かにキルシュ=ワイミーは大学時代の友人が、神と崇める大物中の大物である事は総一郎も知っている。

そんな大物が身元を保証するなど、この青年がどれ程の人物であるかは容易に推し量れるだろう。

しかし夜神家には娘もいるのだ、ここで引き下がっては…


幸子
「いいじゃないですか、あなた。
見て、この趣味のいいティーセット…素敵ねぇ。
ほらライト、粧裕、ご挨拶なさい、あなた達の勉強も見てくれるそうよ?」

粧裕
「こんにちはー」


「ねえねえお兄さん、シドニー大ってマサチューセッツ工科大に並んで難しい学校なんでしょ?
凄いや」

総一郎
「お、おい、幸子…」


何でも一通り疑ってみる刑事の総一郎と違い、妻や子供達は既にこの青年に懐き始めている。

妻は青年本人と云うより、憧れだった品格ある調度品に夢中の様だが…


引越業者
「んじゃ夜神さん、荷物このまま運び込んじゃっていいんスね?」

幸子
「ええ、お願いします」


「すみません、それじゃ私の荷物はこの部屋にでも運んで頂けますか?
大した量じゃないんで。
その分特別料金も払います」

引越業者
「はい、毎度っ」


業者も家族も青年も、総一郎の思いとは裏腹にどんどん行動を開始してしまう。

こうなると総一郎も腹を括るしかなかった。


総一郎
「分かった、こうなっては仕方がない…君との共同生活は認めよう。
ただしだ、ここは私の家でもある以上代金はきっちり半分払わせて貰う。
それが条件だ!」


「はぁ…あなたも随分な堅物ですね。
別にいいのに…」

総一郎
「そうはいかん、君に借りは作らん!
請求書を作っておいてくれ!」


「わ、分かりましたよぅ。
それじゃ夜神さんの買った額で半分にしましょう。
私、リフォームなんかで全部で6千万位かけちゃいましたから」

総一郎
「6せ…」

青年の云った通り彼の持ち物は少なく、ティーセットとそれの入ったアンティークチェスト、ポット、ノートパソコン一台、一人掛けのソファ、それだけしかなかった。

総一郎がこの家を買った値段は4千2百万。

たったそれだけの荷物の為に、年に2〜3ヶ月しかいない家に2千万近いリフォーム料金をかけたと云うのか…

この様な浪費家の人間と、本当にトラブルなく共に暮らせるのだろうか?


総一郎
(どうしてこんな事に…)


こうして夜神一家と不思議な青年は、奇妙な共同生活を始める事になったのである…

《続》




◆あとがき◆

まあパラレルなんで、えるるやワタリが公共の資料に本名を記載する訳がないと云うツッコミはしない方向で(笑)

うふふふふ…これからパパとえるるの、嬉れし恥ずかし同棲生活(家族付き)が始まりますので乞うご期待♪

2007/02/09
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