ヒカルの碁

□お母さんには云わないで
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塔矢行洋が息子の異変に気付いたのは、前々から気にかけていた進藤ヒカルがずっとさぼっていた手合いに再び訪れる様になってすぐの事だった。


行洋
「最近アキラがいつにも増して囲碁の研究に身が入っている様だな」

緒方
「ええ、やはり進藤君がいい刺激になっている様ですよ」


その時は二人ともアキラの恋心などには気付く由もないから、彼の変化を単にライバルの復活に良い影響を受けている位に捉えていた。
しかし数週間して行洋がたまたまアキラの留守中彼の部屋に詰め碁集を借りに足を踏み入れた時、父親として見てはならないものを目の当たりにしてしまった。


行洋
「こ…れは…進藤君の写真?
しかし何故彼がこんな格好を…!?」


そこにはヒカルがうさ耳をつけて可愛く上目遣いにポーズを取った姿が写し出されていた。
しかもその手の写真は一枚や二枚ではない。
セーラー服やゴスロリ・ベビィドール…果ては裸エプロンなどと云う写真迄ある。


行洋
「これは一体!?
何故こんな物が秀策の詰め碁集の間にこんなにも大量に挟まっているんだ…」

うち何枚かは嫌々撮られている表情をしているが、日付が新しくなる程ヒカルの表情がよくなって来ている。
特に最初に見た上目遣いで悪戯っぽく微笑むヒカルは、行洋でさえ年甲斐もなくどきりとする程だった。
そんな自分を否定する様にアキラを非難する言葉を口にする行洋。


行洋
「あ…アキラは何を考えているんだ!?
男の子にこんな淫らな格好をさせて…
それを甘んじて受ける進藤君も進藤君だ」


とは云ったものの自分でもヒカルの魅力に動揺している事が手に取る様に分かる。

写真に魅入っている内ふと行洋は不安に駆られ、悪いとは思いつつアキラの箪笥を調べてみた。
すると案の定和室に置かれた純和風の箪笥に似つかわしくない、写真に写っていた数々の衣装がアキラの衣服に混ざって収められていた。


行洋
「あ、アキラ…!
こんな衣服まで自分で用意しているのか…!」


行洋は真面目だと思っていた息子の愚行に気が遠くなる思いだった―――











アキラ
「進藤!」

ヒカル
「ああ、塔矢…
お前も今日こっちで手合いだったのか。
お前の事だからとっくに中押しで終わらせたんじゃないのか?(笑)」

アキラ
「お前も手合いだったのかって…つれないな。
まぁキミは遅刻ギリギリで来たから僕がいた事に気付かなかったんだろうけど…

ところで今日この後空いているか?
頼みがあるんだが…」


処変わってこちらは日本棋院の控え室。
アキラが手合いに来ただけにしては大きな荷物を抱えて、ヒカルに何やら無心しようとしている。
そんなアキラを見てヒカルは溜息をつきながら対応する。


ヒカル
「頼み?
その大荷物…どうせまたアレだろ?
新しい衣装…」

アキラ
「分かっているなら話は早い。
今度のも凄く可愛いんだ、着てくれるだろう?」


アキラは父に発見された例のコスプレ写真のコレクションを増やそうと、新たな衣装を用意してわざわざ手合いに迄持って来たのだ。
無邪気に笑うアキラを見て呆れ乍らも邪険に出来ないヒカル。

ヒカル
「仕方ないな…
で、今日はどんな衣装なんだ?」

アキラ
「これなんだけど…」

ヒカル
「あ、可愛い♪
いいぜ、着てやっても」


最初は渋々だったヒカルも、最近では気に入った衣装なら結構喜んで着る様になって来ている。
佐為がいなくなって以来その寂しさを紛らわす為か、アキラに構われるのを心待ちにしている感も多少ないではない。
その日も仲良く二人ヒカル宅へ赴き、新しい衣装での撮影会とあいなった。


アキラ
「進藤…最初は嫌がってたのに最近いい表情する様になったな」

ヒカル
「お前も随分写真撮るの上手くなったじゃないか。
最初の頃なんか顔ばっかり撮って、この衣装着る意味あるのか?って感じだったのに(笑)」


元は学校にまで押し掛けられてストーカーさながらに盗み撮り写真を撮られる位ならと嫌々承諾した撮影会だったが、アキラが自分を誰よりも可愛く撮ってくれる様になったのも手伝ってヒカルも段々その気になって来た。
サービスとばかりに結構際どいポーズにまで応じる様になったヒカルは、ファインダーの中ではさながら女優の顔である。

アキラ
「今迄は可愛さ重視だったけど…そろそろ色気も欲しいんだけどな」

ヒカル
「そんな事云ってお前、俺の躯にイタズラするのが目的だろう!
その手には乗らないぞ!?」

アキラ
「手厳しいな…
しかし進藤、もっと魅力的に撮って欲しくないか?
一度味を覚えてしまえば艶のある表情も出来る様になる…
僕に全てを…任せてくれないか…」


後ろから優しく抱き締められ、耳元で熱を帯びた声で囁かれるとヒカルもついその気になる。
元々アキラの事は嫌いではない。

それでも…とヒカルは思う。それでも今はまだキス以上の事をアキラに許してはいけない。


ヒカル
「ごめん塔矢…
いつか…いつか必ずお前にやるから。
最初の奴はお前って決めてるから。
でも今はまだダメなんだ…」

アキラ
「そうか…分かった」


アキラもヒカルが大切な誰かを失った事は薄々感づいていたのでそれ以上は何も云わなかった。
今自分がヒカルを忘れてしまえと云われても当然無理な話だ。
だからヒカルにも忘れろとは云わない。

アキラ
「キミの気持ちが少しずつでも僕に向いて来てくれてるって分かったからね、もうこんな自分慰め用の写真なんて撮る必要はなくなったな(笑)
これからは焦らず気長に待つ事にするよ」

ヒカル
「え?もう撮らねぇの?
折角最近楽しくなって来たのに」

アキラ
「本当に?
じゃあやっぱり…コレクションは増やしたいな(照)」


恋人同士として付き合う様になったらバカップルになりそうだ…二人はそう云い合って笑った。


アキラ
「そろそろ家の人が帰って来る頃だろう?
今日は帰るよ。

その、キスは…してもいい?」

ヒカル
「今更(笑)
何度もしてる癖によく云うぜ」


でも気持ちが通い合っていなかった頃のキスとは重みが違うな、そんな事を思い乍らヒカルは静かに目を閉じた…




アキラが上機嫌で家に帰ると、いつも厳しい父がいつにも増して厳粛な顔つきをしている。
いや、寧ろ悪戯をしでかした子供を今にも叱ろうと云ったいわゆる【怖い顔】だ。

行洋
「アキラ、話がある。
すぐに私の部屋に来なさい」

アキラ
「?
は、はい、お父さん」


ヒカルの家に寄ったので多少時間は遅くなったが、手合いではいつも通り勝ちを納めたし父に小言を云われる様な事をした覚えはない。
何が父の怒りを呼んだのか、アキラは必至で原因を思い起こそうとした。
そして父の部屋で【それ】を見て蒼白になる。


アキラ
「Σ( ̄□ ̄;)
そ、それは…!」

行洋
「これは一体どう云う事か説明しなさい」

アキラ
「は…はい…」


アキラの目の前には件の写真や衣装が彼の部屋から持ち出され並べられていた。
部屋中をくまなくチェックされたらしく、ほぼ全部のコレクションが揃っている。云い逃れは出来ない。


アキラ
「そ、その…これは…えっと…」

行洋
「確かお前はインターネットをやっていたな。
ネット上にはこう云う淫らな物を扱うページもあると聞いている。

私はお前に十分な小遣いを与えているつもりだったし、お前の手合い料はお前の好きに使わせている」


アキラは父が何を云わんとしているのか分からない。
ただただ萎縮して聞いていると、父がとんでもない勘違いをしている事が分かった。


行洋
「私はお前を進藤君にこんな格好をさせて迄ネットで小遣い稼ぎをする様な、そんな息子に育てた覚えはない!
これらは全て焼却処分だ!
いや、それより前に今すぐ進藤君と親御さんに謝罪に行かなければ…
来なさい!」

アキラ
「え…え…ええぇっ!?
ちょっ、お父さん待って下さい!
そ、それは誤解です!!

ネットで小遣い稼ぎだなんて…
僕がどうして【僕の可愛い進藤】を他の男共の食い物になんかするんです!」

行洋
「ぼ、僕の可愛い進藤…!?」


アキラが思わず口走ってしまった言葉に行洋は絶句した。
アキラは自分が想像していた様な悪事を働いていた訳ではなかったが、真実はそれより更に上回る衝撃を行洋に与えたのだ。


アキラ
「すみません、お父さん…
自然の摂理に反しているとは分かっているんですが、それでもどうしても僕は進藤が好きなんです!」


アキラの告白は行洋に追い打ちをかけた…

同性同士の恋愛など頭の固い父には当然許される筈もないと覚悟していたアキラだったが、意外にも行洋は相手の合意があるのならとそれ以上息子を責める様な事はしなかった。
不覚にもヒカルの写真を見てどきどきしてしまった行洋には、アキラの気持ちがなんとなく汲めたのであろう。


行洋
「お前が進藤君との事が本気だと云うなら私は何も云うまい。
だがお母さんには内緒にしておきなさい。
私が倒れた時に随分心配をかけた。
余計な気は揉ませたくない」

アキラ
「分かりました…
それであの、こ、これの焼却処分は…」

行洋
「お前に悪用する気がないのなら処分する必要はない。
ただしお母さんに見つからない様に、もっと分かりにくい処に隠しておきなさい」


こうして理解のあるところと父の威厳を改めて息子に示した行洋だったが…


こっそりヒカルの写真を一枚くすねていたので、アキラをきつく叱れなかったと云うのは内緒な方向で…(笑)
《終》
2005/05/04


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