ワールドトリガー

□趣味は暗躍
1ページ/1ページ

このところ迅悠一は己れの存在意義に疑問を感じていた。

自身の未来視のサイドエフェクトはここ三門市の平和維持の為、対適性近界民の侵攻への対応にこそ使われて然るべきである。

それがどうだ。

ここ最近のこの力の需要と言ったら…





【趣味は暗躍】





「いつも思うけど、おさむとゆうまはなんでいつまでも付き合わないんだ?
少しはおれとヒュースを見習えばいいのに」

「ああ、見ていてまだるっこしいな。
ユウマがこちらの文化を鑑みて、オサムに気を遣いすぎているのだろうが」

「そかな、修くんが遊真くんに気を遣いすぎなんじゃない?
もしくは踏み込むのが怖いか」

「わたしが人を撃てなかった時と同じで、レプリカ先生に責められるのが怖い…とか」

「「「「………………………………」」」」





これだ。

この目だ。

彼らはこの自分に一体なんの未来を見ろと言うのか。





「ああ、はいはい。
見てます、見えてますよ?
あのふたりの極めて平和な未来が」

「いやあ、聞きたいのはそこじゃないんだなあ」

「あのな、宇佐美…分かってると思うが、おれに見えるのは人の命に関わることとか、三門市の存続に関わることとか…」

「おまえにユウマ達の未来が見えないのは、ふたりの関係に関心がないから敢えて見ないようにしているだけではないのか?」

「さっすがヒュースくん!
ズバッと言った」




周囲がこれでは流石の迅も溜息を禁じ得ない。

ヒュースの言う通り見ようと思えば見えるものなのかも知れないが、悪いが栞やヒュース達ほどふたりの仲の進展具合になど興味は持てない。

ふざけた口振りで飄々としている様に見えるが、存外この男は真面目なのだ。




「なあヒュース、おまえの国が味方についてくれたお陰で、下手にこっちに手を出しゃ藪蛇をつつく事になりかねないのは連中だって分かってる。
だからわざわざそんなリスクを冒してまでこっちに侵攻しようなんて国が激減したのは間違いない。
だがな、アフトクラトルに敵が多いのも確かだ。
上が代替わりしたこの機会に攻め込もうって国もあるだろう」

「…アフトクラトルが代替わりしたのはもう10年も前だが?」





…そうだった。

ヒュースが来たのが最近なのでつい代替わりも最近の事だと錯覚していたが、10年と言う歳月を費やしたのは遊真の生身の身体の修復が最重要事項だったからだ。

今迅に見えている未来の中でアフトクラトルに敵対する国のこの世界への侵攻もない訳ではないが、かなり確率の低い未来である事も事実である。

友好国を攻める事で挑発するよりも直接アフトを叩く方が手っ取り早い上に、その可能性の先に見える未来は敵の敗走する姿だ。

少なくともここ1年は近界民から大規模な侵攻を受ける未来は見えない。





「ユウマは友人だが、アフトクラトルの恩人でもある。
何としてでもその恩に報いたい」

「(嘘付け、ただの野次馬根性だろうが…)
あー…ふたりの恋の成就に関する未来はおれのサイドエフェクトでも見ることは出来ないが…ひとつ助言なら出来る。
距離を詰めるとか絆を深めるだとかに有効と言えば、定番のアレしかないだろう」

「ああ、アレか。
確かに」

「アレって何だ、ヨータロー」

「ヒュースくんの世界にはそう言う娯楽ってなさそうだもんね。
別名吊り橋効果…かな」

「…言わんとしている事はなんとなく分かった。
だがそんな状況をどうやって再現する?」

「簡単だぞ、今は夏だからな」

「そうね、近々ありそうだよね」

「「「「ふふふふふふふふふ…+」」」」



















「はあ…今年もこのシーズンがきたか」

「おー、凄いな!
那須隊や鈴鳴第一とやった時のこと思い出す」





折しもこの日は雨。

いや、暴風雨と言っていいだろう。

毎年恒例の台風シーズン到来だ。

大体8月の終わりから9月いっぱいにかけて猛威を振るうが、台風の発生自体は3月4月頃から始まる。

夏の訪れと共に気の早い台風が日本まで上陸することもままある事だ。




「ひゃー、ヤバいヤバい!
こんなに早く来るとは思わなかったから、実家なんの準備もしてないよ」

「うさみも早く帰んなさいよ、危ないから!
それと修、アンタほんとに実家帰らないでいいの?
川の上に建てた以上浸水対策だってしてるけど、この基地だって絶対安全って保証はないんだからね?」

「いや、空閑には帰るところなんてないんだし、ぼくも今はちょっと実家には帰りづらいですから…」

「そんな事言ってる場合かっつーの。
いい?
あたしは親が…って言うかおばーちゃんがウルサイからチビ供連れて実家に避難するけど、アンタ達もいよいよやばくなったらとっとと換装して安全なとこまで逃げなさいよ?」





まあつまりはアレだ。

恋愛モノの基本、遭難である。

遊真に頼れる実家がない以上、修が彼をひとりにしないであろう事は火を見るより明らかだ。

小南はああ言ったが支部とは言え曲がりなりにもボーダーの基地が、台風如きで崩れるほどヤワな造りでない事も周知の事実。

危機的状況にふたりきり…嫌が応にも恋の炎は燃え上がるだろう。





「正直こちらの台風の規模を甘く見ていた…ユウマは本当にコナミの実家に身を寄せなくて大丈夫なのか?」

「いくらこなみ先輩の家がでかいって言ったって、こなみ先輩に支部長にヒュース、あとチビふたり。
流石にこれ以上は迷惑だろ」

「チビって言うな!
おれは168cmだ!
それにまだ伸びる!」





自分達で企んだ事とは言え、予想以上の規模の台風に流石に心配を禁じ得ない。

いざとなれば換装さえしてしまえば、物理的な打撃に耐えられないトリオン体ではないのだが…





「現実にはエリアオーバーなんてありませんからね、増水した川に流されない様にだけは気を付けますよ」

「仮に流されたとしても、スコーピオンでなら水中戦も出来る事は実証済みだからな、オサムひとりくらいは守ってみせるよ」





とは言ったものの緊急時のトリオン壁に守られた基地で、そうそう危険な思いをするものでもない。

だからと言って研究に手がつくほど落ち着いてもいられないし、訓練室で技を磨くほど余裕がある訳でもない。

なんとなく手持ち無沙汰に談話室で時を待つ事となった。





「あ、停電」

「何処か近くで電線が切れたな。
こう言う時はすぐに自家発電に切り替わる筈なんだけどな」





暗い方が気分が盛り上がるだろうと、陽太郎が切り替えスイッチを切っていたとはまさかふたりも想像しない。





「エアコン止まると蒸し暑いな。
こりゃ冷蔵庫の中身も全滅かな」

「はは、そうだな。
陽太郎が大量に買い込んでたアイスもみんな溶けるな」

「じゃあ一個くらい食べても文句言われないだろ。
オサムはどうする?」

「じゃあチョコのやつ」

「おれはいっちごーっと。
あっ、ブルーベリーチーズあんじゃん!
やっぱこっちもーらい」

「はは、空閑はベリー系好きだな」





………………………………………………

………………………………………………

………………………………………………

………………………………………………





(なんだ、これ…)

(微妙に気まずい…)

(なんか何話しても会話が空々しい気がする)

(空閑の表情が見えないから、普通なのか意識されてるのかが分からない…いや、寧ろ自分の表情が見られなくていいのか?
ぼ…ぼくはあからさまに意識し過ぎてるだろう)





特に目的もなくふたりきりになどなった事がないので、お互い何を話していいのか分からない。

気まずい緊張感だけが周囲に漂っている。

トリオン壁のお陰で雨風の音があまり聞こえないので、時計の音だけが無闇に大きく聞こえる気がした。




「あのさ」

「あのな」

「………………………」

「………………………」

「お…オサム先に言えよ」

「空閑が先だろう?」

「いや、おれのは大した話じゃないから…」

「ぼくも大した話じゃない」

「………………………」

「………………………」

「そう言えばレプリカの姿が見えないが…」

「あ、ああ、なんか迅さんが今日はひとりで心許ないからって連れてった」

「そうなんだ…」





修と遊真をふたりきりにする為に、栞にせっつかれて言わされた科白だともまさか思っていない。

栞や千佳も本当は盗み聞きしたいのはやまやまなのだが、今回ばかりは気を遣ってチビレプを潜ませてもいないようだ。




「なんだろ…なんか気恥ずかしいな、こう言うの」

「だな。
何話していいか分からん」

「今更だけど…ろうそくとか懐中電灯とか探した方がいいかな」

「なんか…顔見られんのもキハズカシイんだけど」

「そうか…」

(そうか、気恥ずかしいのか、空閑も…ぼくと同じ気持ちなんだな)

(今のマズかったか?
意識してるのオサムにバレたら気持ち悪がられるかな)

(まずい…心臓の音空閑に聞かれそう…
菊地原先輩がいたら完全アウトなやつだ)

(今電気ついたらマズイ…絶対おれ顔赤いって)

(………………………)

(………………………)

ふふふ、あは、あはははは…

びくぅっ!!

「いいいいい今の何?」

「おおおおお女の人の声だったよな?」

「こっこっこっこの部屋、おれ達以外に誰かいる?」

「まま…まさか…!」

ピルピルピルピルピルピル

びびびくぅっっっ!!

「くくく空閑っ!
空閑の携帯…!」

「そそそそうか。
あっ、しおりちゃん」

『もしもし、遊真くん、修くん?
ごめん、アタシ言い忘れてた。
そこをボーダーが買い取る前にあった施設で、今日みたいな台風の日に水位の調査で来てた職員が川に落ちて亡くなった事があったんだって。
何もないとは思うけど…』

「そそそそれって女の人ですか?」

『そう聞いてるけど…なんで知ってるの?』

「無理無理無理無理無理無理!
おれ殴って倒せない相手は基本無理!!」

「ぼくが無理じゃないとでも思ってるのか!?
ひっ、避難!!
撤収ううぅぅぅ!!」

『あちゃあ、やり過ぎたか』





勿論女性の声は栞の仕込みだったのだが、鍵を掛けた寝室でふたり抱き合い震えて夜を明かすなどと言う色っぽい事にはならず、ふたりは光の速さで換装すると暴風雨の中修の実家へと逃げ込んだのであった。

周囲が期待するほどの甘い時間どころか、寧ろふたりきりの時間を短縮させただけだったのである。

策士策に溺れる。

しかし一番の災難に見舞われたのは本意ではない事に暗躍させられた迅であろう。

近く起こるであろう台風を察知させられ、仕込みまで手伝わされ、挙げ句の果てには期待した程の成果を上げられなかった事を責められ、割に合わない事この上ない。

そして何よりやるせないのは…





「おれだってなあ…ちょっと好きだったんだぞ、メガネくんのこと」

「相手が遊真じゃ完全に迅の負け戦じゃない。
アンタには女の子の方が向いてるわよ」





自分の未来は見えないので、如何な迅でも自身の恋の成就の為には暗躍出来なかったようである。
《了》





迅が酔った勢いで修に絡んだり、この作戦に頑なに乗り気じゃなかったのはこんな理由です。
2020/07/05 椰子間らくだ


次の章へ
前の章へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ