ワールドトリガー

□給与の仕組み
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今日は週に一度の給料日である。

とは言えこちらの世界の事にはランク戦以外さほどの興味がある訳ではない遊真にとっては、買い食い以外の使い道はない。

自動車免許も防衛任務の為の移動手段として必要な技術なので、教習費用は玉狛の経費で落とされている。

しかしそんな遊真が今初めて『お金が欲しい』と切実に思い始めている。





【給与の仕組み】






「そう言えば昔はC級には給料なんてなかったよな」

『シオリに聞いた話では今ではC級隊員のトリガーにも緊急脱出がついているようだ。
それで能力に合わせて防衛任務にも参加出来るようになったので、出来高支給となったらしい』

「そうなのか?
昔はきぬたさん、C級には緊急脱出つけるお金がないなんて言ってたのに、今のボーダーってそんなにお金あるんだ」





それには那須元隊員の貢献が大きい事を説明せねばならない。

病弱だった自分がトリオン技術で自由に動ける身体を得たので、その技術をもっと医療に特化させる事は出来ないかと研究を始めたのがきっかけだ。

まずは生身の身体をトリガーに封印することで、癌などの進行性の病気の進行を遅らせる事が可能であると実証してみせた。

その他骨折などの怪我もトリオン体に換装することで痛みも感じず、完治までも自由に動ける為、学業や業務に支障が出ない事も証明したのである。

当然医療界には激震が走った。

ボーダーへのスポンサードを申し入れる病院は後を絶たず、三門市はおろか全国から、果ては海外の各医療方面から続々と金が集まったのである。

ボーダーは医療部門も立ち上げ、那須元隊員の論文は今やバイブル扱いだ。





「ふむ、それくらいの世紀の大発見をすれば、マンション借りるくらいのお金は貰えるかな」

「マンションを借りる?
それは玉狛の基地を出るって事か?」

「だってオサムやこなみ先輩がいる時はいいけど、しおりちゃんとふたりだけになると目が怖いんだよ」

「目が怖い?
宇佐美先輩がか?」

『そうだな、(ΦωΦ)+←よくこんな目をしているな』

「なんだそれ…怖いな…」

『シオリと一緒の時はチカもするぞ?』

「千佳まで!?」





確かにそのふたりが揃えば、先週大学で言われた妙な噂に類する事を言っていたような気がする。

本人達は秘密裏に囁き合っているつもりのようだが、恋愛方面にはまるで疎い修や遊真にさえ「何か言っているな」程度には認識されてしまっているのだからまるで隠せていない。

今のところその手の話題が出るとうっすら居心地が悪い程度で済んでいるが、男同士の友情が一体何処をどう間違って恋愛と言う話に発展するのか…





「こっちじゃ男同士で好きになるとかよくある事なのか?」

『ヨータローとヒュースもラブいだろう』

(またレプリカは話をややこしく…)





しかし修には意外に身近なところで実例がある事を思い出した。

あくまで噂の領域を出るものではないが…





「よくある事ではない…
よくある事ではないけど…城戸さんが退任したあと、忍田さんと一緒に暮らしてるって噂は聞いたな…」

「一緒に暮らしてると男同士でスキって事なのか?」

「お金のない若い男ふたりってなら話は分かるけど、あんなお金持ってそうな大人の男ふたりが同居なんてまずないな。
その…す、好きだから一緒に暮らしてるんじゃないかって専らの噂だけど」

「ふむ、お金がないと一緒に暮らしても変じゃない?」

「一人暮らしするお金がなくても、ふたりなら家賃とか光熱費とか半分で済むだろう?」





ここで遊真は考え込んでしまった。

C級隊員の防衛任務の出来高程度では、とても部屋を借りられる程の収入ではない事ぐらいは遊真にも分かる。

では修との同居ならばどうだろうか。

修には防衛任務の他に研究職での収入がある。





「あー、ダメだダメだ。
オサムは大学のじゅぎょうりょうってやつにもお金かかるんだった」

「ぼくが何だって?」

「いや、オサムと一緒だったらマンション借りれるかなって。
でもダメだ、オサムはおれよりお金がかかる。
家があるんだから家にいた方がいい」





10年前に来た時には父親が万一の事を考えて、遊真の為に残した家や暮らすに困らないだけの日本円があった。

しかし10年経ってみれば家があった筈の場所はすっかり更地になってしまっている。

それはそうだろう。

玄界のトリオン能力を持つ人間や技術を狙っていたのは、何もアフトクラトルだけの話ではない。

この10年の間に近界民から2度の大規模侵攻があり、その時に有吾が残した家のあった辺りは天羽のトリガーによって広範囲に渡って跡形もなく消し飛んだらしい。

現金は仕方ないとしても、せめてあの家だけでも残っていれば修と共に暮らす夢は叶ったかも知れないのに…





「(ん?
オサムと一緒に暮らすのが夢?
いやいや、なんでそうなるんだ???)
はぁー、こりゃ基地を出るのはまだまだ当分先になりそうだなー」

『そんなに基地を出たいのなら、ユーマひとりでA級を目指したらどうだ?
月給制になるからお金の管理は難しくなるが、固定給で安定した収入が得られる』

「…おれの目的はA級になる事じゃなくて、オサムとチーム組んでランク戦に出る事なんだけど」

「ぼくが正隊員になれても空閑がA級になってたら同じチームにはなれないな。
ぼくと千佳だけじゃとてもA級にはなれないし」





ちょっと拗ねてみた修である。

遊真がその選択肢を選ぶ事がないのは分かってはいるが、遊真さえその気ならそれは3人でチームを組むより早く実現するだろう。

いや…栞と千佳の好奇の目がエスカレートすれば、堪え兼ねた遊真が基地を出る事をチーム戦よりも優先しない保証はない。

ここへきて初めて修は焦りを感じた。




「分かった…ぼくもなるべく時間を見つけて個人戦に参加するようにする」

「え、大丈夫か、オサム?
逆にポイント減らされないか?」

「(ムッ)
…ほぼほぼ空閑とヒュースの貢献だったのは確かだけど、ぼくだって遠征メンバーに選ばれたんだ。
C級が相手ならそう易々と点は取られない」





そうは言ったがボーダー内での修の研究者としての能力は需要が高い。

本部・支部を問わず頻繁にご指名を頂くし、教授の繁忙期には代わりに教鞭をとる事もある。

修の講義は分かりやすいと、荒船特別講師の完璧万能手養成理論と並んで人気が集まっている。

それと並行して自身の論文も書いているのだから、個人戦の為の時間などとれよう筈がなかった。





「すまん、空閑…昨日なんとか休講になった時間に個人戦やったけど、まだ1326ポイントにしかなってない」

「お、オサム…無理はするなよ?
ちゃんと寝てるか?」




目に見えて修はふらふらである。

目の下の隈も明らかに濃くなっている。





「年は取りたくないな…中学の時はこれくらいの徹夜…なんて事なかった…のに…あ、防衛任務が済んだら少し個人…戦やっていくか…事後処理に…手間取ったとでも言えば、多少授業に遅れたって…ふふふふふふふふふふふふふふ…」

「お…お願いです、休んでください(戦慄)」





その直後、過労で一週間の入院を余儀なくされた修であったが、医療費を払おうとしていつの間にか特許使用料などで莫大に膨れ上がっていた自身の貯金額に慄いた。

そこから授業料を全額支払うと、今後一切アルバイト(ボーダー依頼のエンジニア業務)は受け付けないと宣言するのであった。
《了》






収入があってもいちいち明細見たり記帳とかしなさそうですもんね(笑)
2020/06/28 椰子間らくだ


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