ワールドトリガー

□駐玄界親善大使
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ボーダー正隊員として復帰した遊真にも、当然防衛任務のシフトは回って来た。

防衛任務は隊毎に動く時もあれば、他の隊や支部との合同、各隊からの代表メンバーで組まされる場合もある。

そこは状況や個人の能力次第だ。

遠征が成功する度に徐々に隊員を増やしていったボーダーは、今ではかなりの大所帯。

一時は1200人を誇った戦闘員も行方不明者の殆どが救出された今となっては、新技術を持ち帰るだけの遠征には市民の盛り上がりにも欠けるらしく、新規入隊希望者も徐々に減っていった。

進学・就職の為の除籍、或いはオペレーターやエンジニアへの転職に伴って現在は戦闘員の数も1000人を割ってはいるが、それでも以前遊真が所属していた頃に比べればほぼ倍増だ。

なので遊真にその任が回ってくる事はそう多くはない。

多くはないのだが…




【駐玄界親善大使】





「なあ、オサム…なんでおまえは防衛任務に参加しないんだ?」

「ああ、ぼくは研究員としての仕事もあるから免除扱いだ。
空閑が戻った今となってはぼくにはもう必要なくなった研究だけど、ボーダーで必要がなくなった訳じゃないからな」

「メガネくんが研究してたのは近界への移動手段だけじゃないしな。
新しいトリガーの開発、通信手段、近界から持ち帰ったトリガーの解析…まあこの実力派エリート程ではないにしろ、メガネくんも引く手数多なのだよ」

「…ふぅん」





修とは共に防衛任務に参加出来ないと知り、やや不満げである。

任務中、修の話題が出るたびに千佳が何か言いたげに意味深な笑みを見せるのも引っかかる。

それはさておき、修が研究・開発した技術は既に実用化されたものも複数あり、迅の言う引く手数多も満更大袈裟でもない。





「え、今支給されてるこの端末ってオサムが作ったのか?」

「別にぼくが端末を作ってる訳じゃない。
一部の機能がぼくの発案ってだけだ」

「でもこの機能のお陰で今まで遠征艇の通信機頼りだったのが、個人間での通信も可能になったのよね。
とは言っても遠征艇から一定距離以上離れる時は、微っ妙ーにかさばる中継機が要るんだけど」





小南の話では元々使われていたボーダー端末でも遠征メンバー同士なら近界での通信も可能であったが、修の開発した機能の優れているのはこちらの世界から遠征中の各個人とも通信が可能と言うところだ。

電話・メール・チャットなどの機能が使え、画像や動画の送信も可能。

つまりこちらの世界とほぼ同等の操作が出来る訳だが、唯一機密漏れ対策として遠征中のSNS投稿はロックが掛けられる事になっている。

既に二度の遠征で使用された実績もあり、一度目の遠征で発覚した不具合と隊員の要望を反映して、端末を機種変することなく通信によるバージョンアップを可能にしたのでボーダーのお財布にも優しい仕様だ。





「学校にいた頃は普通よりは上の成績なんだなぐらいに思ってたけど、オサムって実はすげーアタマいいんだな。
あっちの世界じゃアフトクラトルとの共同開発で、こっちで言うショートメール?がやっとこさだったのに」

「「「アフトとの共同開発!?」」」





修達は遊真が無造作に鞄から取り出した辞書程もある端末を見て目を丸くした。

遠征の際に見た覚えのある【とある家紋】が刻まれているので、アフトクラトル製なのは間違いない。

アフトクラトルと言えばこちらの世界に侵攻し、戦争目的にボーダーのC級隊員を大量拉致した言わば敵性国家だ。

そんな国との共同開発とは如何なる経緯があったのか。





「あ、やっぱそうなるか」

『それは私から説明しよう』

「ちょっと、遊真!
あんた何敵の国なんかと懇ろに…」

「待て待て、小南。
まずはレプリカ先生の話を聞こう」





レプリカによるとこうだ。

アフトクラトルには国の存亡がかかった神問題があった。

エネドラの話から当時の侵攻隊長であったハイレインが金の雛鳥捕獲失敗を受けて、代わりに配下の家の者をスケープゴートにしようとした事はこちらの世界でも知るところである。

ハイレインの家の者は代々領主として横暴で不満を抱く民も多かったが、なにぶん強大な力を持つ領主に逆らえる筈もなく大人しく従うより他なかった。





「でも自分の仕える当主サマが神にされるなんて聞いて、黙って見過ごすヒュースじゃないよな。
直属の家のもんまで犠牲にしようとしたって事をアイツがぶちまけたから、領民全部に悪事がバレた」

『配下の家々にしてみれば明日は我が身と言う訳だ。
横の繋がりなどほぼなかった各当主が、己の身の安全を図るために手を組む事は想像に易かろう』





遂には大規模な内乱に発展し、ハイレインは失脚したのである。

そして自らが生贄として次の神に選ばれると言う大きな代償を払う事になった。

没落したハイレイン家に代わり領主の座についたのがヒュースの主君・エリン家の当主である。

ヒュースを見れば分かるように、エリン家は兵を大切にする事から兼ねてより【仕官するならエリン家】と言われていた家柄だ。

当然配下の中ではハイレイン家に次いでトリガー使いも多く、軍事力も強大であったので順当と言えるだろう。

何より温厚なエリン家の当主が歴代のハイレイン家当主の如き暴君になる心配は皆無だったので、殆どの家がエリン家を新たな主君にと推した。

ヒュースに力を貸した遊真も客員として丁重に迎え入れられ、彼らはレプリカ探しにも協力を惜しまなかった。

しかし大規模な内乱で荒れた領地の復興と並行して、瓦解したハイレイン家の敷地内から機能を停止していた小さなトリオン兵を探し出す事は、やはり容易ではなかったらしい。

それでも彼らは遊真に報いるため探索の手は止めなかった。

だからこそ遊真と新生アフトクラトルの間には確固たる信頼関係が生まれたのである。





「そんなわけでわたくしとアフトクラトルとは、今は良好な関係ですのでご安心ください。
…あ、悪い。
この端末開発する為に昔ボーダーから支給されてたスマホ提供しちったわ」

「10年前じゃ今とはもう互換性もないかなり古い技術だから別にいいけど…」





遊真がアフトクラトルと、ひいてはヒュースとそれほどの信頼関係を築いていたと聞き、内心穏やかではない修だったが、努めて平静なふりでアフトクラトル製の端末の技術が見たいと申し出た。

千佳や栞が自分と遊真の絆についてあれこれ噂していたのは、何となくは知ってはいた。

それでその気になったつもりはないが、正直自分でもどうしてこんなもやもやした気分になるのか説明がつかない。

せめて自分の得意分野にでも関われば、一時的にでもこんな気分は忘れられるだろう。





「ん?
端末のここ、何か光ってるぞ?
向こうから連絡でも来てるんじゃないか?」

「あ?
やば、音切ってたから気づかんかった。
えーと、どうすんだっけ…ああ、ヒュースだ」

「ヒュース…」





まずい、今のは顔に出たかと思いつつ、千佳と栞が不在でよかったと胸を撫で下ろす。

あのふたりがいたのでは、またぞろ何を言われるか分からない。

その点遊真は周りが何を言っていても無頓着(に見える)なのだが、実のところそれがまた少し面白くないのだ。

千佳達が言っている事を変に意識しているのは自分だけなのかと思うと、修は一層もやもやした。





「ヒュースがこっちに来る日が決まったってさ。
ようたろうが密行しようとした遠征艇が帰りに乗せてってくれる事になったんだと」

「こっちに来るのか?
ヒュースが?
何のために」

「なんだ聞いてないのか…って、そうか。
メガネくんは防衛任務に参加してないから話しそびれたんだな」





ヒュースがこちらの世界に来ると言うだけでも心穏やかでないのに、更にはこんな重要な話題に自分だけが蚊帳の外…

修のイライラゲージは頂点目前だ。





『ここには親善大使に【任命された】などと書いてあるが、ヒュースはヨータロー会いたさに自分から親善大使の必要性を常々説いていたのだ。
当初自国で準備していた遠征艇で来る予定だったが、ボーダー側の厚意で予定が早まったようだな。
早速チカとシオリに報告せねば』

「…は?
陽太郎?」

「あいつおれがこっち来る時も、自分だって行きたいのにだのようたろうに会いたいだのずっとぶちぶち言ってたよな、レプリカ。
まあ、思ったよりは早く決まってよかったんじゃん?」

「は…はあぁ〜?」





気が抜けた。

そう言えばレプリカを筆頭に、千佳や栞もそんな事を言っていたような気がする。

自分と遊真の話題が気になってすっかり忘れていた。





ピロリン♬

「あ、ぼくの方にも菊地原先輩からメッセージが…
10年前敵だったアフトから大歓迎を受けて面食らってる、だって。
トリオン燃料の補給までしてくれたって」

「陽太郎もバカよねー、密行なんてしなくても黙って待ってりゃヒュースの方から来たのに。
ま、遠征艇が戻るまでには謹慎も解けるでしょ」





遊真とヒュースの誤解が解けた事で心のもやもやは払拭出来たのだが…

また蚊帳の外になっては堪らないから、自分にも防衛任務を回して貰えるよう申請しようと心に誓う修であった。
《了》




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2020/06/25 椰子間らくだ
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