ワールドトリガー
□好きと云わせたい
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いろんな人に背中を押して貰ってオサムに気持ちを伝える決意はしたけど、ホントにオサムは迷惑したりしないんだろうか。
みんなはオサムもおれのことを好きだって言うし、言うだけでなくてホントにそう思ってるって事は分かる。
でもそれが思い込みじゃないなんて保証はないし。
こんな時親父から受け継いだサイドエフェクトが恨めしい。
『おまえに嘘ついても仕方ないから言うけど、男同士でそんな気になれないよ』
………あり得る。
そりゃあ好きだと返ってきたらそれは嘘じゃないって訳なんだけど、人間騙されていたい時だってあるじゃないか。
後で余計辛くなるのが分かっていても、夢を見ていたい…
夢を見ていたいなら…結局言わないって事になるんだよな。
まずいな、これじゃ堂々巡りだ。
ちっとも前向きになれてないぞ?
【好きと云わせたい】
今まではオサムへの告白や共に歩む未来なんて、敢えて考えないようにしてた。
夢は夢でしかないんだから、想うだけ虚しくなるだけだって。
でも気持ちを伝えるって決めたら急に怖くなる。
だってこの先ずっと気まずくなるかも知れないだろ?
おれにはボーダーをやめても帰れる場所もない。
こう言う状況をこっちの世界じゃ【背水の陣】って言うらしい。
言って上手くいくか玉砕するかは分からないけど、言うからにはおれを好きと云わせたい。
だったらいつも戦闘でそうしているように思いつく限りのシュミレーションをして、より可能性の高い告白の方法を探るべきだ。
でも…さ、流石にこれにはレプリカは付き合わせられないな。
背中を押してくれたぐらいだ、言えばきっと付き合ってくれるだろう。
けど純粋におれが恥ずかしすぎる。
だってしょうがないじゃん!
初めてなんだよ、恋なんて。
は、ハツコイ…うわ、なんだコレ…口に出すと凄いハズカシイな。
そもそもあれだ、レプリカだって恋なんかした事ないだろう?
うん、経験者じゃないんだから、レプリカには助言出来ない。
「あんた、何ひとりで百面相してんの?
10年前なら兎も角、その図体で赤くなったり青くなったりされてもウザいだけなんだけど」
「こ、こなみ先輩」
しまった、見られてた…おれそんなに顔に出てたか?
いやいや、待て。
こなみ先輩は支部長との恋愛経験者だ。
経験談を聞く事はシュミレーションの際に脳内再現する状況の母数を増やす。
「なあ、こなみ先輩は支部長と付き合う為になんて言って告白したんだ?
付き合い自体は長いのに、そう言う関係になったのはずっと後なんだろ?
なんかきっかけみたいのってあった?」
「じれったいから酔ったふりして押し倒したのよ。
既成事実が先よ」
「なんと…」
いやそれおれには何の参考にもならないじゃん…
おれホントに酔うからふりなんて出来ないし。
「その日の為にハタチから1年間飲めないふりで油断を誘って、力ずくでこましてくれたわ。
うさみに頼んで生身と寸分違わぬモデルのトリオン体まで作ってね」
いつも真っ先に潰れるって聞いてたのに…演技かよ。
しかも実際には酒豪かよ。
はっ、ユズルはこなみ先輩の真似してチカを落とそうとしてるのか…!
でも男が女の子押し倒しちゃダメだろう!
「参考にならなかったんで、ユズルの話でも聞いてきます」
「あの子も参考になるとは思えないけど」
いや、話を聞くと言うより説教をしてくるのです。
女の子を襲おうとは何事か。
こっちの女の子は近界の猛者女達と違って生身じゃ儚くか弱いんだから。
「あ、おデカ先輩。
ユズルの奴何処行ったか知らないっすか?」
「いい加減遊真って呼んでよ。
ユズルなら今おれも探してるとこだけど、なんかあった?」
「いやアイツ24にもなって未だにちょっと離れたとこからチカ子見てぽーっとなってるどうしようもないオクテヤロウなんで。
今日こそガツンと言ってやろうと思って」
…すまん、ユズル。
早とちりだった。
そもそも襲う気満々なら、おれがこっちに戻って来る前にとっくにどうにかなってるよな。
それよりイズホって、とうま先輩と付き合ってるんじゃなかったっけ。
うし、経験者発見。
「あ、アタシすか?
いやあ、朝起きたら隣で寝てたんで。
なんか言ったり言われた記憶はないす」
…どいつもこいつもこっちの世界の男女は、どうしてこうも下半身がゆるいか見てるしか出来ないかの両極端なんだ。
ユズルとイズホ足して二で割れ。
「それよりおデカ…遊真先輩。
それアタシじゃなくてメガネ先輩に言った方がいいすよ」
「何を?」
「遊真って呼んでよってやつ」
…盲点。
そうだ、近界と違って日本じゃ苗字呼びが必ずしもよそよそしいって訳じゃないみたいだから、名前を呼んで貰えない事にあんまし違和感感じてなかった。
でも考えてみたら親しいやつらでおれのこと空閑って呼んでるのはオサムだけなんだよな。
まあオサムが苗字で呼ばない奴がボーダー前からの知り合い以外じゃレイジさんくらいしかいない事考えれば、ただ単に苗字呼びがオサムの癖なんだろうけど。
もし…付き合うようになったら、オサムもおれを遊真って呼んでくれるようになるんだろーか。
あ、ヤバい…なんか凄く照れる。
でも嬉しい。
いきなりコクるんじゃなくて、まずは名前を呼んで貰えるよう頼んでみようか…?
「ちょっ、おれオサムんとこ行って来る」
「(葛藤長かったなー)
ご武運をー」
コンコン
「オサム?
入るぞー」
「ああ、空閑…どうした?」
「ほい、お見舞い。
脚の調子どうよ?」
「脚より退屈でしょうがないよ。
トリオン体になっちゃえば生身の怪我なんて関係ないのに、小南先輩にトリガー取り上げられるし」
「あー、おまえ信用ないからな」
「なんだよ、それ」
オサムは過労で一週間入院した前科がある。
トリガー取り上げでもしない限り、B級に上がる為に個人戦やる気満々だろ。
まあそれはおれがチーム戦チーム戦騒いだせいだけど。
いくら相手がC級だってうっかり落とされりゃ緊急脱出、ブースのマットに生身がぼふっ!だ。
そんな事やってりゃ治るもんも治らないよ。
夏休み中なのが幸い、オサムは休める時に休んだ方がいい。
「それよりさ、オサムはなんでいつまで経ってもおれのこと空閑って呼ぶんだ?
同級生はみんな苗字呼びなのかと思ってたけど、おれは今もう学校通ってないんだし。
イズホだって遊真先輩って呼ぶようになったんだぞ?
いい加減名前で呼んでよ」
「え、ああ、すまない…だって空閑って苗字かっこいいじゃないか」
「え…?
そんな理由?」
「空閑はよそよそしいって思うかも知れないけど、村上先輩だってあんなに仲良いのに荒船先輩のこと苗字で呼んでるじゃないか。
聞いたんだけど、やっぱり荒船って苗字がかっこいいからって言ってたよ」
「…オサムはおれの苗字、好き?」
「ん?
ああ、好きだな」
『好きだな』
『好きだな』
『好きだな』
※リフレイン
も、もう一回…
『好きだな』
※脳内反芻
くうぅーーー!
い、言わせた。
言わせたよ、好きって。
いや、単に苗字がって事だけど。
「おれも三雲って苗字は好きだよ。
でもオサムはもっと好きかな」
言っちゃった…
「べ、別に遊真って名前が嫌いな訳じゃないぞ?
ただ慣れないって言うか…まあ空閑が苗字呼びが嫌ならそのうち…」
名前も呼んでもらっちったよ。
そのうちそう呼んでくれるんだって。
「じゃあB級に上がってチームが組めるようになったら、記念に遊真呼びな。
決まり」
「え、うう…あ、ああ…分かった」
「(やたっ)
じゃあ夜んなったらメシ持って来るからさ、それまでご安静にー」
「え、なんだよ、行くのか?
退屈なんだってば」
「(これ以上は嬉しすぎて心臓が保ちませーん)
無茶したバチが当たったんだよ。
まあせいぜい夜までおれとの楽しい未来でも妄想してろ。
じゃーなー」
「なんだよ、それ…///」
慌てる乞食は貰いが少ない、急がば回れ。
こんなちっちゃい事がこんなに嬉しいなんて…!
少しずつ…そうだちょっとずつ積み重ねていこう。
10年待ったんだ、今更慌てる事もないさ。
「好きと云わせたい
好きと云わせたい
おれをおまえに
好きと云わせたい
好きと云わせたい
好きと云わせたい
おれをおまえに
好きと云わせたい♪」
「なんだ、遊真はご機嫌だな」
「へへ、まーねー」
でもいつかは絶対、名前なんかじゃなくおれを好きって言わせるからな、オサムーーー
《了》
BGMはSHADY DOLLSの【好きと云わせたい】
分かる人には年がバレます(笑)
2020/07/08 椰子間らくだ