ヒカルの碁

□シビレる一手
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ヒカル
「あ〜あ、俺をイかせられる様な一手を打ってこれるのは、日本じゃ塔矢一人かよ」


俺がプロになってから早や三年。

去年のあの北斗杯以来俺は負けなしで、低段者の中では俺に勝てる者はもう塔矢しかいなくなっていた。

高段者との手合いも増えて来ているとは云え、そんな低段者達との対局に物足りなさを感じる日々。

いや、高段者が相手だってただ闇雲に強いだけで、これだって云う一手にはなかなかお目にかかれない。

俺は高永夏や手合いで真剣勝負の時の塔矢と打った時みたいな、シビレる様な一局を毎日だって打ちたいのに。

でもそんな思いからつい出た一言が、あれほど大きな波紋になって棋院を駆け巡るなんて…



《シビレる一手》



和谷
「おいっ、進藤、お前噂になってるぞ!?」

ヒカル
「何が」

和谷
「何がじゃねぇよ!
手合いでお前に勝てば一発やらしてくれるって、低段者の間では専らの噂だぜ?」

ヒカル
「はあぁ!?」


俺のイかせる発言がそんな噂になって一人歩きしていたなんて。

確かアレを呟いちまった時の対局の相手は門脇さん…あのお喋りめえぇ!

しかも真実を曲げて噂撒き散らしてんじゃねぇよ!

道理でここ最近俺と対局する奴らの眼がギラギラ血走ってると思った。

…てゆうか俺、男どもに狙われてんのか!?

同性を好きになるなんて物好きな奴、塔矢一人だけだと思ってたのに。


アキラ
「進藤!
一体どう云うつもりだ!?
僕に断りもなく変な噂を流すなんて!」

ヒカル
「俺じゃねぇよ!」

アキラ
「進藤をイかせるのにどんなテク使ったなんて、今日1日だけで何人に聞かれたと思ってる!
大体イかせるどころか、まだ一度だって僕とシてくれた事なんてない癖に…」

ヒカル
「ものの例えだ、バカ!
てゆうかお前、俺とそんな事したいのかよ!?」


塔矢が俺に惚れてるってのは本人の口から何度も聞いてた事だけど、まさか体の関係まで望んでいたなんて…俺、これからもちょくちょく塔矢ん家に泊まりに行ってて大丈夫なんだろうか。


いや、塔矢より厄介なのは、俺に勝ったら一発ヤれると思ってる連中だ。

勿論易々と負けてやる気はないけど、これはいよいよ負ける訳にはいかなくなって来たぞ?








そんなこんなで今年も北斗杯のシーズンがやって来た。

負け知らずの俺は当然北斗杯への切符を手にし、大将は塔矢に、そして不調だった社に代わり今年は越智が代表に選ばれた。

流石に越智は俺の体を狙うなんて事はないから、社よりは安全かな。

でもうっかり今年も高永夏に負けたりしたら、塔矢はその代償として俺に体の関係を求めてくるかも知れない。

この一年で俺も力をつけたけど、高永夏だって益々強くなってるんだろうな…

ヤバい、俺貞操の危機?

でも相手が塔矢ならまだ…いやいや、何を云ってるんだ俺は!

今年こそ高永夏に勝って、去年の雪辱を晴らすんだ!!

でも大将は塔矢に決まってるんだし、今年の相手は秀英あたりかもな。

いや、そうじゃなくてホ

高永夏とは俺が打つ!

打つったら打つ!

しかし事は俺が考えているより、もっと深刻な事態に陥っていた…


永夏&秀英
「さっき聞いたんだけど、お前に勝ったら一発ヤらして貰えるんだって?」

ヒカル
「誰だ、そんな事云った奴ぁ―――っ!!」


待て待て待て、永夏に負けたら俺塔矢じゃなくて本人にヤられちゃうのか!?

つーか秀英まで俺狙ってる!?

それ以前にナニ永夏の奴日本語勉強して来てんだ!!

まさか俺、去年の北斗杯からロックオンされてたとか!?

嘘だろ、勘弁してくれよ…

そりゃあいつの秀策を馬鹿にする発言は誤解だったってのは聞いてたけど、だからって俺を挑発する為に秀策を…いや、佐為を汚したあいつを俺はまだ許しちゃいない。

弱気になんかなるもんか。

今年も団長は倉田さんがやるんだ、何が何でも俺があいつと打てる様に…そして今年こそあいつに勝って佐為の名誉を守らなきゃ!!


アキラ
「どちらにしても明後日の対韓国戦では、僕は高永夏とは打てなさそうだ」

ヒカル
「何でだよ?」

アキラ
「君が今年も副将なのは分かってるみたいで、向こうで高永夏と洪秀英がどっちが副将になるかで揉めている」


…冗談抜きで俺狙われてる…?

今日はゆっくり休めって云われてるけど、明後日の韓国戦までに少しでも力をつけないと!

こうしちゃいられない、レセプションになんか出てられるか!


ヒカル
「塔矢!」

アキラ
「ああ、分かってる。
何年もずっと君を追い続けて来たんだ、あんなポッと出の高永夏なんかに君を美味しく戴かれて堪るもんか!
今夜は時間が許す限り君と打つ。
打って出来うる限り君の実力向上に協力する!」


協力の理由がイマイチ気に入らないけど、今回ばかりはそうも云ってはいられない。

塔矢の恋心を利用出来るだけ利用させて貰おう。

何よりヤるヤらないは抜きにしても、俺の求めていたシビレる様な一局を打てる相手だってのは間違いないんだから。


アキラ
「また君はこんな手を見落として!
本当に高永夏に勝つ気があるのか!?」

ヒカル
「わ、分かってるよ」

アキラ
「分かってない!
まさか僕なんかにいい様にされるぐらいなら、高永夏に捧げてしまおうとか思ってるんじゃないだろうな!?」

ヒカル
「誰がだ、馬鹿!」


別に中国戦を甘く見ていた訳じゃないけれど、俺は寝不足で対局を迎えなきゃならないのを覚悟で、夜明け近くまで塔矢の部屋で打ち続けた。


越智
「朝まで打ってたって云うからコンディションぼろぼろだと思ってたけど…
フン、なかなかやるじゃないか」

ヒカル
「うるせー!
負けた奴に云われたかねー!」

アキラ
「勝てたと云っても辛勝じゃないか、進藤。
そんな調子じゃ明日の韓国戦で高永夏相手に勝てないぞ?
本気で貞操守る気あるのか!?」

ヒカル
「お前が気にしてるのは貞操だけかよ!!」

越智
「全くどいつもこいつも進藤進藤って…
進藤なんかより、僕の実力を見て欲しいね」

ヒカル
「それで高永夏に後ろの穴狙われたいのかよ!」

越智
「げ…」


高永夏が俺を気にかける理由が実力じゃなくて肉体的な事だと思ったのか、ちょっと気をよくした越智が韓国チームの偵察を買って出た。

どうやら向こうは未だに誰が俺と打つかで揉めているらしい。

例え永夏が副将になり損ねても、倉田さんは俺に奴と打たせてくれると約束してくれた。


ヒカル
「でも明日の朝には誰が大将で誰が副将・三将か書いて運営委員会に渡さなきゃなんないんだろ?
早く決めてくれなきゃこっちも決め様がないよ」

アキラ
「それは今越智君が探りに行ってくれてるんだ、君は余計な事は考えずに勝つ事だけ考えろ!
兎に角今は集中して打て!」

ヒカル
「ちぇっ、寝てない癖に元気な奴」

アキラ
「君の貞操がかかってるんだ、寝てられるか!!」

ヒカル
「いい加減お前は貞操から離れろ!!」


とは云ったものの、流石に二人とも2日続けての徹夜は無理で、いつ寝落ちしたのかも記憶にない。

俺はそのまま塔矢の部屋で朝までぐっすり寝こけてしまった。

だから翌朝係の人が俺を迎えに来て、もぬけの部屋に驚き大騒ぎになった。

そりゃあ選手がベッドを使った形跡もなく行方不明、それも未成年だから責任問題にまで発展すると、大会運営委員会はてんやわんやの大騒動だったそうだ。

俺隣の部屋で寝てただけなのに…騒ぐ前に他の部屋ぐらい確認しろよな。

お陰で倉田さんにはこっぴどく叱られた。


アキラ
「僕とした事が一生の不覚だ…」

ヒカル
「しょうがねぇじゃん、前の晩も寝てなかったんだから。
でもよく寝たお陰で体調はばっちり!
今日は勝てる気がする」

アキラ
「僕が云ってるのは君との一夜の最大のチャンスを寝て終わった事の方だ!」

ヒカル
「ヤる事しか頭にねぇのかよ!!」


ちょっと声が大きかったか、韓国チームが驚いた顔でこっちを見てる。

アレ、あいつ、ナニあんな動揺した顔してんだ?

隣にいる秀英の顔なんて絶望でもしてるみたいだぞ?

はは〜ん、さては副将は永夏に決まっちまったんだな?

ん?それじゃ何で永夏まで動揺してんだ?

まさか俺の対局の相手が永夏でも秀英でもないなんて云わないだろうな?

俺の心配をよそに、対局の相手はちゃんと高永夏だと越智が報せてくれた。

そして――


俺は今年も永夏には勝てなかったのだ…


ヒカル
「…ちくしょう」

永夏
「ちくしょうはこっちの科白だ」

ヒカル
「?」

永夏
「塔矢アキラ…完敗だ」

ヒカル
「いや、俺進藤ヒカルだけど?」


確かに俺が負けたのに、永夏は俺の体を求めて来なかった。

それに塔矢に負けたってどう云う事?

てゆうか勝った癖にナニ泣いてんだよ、オメーら!?

越智に勝った秀英まで号泣…訳分かんねー。


アキラ
「まあそう云う事だ。
進藤は僕のものだから、悪く思わないでくれ」

永夏
「失恋は最強の兵士を生むと云う言葉を知らないのか!
北斗杯に出られるのは来年が最後だが、この次はお前と打って負かしてやる!」

秀英
「韓国にはこの僕だっている!
永夏が出られなくなっても、僕がお前を負かす!!
進藤の恋人面してられるのも今の内だからな!?」


…はあぁ!?


越智
「どうやら今朝のお泊まり騒ぎと昨日と違って君がすっきりした顔してる事で、既成事実があったと勘違いした様だね。
嘘も方便なんて云うけど、あそこまで自慢しなくてもよさそうなものなのに」

ヒカル
「ナニあいつ、俺とヤったなんて云い振らしてるのか!?」

越智
「まあ負けたのに貞操は守れるんだ、文句は云えないよ」

ヒカル
「だから負けた奴に云われたかねー!」


噂は韓国チームのみならず、永夏の口から日本の若手棋士にまで伝わってしまった様だ。

冗談じゃない!

お陰で俺は塔矢にヤられちまった事になっちまったじゃねぇか!

あの夜は爆睡こいて一緒の部屋で寝てただけだ!

ヤっちゃいねぇ!

まだヤっちゃいねぇんだ!

塔矢の野郎、どうしてくれんだ!


アキラ
「い、いや、そう云う事にしておけば、君を狙ってた連中も諦めるんじゃないか?」

ヒカル
「俺の傷つけられた名誉はどうしてくれるんだ―――っっ!!」


確かにそれ以来俺を狙ってた連中はすっかり大人しくなってくれた。

でも永夏の云ってた失恋は最強の兵士を生むってのはマユツバもんだな。

みんな失恋のショックからか、実力以下の腑抜けた手しか打たなくなった。

何でこんな事になっちまったんだ…

俺はただシビレる様な一局を、シビレる様な一手を究めたいだけなのに。

そんな俺を見て、更に不名誉な噂が広まった。

『最近進藤は塔矢にイかせて貰えなくて欲求不満らしい』

――お前ぇらが弱くて欲求不満なんだよ!!セ

《終》




◆あとがき◆

おやおや進藤君、『まだヤっちゃいねぇ!』って、この先はヤる気満々ですか?(笑)

塔矢君、来年の北斗杯までには噂を真実に出来てるといいですねぇ。

ヒカの欲求不満をしっかり晴らしてあげて下さい。

碁でもあっちでもヒカを満足させてあげられるのは、あなただけなんですから(笑)

2007/12/01


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