ヒカルの碁

□どっちをあげたいの
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もうすぐ憂鬱なあの日がやって来る。

いっ、いや、別に毎年あかりとお母さんから義理チョコしか貰えないのが憂鬱って云ってるんじゃないぞ!?
(あれ、誰に云い訳してるんだ?俺)

あいつが…

やらないって云ってるのに、毎年毎年あいつが俺から貰えるものと思ってまとわりついて来るのが憂鬱なんだ――



どっちをあげたいの



今までだって一度もくれてやった事なんてないのに、何であいつは俺からチョコが貰えると思ってるんだ?

大体何だって男の俺が、男の塔矢にチョコなんかやらなきゃならないんだ。

どんなに断っても、毎年あいつのしつこさと云ったらハンパないし…ああ、憂鬱だ!

なのにこの日に限って地方の対局が入ったりとかは絶対しないんだ。

手合いがあってもなくても、奴は絶対俺のとこに取り立てに来るし。

はぁ…何でもいいからアノ日だけ東京を離れてぇ…

待てよ、今年の2月14日って何曜だっけ?

ヒカル
「あっ、何だ、手合いない日じゃん。
手合い料殆ど手つけてねぇし、いっそ旅行にでも行っちまうか」


この自由さが棋士のいいところだよな。

お父さんみたいなサラリーマンや学生だったらこうは行かない。

でも何処に行こう?

こないだはゆっくり見れなかったから、もう一度因島に行って佐為を偲ぶのもいいかも知れない。

…でも誰と?


ヒカル
「一人で行ったら、俺絶対迷子になるよな」


だからってまた河合さんなんて冗談じゃないぞ?

ウルサすぎて佐為を偲ぶどころじゃないや。


ヒカル
「あかり…は駄目だな。
俺が手合いなくても、あいつ学校あんじゃん」


待て待て待て、ナニ云ってんだ俺。

女と二人っきりで旅行なんて、出来る訳ねぇだろ。


ヒカル
「お父さんは仕事があるから、お母さんだけって訳にはいかないし…第一絶対因島なんて行きたがらないよな」


行くなら絶対韓国連れてけって云うに決まってる(お母さんはご多分に漏れずヨン様ファンだ)

てゆうか一泊で韓国なんて絶対無理だ!

ヒカル
「う〜、筒井さんは俺なんかより加賀と行きたがるだろうし、和谷や伊角さんじゃ河合さんと同じ運命だ。
門脇さんじゃ色々突っ込まれそうだし、倉田さんは書きかけのサインどっかなくしちゃったからなぁ」


となると…塔矢?

はっ、ばっ、馬鹿か俺!

その塔矢から離れる為の旅行じゃないか!

大体あいつと二人っきりになんてなったら、俺貞操の危機じゃん。

はぁ…佐為が傍にいてくれたら、一人旅でもよかったのに。










結局俺は一人で因島まで行く事にした。

お母さんに仕事だって云って出掛けて来たのはちょっと後ろめたいけど、そうでも云わなきゃ未成年の一人旅なんて許してくれる訳ないし。

取り敢えず今回は地図帳じゃなくてちゃんとガイドブックを買ったから、多分迷子にはならないだろう。

ああ、失敗した…あの時のカープファンのオジサン(名前忘れちまった)の電話番号でも聞いておくんだったな。

またあの碁会所に行けば逢えるだろうか(でも顔もうろ覚えだ)

どうにか間違わずに新幹線にも乗れたし、まずはほっと一息。


ヒカル
(あ…塔矢の奴、チョコの取り立てに来て『今日は遠方のイベントに指導碁を打ちに行く仕事はない』なんて余計な事、お母さんに云ったりしないだろうな)


窓の外の風景を見ながら、ふとそんな事に気付く。

ヤバいな…そんな事バラされたら、帰ったら大目玉だ。

何だってたかがバレンタインのせいで、こんな危ない橋渡らなきゃなんないんだ。

俺は段々腹が立って来た。


ヒカル
(でもこんな機会でもなきゃ、佐為には逢いに行けないしな…)


佐為…何処行っちまったんだよ。

何でいなくなったんだよ。

あいつだったら塔矢と違って、俺にチョコレートあげたいってごねるんだろうな。

チョコがどんなもんだかよく知りもしない癖に…

でも俺…佐為にはもっと大事なものいっぱい貰ったよ。

俺何にもお返ししてないや。

そして…佐為が囲碁の他に何が好きだったかも知らない。

だってあいつ何も食わねえんだもん。

自分は何にも食わねえ癖に、いつもにこにこ俺が物食ってるの見てて…

チョコなんか食わしたら、あいつ吃驚したろうな。


佐為の事を…誰かに話したい。

信じて貰えなくてもいい、こんな凄ぇ奴なんだって教えてやりたい。

俺に碁の面白さを教えてくれた、強くて凄ぇ奴なんだって大声で自慢したい。

なぁ、佐為…帰って来いよ。

そしてまた碁を打とう。

今度はお前の事隠さないで、ちゃんとみんなに紹介するよ。

俺の自慢の親友だって…ちゃんと紹介するから…


ヒカル
「やべ…涙出て来た」


新幹線はトンネルに入り、無様な顔の俺を映した。

こんな顔してたら、佐為に笑われちまうな…












ヒカル
「さぶっ。
東京より随分南にあるのに、広島も結構寒いな」


前に来た時は5月だった。

東京より随分暑くて、もっと薄着して来ればよかったと思ったものなのに。

今日の天気――午後から雪――

そんな電光掲示板を見て、慌ててホテルを探した。

えぇと、河合さんと泊まったホテルって、どっちの方にあったんだっけ。

バッグからガイドブックを取り出し、記憶を頼りにホテルを探す。

ああ、確かこんな名前だった。


ヒカル
「やべぇやべぇ、降り出した!
まだ12時20分前なのに、ってそう云う問題じゃないか。
うわ、結構遠いじゃん!
バス!いや、タクシー?」


ホテルの受付のオジサンは俺の事を覚えててくれた。

よっぽど因島が気に入ったんだね、そう云うと窓から島が見える方の部屋に案内してくれた。

雪で霞んでよく見えないけど、佐為もあの島で雪を見た事はあったんだろうか。

虎次郎のいた頃は、島からこんな大きな建物が見えたりはしなかっただろうな。


ヒカル
「今日はずっと降ってるのかな…
佐為に逢いに行くのは明日になっちゃうかも」


東京でさえ滅多に降らない雪が広島で見れたんだ、佐為がいたら大はしゃぎだろうな…











ん…

何の音だ…

携帯?

ああ、塔矢に持たされてる携帯が鳴ってるんだ…

俺、いつの間に寝ちゃって…


がばっ!


ヒカル
「てゆうか、ここ何処だ!?」


そうだ、広島!

俺、佐為に逢いに来てたんだった。

いや、それより携帯携帯…!


アキラ
『進藤!!
今何処にいるんだ!!』

ヒカル
「げっ!
とっ、塔矢!!」

アキラ
『今キミの家に行ったら、仕事で遠方に行ったって…
棋院に問い合わせせてもそんな仕事は入ってないって云うから、キミの親御さんを誤魔化すのに大変だったんだぞ!?
泊まりじゃなきゃ行けない処って、今一体何処にいるんだ!!』


お母さんを誤魔化したって…よかった、余計な事は云わなかったんだな。

でも今この状況をどう説明しよう…

まだ3時…この時間ならあいつ、絶対今から広島来るって云い出すに決まってるぞ!?

かと云って黙って切ったら、お母さんに本当の事云いつけ兼ねないし…


アキラ
『どうした、進藤!
何故黙っている!』

ヒカル
「あ、いや…
今傍にお母さんはいないんだな?」

アキラ
『もう家に帰って来てるよ!
それより今何処にいるんだ!』

ヒカル
「その…広島」


案の定塔矢の奴は、今からこっちに向かうと云い出した。

あいつ今親父さんもお袋さんも中国行ってるから、勝手に旅行に行ったって誰も怒る奴なんていないだろうな。


どうしよう…もう逃げられない。

俺は悪戯の見付かった子供の様に、小さくなって塔矢の到着を待つしかなかった。

外の雪は大分降りを弱めていた様だった――













アキラ
「そんなに僕から逃げたかったのか、進藤」

ヒカル
「…そ、そう云う訳じゃ…」


…あるけど。


アキラ
「そこまで嫌われていたとはな。
でも僕がどれだけ心配したと思ってるんだ!?
本当の事を知ったら親御さんだって…
僕から逃げたいんだったら、何もこんな遠くまで来なくたって、誰か友達の家にでも泊まれば済む事だろう!
一人で旅行なんて、何かあったらどうする気だったんだ!」

ヒカル
「で、でも因島は俺にとって大事な場所だし…」

アキラ
「秀策の生まれ故郷か?
どうしてそうまで秀策にこだわるんだ」


誰でもいいから佐為の事を聞いて欲しい。

そう思ってたけど、こうまで怒ってるんじゃそんな話をしたって、またふざけるななんて怒鳴られるのがオチだ。

けど適当な話で誤魔化されてくれる相手じゃないし。
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