ワールドトリガー
□特別な1日
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時は夏休み目前。
ボーダー内でも学生の隊員はそろそろ浮き足立ってくる…のはあくまで本部や他の支部の話で、ここ玉狛支部では2人しかいない学生が両者とも青ざめていた。
【特別な1日】
「よりによってなんで今年図書館改築するかな…そ…卒論が…」
「図書館ならぼくの実家のすぐ傍にもありますけど」
「三雲くん家蓮乃辺じゃん。
遠いよー。
あーもー、ホントに改築工事夏休み中に終わるんでしょうね」
「真登華ちゃん家は反対方向だもんね。
いっそ夏休みの間だけ修くん家に下宿さして貰ったら?
修くんの部屋が空いてるだろうし」
「いや、本人がいないからって、男子の部屋に女性が寝泊まりってどうなんですかね」
エンジニアに転向した栞の代わりに玉狛のオペレーターとなった宇井真登華は、来年春に控えた大学院卒業の為に卒論準備で大わらわだ。
その為最近は基地にも顔を出していなかったのだが、行き詰まった卒論を修に見て貰う為に今日は久々に参じたと言う訳である。
真登華は修より一学年上だが、ボーダーにのめり込み過ぎたせいで一般企業への就職の道は諦め、栞と同じくエンジニアを目指しているので、学生ながら開発の実績のある修に泣きついている状態だ。
卒論のテーマは『トリオン利用による通信技術の向上と限界』と言うのだから、端から修の知識をアテにしていたらしい。
「ううむ、先輩までがオサムをアテにするって、この10年オサムはよっぽど勉強頑張ったんだな。
そーかそーか、そんなにおれに会いたかったか」
「茶化すなよ、空閑。
いいですか、宇井先輩。
トリオンを使っていると言っても結局は電気信号に変換して利用してるんで、仕組みそのものは従来のシステムとは大きな差はないんです。
問題は変換器の小型化であって…」
「訓練用の擬似トリオン兵のパフォーマンスをいじるとかだったらアタシにも教えられたんだけどねー。
通信は使う方専門でシステム構築とかは流石に専門外だわ」
真登華はなかなかに策士だ。
卒論のテーマをトリオン体にすれば栞に教えを請えるのは分かっているが、年上ともなれば相手の都合に合わせて時には遠慮もしなければならない。
しかし相手が後輩ならば多少の無茶振りも許されると言うものだ。
本当はトリガー開発の方が得意分野なのだが、これは民間に兵器開発に使われてはマズイ技術なので門外不出、卒論のテーマには向かない。
なので既に一般で流用されている技術で、尚且つ修の得意分野を選んだ辺りが実に姑息である。
修としても教える事自体はやぶさかではないのだが、今は少々時期が悪過ぎた。
「通信速度は銅電線やアルミ電線より速いけど、光ファイバーよりは劣ります。
しかしトリオンの強みは容量の大きさと、細分化が従来よりも…
(本当はこんな事してる場合じゃないんだけど…
ううう、折角ヒュースから貴重な情報を入手したのに、全く手が空かない。
まさかこれ明日も続くのか?)」
「修くん、一回休憩したら?
真登華さんも疲れてきたみたいだし」
「あううー、千佳ちゃんありがとー。
三雲先生、宇井限界です」
「やめて下さいよ、その先生って言うの」
ここで千佳の助け舟が入った。
そこは幼馴染み、修の僅かな表情の変化から、いよいよ焦っている事を感じ取ったらしい。
「ちょうど昼だしいつものラーメン屋行こうぜ」
「ごめんね、遊真くん。
今日わたしお弁当持って来ちゃった。
真登華さん連れて行ってあげてくれる?」
「そっか、じゃあまどかちゃん、オサム、ラーメン屋…」
「修くんの分もあるの。
今朝出掛ける時に修くんのお母さんから預かったんだ。
わたしの分とふたり分作ってくれて…」
「いーなー、今度おれの分も作ってって頼んでよ。
しおりちゃんは?」
「あー、ごめん!
アタシも今日は新製品のカップ麺買っちゃった!
めっちゃ食べたかったやつ!」
お店のラーメンの方が美味しいのに、などとぶつぶつ言いながら遊真は真登華と連れ立って基地を出て行った。
入れ違いに外出していた陽太郎とヒュースが戻って来る。
と言うより遊真が基地を出るのを、向かいのコーヒーショップで監視していたようだ。
「随分かかったな。
真登華嬢の用事は済んだのか?」
「いや、それがまだ…」
「間に合うのか?」
「うーん、真登華ちゃんの協力が仰げればよかったんだけど、あの子今卒論でいっぱいいっぱいだし」
「何よりオペレーターとしては冷静なのに、リアルだとすぐ顔に出ちゃうんだよね、真登華さんって。
ヒュースくんの方は作るの間に合った?」
「ヒュースが器用でめっちゃ早く出来たけど、あのふたりすぐ戻って来るんじゃないのか?
ゆうまの誕生日の飾り付けどうするんだよ。
サプライズにならないぞ?」
陽太郎とヒュースは向かいのコーヒーショップでちまちまと色紙チェーンやティッシュのお花を作り、迅は花束、小南はケーキ、林藤支部長は車でケータリングの料理を受け取りに行っている。
ユズルと虎太郎はパーティの参加者(レイジ・とりまる・カゲ)を手分けして車で迎えに行った。
当初の予定では誕生日の準備が済むまで千佳が遊真を外に連れ出す筈だったのだが、朝基地に着いた時には既に真登華が押し掛けていたのだ。
遊真がアフトクラトルで通信機器を共同開発していたと聞き遊真にも協力して欲しいと泣きついた為、遊真だけを連れ出す訳にはいかなくなったのである。
「いっそ飾り付けした上から布かなんかで覆う?
内装工事発注してたのを忘れてたとかなんとか言って」
「それ遊真くん達がお昼食べてる間に終わるかな?」
「人海戦術だな、そろそろこなみや迅達が帰って来るだろ。
準備が終わってないって言えば、レイジやとりまるもきっと手伝ってくれる」
「よしんば間に合ったとして、持ち帰った料理を何処に置いて置くんだ?
匂いでバレるぞ。
言っておくが口に入れるものをあの埃まみれの倉庫に隠すのは却下だ」
「あ、確かその埃まみれの倉庫にブルーシートがあったのを見た覚えがある。
布団袋みたいなのに入ってたから、多分中身は埃まみれじゃない筈…!」
そう言うと修は倉庫へと走って行った。
残った4人は慌てて飾り付けを始め、最初に戻って来た迅は遊真達を足止めするべく暗躍しに基地を飛び出し、トリオン体に換装した小南は怪力無双でほぼひとりでブルーシートを壁や天井に貼って回った。
林藤支部長は倉庫に料理はNGとヒュースに追い出された為、遊真に見られないよう離れた処に停めた車でひとり寂しく待機中。
続々到着した参加者達も基地内へは入るに入れず、取り敢えずはヒュース達のいたコーヒーショップで時間を潰す事となった。
「うわ、何これ?
こんなんいつのまにやったの?
しおりちゃん」
「あー、なんかね、支部長が内装工事頼んでて忘れてたんだって。
業者が取り敢えずってシートだけ張り巡らせてったんだけど、工事開始日遅らせて欲しいって今支部長が調整に行ってる」
「ふーん。
あれ?
なんか甘い匂いする?」
「(ぎくっ)
あ、あー、無理言って業者追い返したからお茶とシュークリーム振舞っといた」
「(こなみ顔に出過ぎ)
遊真くんは何食べて来たの?
随分ゆっくりだったけど、あの店そんなにかかるメニューあったっけ?
(しれっ)」
「悪いな、店に行ったら遊真と真登華ちゃんいたからおれが引き止めた。
何か遊真に急ぐ用でもあったのか、宇佐美?
(しれっ)」
「別にそう言う訳じゃないけど、修くんが寂しがってたから。
(しれっ)」
「(ちょっ、どさくさに紛れて何言ってんだ、この人はーーー!)
い、いや、宇井先輩の卒論の準備が遅れるけど、大丈夫かなーって」
「ふーん、そっか。
おれはまたてっきり」
「ててててっきり!?」
「おれの誕生日のサプライズパーティの準備でもしてるのかと思った」
「「「「「何ィーーーーーーーーー!?」」」」」
これまでの苦労は何だったのか。
遊真はこちらのやっている事は全てお見通しだったのだ。
せめて聖☆おにいさんのイエスくらいそわそわキョドってくれれば、期待しているのがこちらも分かりやすかったのだが。
「ふふん、おれを驚かそうなんて10年早いな。
こんな事もあろうかと、基地にチビレプリカを仕掛けておいたのさ(ニコリ)」
「ち、チビレプリカ…
くっ、そこは黙っておいてくれよ…
ぼく達がどんな思いで…」
『すまない、オサム。
ユーマがどうしてもオサムに泣き顔を見られたくないと言うから』
「へっ?」
「レっ、ちょっ、なっ、何言ってんだ!
誰が泣くとか言って!
待っ、いやっ、誰もそんな事はっっ!」
「いつも飄々と構えてる遊真くんが、こんなに動揺してるの初めて見た」
「ふーん、図星かあ。
なるほどぉ、修くんにサプライズなんかされたら泣いちゃうかー(にやにや)」
「ちょちょちょ、何言ってんの、しおりちゃん!
しおりちゃん、何言ってんの!?」
「そうか、おれ達はお邪魔か。
行こう、ヒュース。
ふたりきりにしてやろう」
「そうだな、ヨータロー。
林藤に連絡して料理だけ置いて撤収するよう伝えよう」
「え、今日って空閑くんの誕生日だったの?
それじゃマズいタイミングであたし来ちゃった?」
「うーん、真登華さんも今大変だからしょうがないと思うけど、残りは明日にして撤収した方がいいかも」
「あー、じゃああたしブルーシート剥がしたら撤収するわ」
「じゃあこなみがそれ終わったら、アタシもケーキ出して撤収ー」
「ちょっ、宇佐美先輩?
小南先輩も!
撤収って何ですか?
サプライズはバレててもパーティは出来るでしょう!?」
『鈍いな、オサム。
ユーマはオサムに泣き顔を見られたくないと言ったのだ。
みんなにではない』
「レプリカーーーーーーーーー!!」
『腹をくくれ、ユーマ』
「みんなでは…ないって…あの…」
「………………………………………」
「………………………………………」
皆がぞろぞろと出て行ってしまったので、取り残されたふたりの間に気まずい沈黙が流れる。
泣き顔を見られたくないと言う事は、サプライズなぞ成功された暁には泣けてしまうと言う事だ。
しかも他の誰に見られても何とも思わなくとも、修には見られたくないと言う。
つまりそれは修の事を意識していると言う意味ではないのか?
「ええと、空閑」
「な、何…」
「ぼくに泣き顔を見られたくないって言うのは、格下に弱味を見せたくない…とか、そう言う意味じゃない…よな?」
「何だよ、それ。
おれはオサムを格下なんて思った事ないぞ?」
「じゃあ、ぼくがそう言うのを見て馬鹿にするような奴だと思ってる…って事もないよな」
「当たり前だろ」
「じゃあ…」
「じゃあ何。
なんかまだ不安要素ある?」
「いや…
じゃあこれが誕生日のプレゼントになればいいんだけど…」
「何…」
「じゃあ言うけど…後悔しないか?」
「だから何だよ…」
「ぼくは…前からずっと…」
「ずっと…?」
「ずっと空閑が好きだった。
多分10年前から」
「………………………………………」
「空閑…?」
「オサムには…泣き顔見られたくないって…言った…のに」
「ごめん」
「おれが言うつもりだったのに…」
「ごめんてば」
「………っ……………っっ………」
「だからごめんて。
空閑に泣かれたら…どうしていいか分からないよ…」
「あの…お取り込み中すみません」
「「!!」」
「桐絵に料理だけ並べたら撤収って言われて来たんだけど…俺なんかまずい時に来た?」
「「支ーーー部ーーー長ーーー!!」」
両手にオードブルの大皿を持った支部長の参上に、今ひとつムードに欠けるオチはついてしまったのだがーーー
それでも今年の遊真の誕生日は、互いの想いを伝え合い忘れられない特別な1日となったのであった。
《了》
ぎりぎりですが、遊真の誕生日企画作品間に合いました。
企画作品なのでパラレルです。
本編ではまだ告白してません。
2020/07/18 椰子間らくだ