ヒカルの碁

□どっちを貰いたいの
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今日は2月14日、バレンタイン。

僕は遂に今年、積年の悲願だった進藤からのチョコレートを受け取る事が出来た。

しっ、しかも。

家から遠く離れたこの広島で、お泊まりデートだなんて―――!


どっちを
貰いたいの



でもここは進藤の大切な人・藤原佐為(sai)の縁の地。

本来なら僕なんかが足を踏み入れちゃいけない聖域だったんじゃないのか?

進藤はいてもいいと云ってくれたけど、まるで別れても忘れられない元カレとの思い出を、踏みにじりでもした気分。

多分そんな事を聞いても、彼はそんな関係じゃないと答えるだろうけど。

一抹の後ろめたさを感じつつも、僕は同じホテルに部屋を取った。

隣の部屋は空いてなかったけど、何とか同じ階には泊まる事が出来た。


ホテルマン
「いやぁ、このホテルにあの塔矢先生の息子さんが泊まりに来てくれるなんてね。
進藤くんが囲碁好きなのは知っていたけど、彼もプロ棋士だったなんて勉強不足だったよ。
二人ともゆっくりして行きなさい」


流石に秀策縁の地なだけに、地元の人には囲碁関係者はそこそこ知られている様だ。

彼の言葉から、進藤が以前にもこの地を訪れていた事が分かる。

本当に…佐為は彼にとって大切な人だったんだ。

嫉妬とは違う焦燥感が、僕の中に広がって来る。

僕なら進藤に彼ほどの影響力を持たないだろう。

僕は佐為にはなれない。

僕は――彼にとってどんな存在なんだ?


そしてあの時の一局が佐為の手に因るものなら、進藤は僕にとってどんな存在だったと云うのだろう。


アキラ
「あの一局を打ったのが進藤じゃなかったとしても、彼を好きな気持ちは変えられない…
彼は棋力とは関係なく、何か惹き付けるものを持っている」


囲碁への情熱?

ひたむきさ?

違う、もっと違う別な何か…

棋聖である佐為さえも惹き付ける、大きな何かを持っているんだ――


アキラ
「僕は彼に追い付けるんだろうか。
棋力が上の筈の今ですら、彼には何も追い付けていない気がする…」

ヒカル
「おい、塔矢。
何独りでぶつぶつ云ってるんだ?」

アキラ
「し、進藤!?
待って、今開ける」


驚いた事に、進藤の方から僕の部屋を訪ねて来てくれた。

手には二つ折りの碁盤が握られている。


ヒカル
「流石に秀策縁の地だな、こんなビジネスホテルにまで碁盤が用意してあるんだ。
な、一局打とうぜ?」

アキラ
「あ、ああ、そうだね」


僕は緊張のあまり、それだけ云って部屋に招き入れるのがやっとだった。

来る前にシャワーを浴びていたのか、髪が濡れて頬が紅潮している。

まずい…そんな姿を見せられたら、僕は冷静ではいれなくなる。


ヒカル
「何?
俺の顔に何かついてる?」

アキラ
「い、いや…君がそんな色っぽい姿で来るから…誘惑されてしまうよ」

ヒカル
「嘘つけ、お前口ばっかでそんな度胸もない癖に」


何だろう、心なしか進藤がいつもより挑発的な様な…

そう、いつもの進藤なら露骨に嫌悪感を示して、部屋を出て行ってしまう筈だ。

それに窓際にテーブルがあるのに、わざわざ安定の悪いベッドの上に碁盤を置くなんて。

進藤…寂しいの?

僕じゃ佐為の代わりになれないのは、分かってる筈なのに…


アキラ
「進藤…キスしていい?」

ヒカル
「今更いちいち聞くなよ」


僕は間にあった碁盤を押しやり、進藤の肩を抱く。

彼は…嫌がらない。

いつもより顔が紅潮しているのは、単に風呂上がりだからだろうか?

その赤みの差した頬に手を添え、そっと唇を重ねる。

すると進藤が、僕の腰に腕を回して来てくれた。

今まで彼がそんな事をしてくれた事はない。

進藤…僕でいいなら…

僕なんかでもその寂しさを紛らわしてあげられるなら…

身代わりでもいい。

せめて今だけでもキミを癒やしてあげたい――



進藤をベッドに横たわらせ、服のボタンを一つ一つ外してゆく。

彼は拒まない。

シャツが一枚はだけ、中からいつもよく着ている《5》と書かれたTシャツが顔を出す。

その上からなぞる様に胸元に手を滑らすと、進藤は小さな吐息を漏らし、僅かに身を捩らせた。

その声に堪らなくなり、僕は再び口づける。

舌を絡めてもまるで嫌がらない。

それどころか首に腕を回して、貪欲に僕の舌を求めて来てくれた。


ヒカル
「初めて逢った頃は、お前とこんな関係になるなんて思ってもみなかった…
あの頃の俺は囲碁なんて何も知らなくて、佐為とお前の一局目も二局目も、石の形さえ覚えてない」

ちゅ…

アキラ
「僕はよく覚えてるよ」

ちゅ…ちゅ

ヒカル
「今の俺なら、あの頃の一局を打ち切れるだろうか」

ちゅ…


キスを交わしながらの他愛ない昔話。

愛を囁き交わすにはお互い照れがありすぎる。

今はそんな会話でいいのだろう。

それに愛の言葉を告げるなら、身代わりじゃなく本当に進藤が僕を求めてくれる様になってからじゃなきゃ。

そんな日が来るかは分からないけど…


アキラ
「キミが打ちたいのは、僕との一局目のあの指導碁?
それとも二局目の一刀両断?」

ヒカル
「二…局目を…最初から…あぁうんっ…そこ…!」

アキラ
「じゃあ試してみる?
右上スミ小目…これがキミの初手。
そして僕が…」

ヒカル
「ああぁっ……はぁはぁ…」















アキラ
「だからここは10の八に打った方が足が早いって云ったろう?」

ヒカル
「狙ってる手があるんだよ!
早けりゃいいってもんじゃねーだろうが!」

アキラ
「しかし右下の攻防はどうする!
ここを先に押さえておかなければ、後々損をするのは目に見えてるじゃないか!」

ヒカル
「そこの損をひっくるめても、大逆転するチャンスがあるんだ!」

アキラ
「それは何手先だ!?
僕がキミの思惑通りに打つとは限…」

チュンチュン
チチチ…

ヒカル
「って、ちょっと待て、雀!?」

アキラ
「あっ、朝!?
そんな時間!?」

ヒカル
「……俺達すっぽんぽんで何やってんの…?」


…やってしまった…

何て事だ!!

千載一遇のチャンスだったってのに…!


ヒカル
「今6時…朝食は7時からって云ってた!
ビジネスホテルだからチェックアウトも早くて8時だって」

アキラ
「にっ、2時間!?
仮眠を取る暇もないじゃないか!
そ、そうだ、まず洗顔!
歯磨き!」

ヒカル
「お前夕べシャワー浴びてないだろう!」

アキラ
「ああぁっ、そうだったっ」


僕らは慌ただしく支度を済ませると、朝食をオレンジジュースで流し込み、転がり出る様にホテルを後にした。

どうして僕は…僕らは囲碁の事になると、頭に血が上るんだろう。

折角のバレンタイン、二人きりの夜がいつもと変わらぬ碁会所でのやり取りに費やされてしまったなんて…

これは進藤も呆れてもう相手になんかしてくれないだろうな。

寂しい夜に身代わりにさえなってやれないなんて…と云うより据え膳食わぬは武士の恥?

はぁ…


ヒカル
「あー、超眠ィ。
折角広島まで来て、こんな寝不足の頭で佐為の足跡を見て廻るなんて」

アキラ
「し、進藤、すまない…」

ヒカル
「まあ俺も同罪だけどよ。
ほら、見えて来た。
あれが秀策の菩提寺だ」


進藤は別段怒ってる様子もなかった。

それが救いと云えば救いだけど、多分単に眠くて怒る気力もないか、怒ると云う発想自体が睡魔に邪魔されて出て来ないんだろう。

僕も…眠くて…秀策が書いたって云う文字さえも読めないくらい…

帰りの新幹線は爆睡だな…


次は〜東京〜東京〜
終点です

アキラ
「わ…わわわっ!
しっ、進藤、起きて起きて!!
着いたよ!!」

ヒカル
「ふぇ?もう?
寝足りねー」


はぁ…もっと計画的に旅行を進めていたなら、秀策縁の地だってもっとゆっくり回れたろうし、車窓からの景色も二人で堪能出来た筈なのに。

とは云っても元々進藤の一人旅に僕が押し掛けて無理矢理合流した様なものだから、計画性なんてものは最初からありはしなかったんだけど。

つまり僕が邪魔をしなければ、進藤は楽しく旅を続けられた筈なんだ。

で…でも…チョコだけは…チョコだけは貰えたから…!

その決死の戦利品も眠気の覚めた進藤の前では、怒りと失望の失恋風味に変わりそうだけど。

事実最寄り駅までの電車の中も、彼は始終無言で…相当機嫌が悪そうだ。

家まで送るなんて云ったら、却って益々機嫌を損ねるだろうな。


アキラ
「じゃあ僕はここで…」

ヒカル
「えっ、もう着いたのか!?
ヤバい、立ったまま寝てた!
云わなきゃいけない事があったのに!」

アキラ
「し、進藤?」


云わなきゃいけない事…そう云って進藤は同じ駅で飛び降りた。

外はもう真っ暗で進藤の顔がよく見えない。

どれだけ怒ってるんだろう…云わなきゃいけない事って?

もう二度と俺の邪魔をするなとか、お前に佐為の代わりを求めた俺が馬鹿だったとか、昨日やったチョコ返せとか、もう顔も見たくないとか、あああぁっ!


ぽふっ

アキラ
「え…」


向かい側のホームの人達の目もあるのに、彼はいきなり僕に抱き付いた。

進藤…怒ってない…?


ヒカル
「塔矢…ごめんな?
折角お前がその気になってくれたのに、俺途中で怖くなっちまって…」

アキラ
「え…夕べの事…かい?」

ヒカル
「キスより先は俺にはまだ早かったみたいだ。
ごめん…
でもっ、でも俺のハジメテは絶対お前にやるって決めてるから!
それまで待ってて…」

アキラ
「進藤…」

ヒカル
「じゃあまたっ!」


それだけ云うと進藤は僕に唇が触れるだけのキスをして、後続の電車に飛び乗った。

ドアの向こうの進藤は照れ笑いをしながら舌を出していた。


アキラ
「自惚れていいのかな、僕。
待つ事には自信があるよ、進藤…これまでも何年も待ったんだ」


バッグの中のチョコレート。

いつかくれると云う進藤のハジメテ。

どっちも欲しくて堪らないものだけど、進藤――

僕が本当に貰いたかったのは、キミのその気持ちなんだよ、気付いてたかい――

《終》




◆あとがき◆

すいません、調子に乗って本当にバレンタインSSその後話書いちゃいました(^_^;)ゞ

最近ヒカ碁更新率高ぇな!?

どうしたんだ、何年も放置状態だったのに?

デスノは頻繁に書いてるからいいとして、最近ラルΩグラドが放置状態なのが気まずいですホ

2008/02/19


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