ヒカルの碁
□恋の対局・佐為VSアキラ?
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その日アキラは緒方から【とっとき】の情報を聞いて愕然となった。
一体何処から仕入れた情報なのか…先日行われた森下門下生の合宿で、肝試しの際本物の幽霊が出たと云う話だ。
「そ、それで見たんですか?進藤が…?」
「そう云う話だ」
勿論その話を聞いてアキラが人知れず悔しがった事は云うまでもない。
その時自分が一緒にいたなら怖がるヒカルを優しく抱き締めてあげられたのに…
佐為のお陰でヒカルが幽霊をまるで怖がらない事など知る由もないアキラは、何とか彼を同じシチュエーションに持ち込めないかと思案し出した。
「凄い真剣な顔だな。
そんなに進藤が気になるのか?」
「馬鹿を云わないで下さい、緒方さん。
幽霊騒ぎ位で調子を崩す様なら進藤なんて僕の敵ではありませんよ」
(全く…この科白を何度聞いた事か…)
そう思って緒方は呆れたが、まさかアキラがヒカルに恋心を抱いていると迄は思わない。
ヒカルへの想いをひた隠しにするアキラの姿は、彼の目にはヒカルをライバルなどと認めまいと意地を張っている様に映っていた。
だからこの後アキラに突拍子もない事を云われ、一瞬理解出来ずにいたのも頷ける。
「緒方さん…お化け屋敷の怖い遊園地と云ったら何処ですかね」
「………あ?」
「ですからお化け屋敷ですよ。
子供騙しなんかじゃなくて本当に怖いお化け屋敷のある遊園地」
「(最近のアキラ君は何を考えているんだかさっぱりだな…)
そう云えば前に何処だかの遊園地にホンモノが混ざってるお化け屋敷があると聞いた様な…」
「ホ、ホンモノ!?
緒方さん、是非場所を教えて下さい!!」
アキラは目を輝かせて緒方に詰め寄った。
『ねーねーヒカルぅ、今日は手合いも研究会もないんでしょう?
久しぶりにウチ来ない?
こないだね、白川先生から教わった…』
「悪ぃ、あかり、今日はダメなんだ」
とある日曜、あかりからの誘いの電話に難色を示すヒカル。
『ええ〜?折角ちょっと強くなったとこ見て貰おうと思ったのに…何でダメなの?』
あかりの質問にヒカルは小首を傾げた。
実のところ本人にもよく分かってないらしい。
『遊園地…?』
「ああ…昨日棋院に行ったら塔矢の奴がな、友達と行けってフリーパスを貰ったから一緒に行こうって…
でも友達って…何でオレなんだ?」
『え、だってヒカル、塔矢君と友達なんでしょ?』
あかりの言葉にヒカルはまた考え込んでしまった。
「あいつ…遊園地に行く様な年代の友達いないのかなぁ…
不憫な奴っ」
ヒカルは何となくまだ腑に落ちなかったが、同年代の友達のいないアキラに同情して素直に楽しんで来る事にした。
実際囲碁を覚えてからのヒカルは遊園地などでゆっくり遊んだ事がなかったので、息抜きには丁度いい娯楽と云う訳だ。
『でも気を付けた方がいいですよ、ヒカル。
あの子供、きっと何かを企んでます』
「はあ?あいつの実力からいってオレなんか策にかけなくても問題にもならないだろう?」
『いえ、私の云いたいのは囲碁の話ではなくてですね…』
ヒカルに恋心を抱いている佐為にはピンと来た。
アキラもヒカルに自分と同じ想いを胸の奥底にしまっている事を。
(しかし同じ想いと云っても彼の場合、私とは立場が逆ですからね…
ヒカルなんか単純だからカンタンに騙されて襲われちゃいますよ。
ああ…この身のないのが恨めしい…
私にはヒカルを護る事も出来やしない)
「お、おい、何だよ急に泣き出したりして…おかしな奴だな」
『自分の身に危険が迫ってると云うのに、何を暢気な!
人の気も知らないで…ヒカルのバカっ』
「???」
ヒカルには何が何だかさっぱりだったが、取り合えず佐為が怒っている事だけは分かった。
そんなこんなをしている内にアキラが家まで迎えに来る時間となった。
「ヒカルー、お友達が見えたわよー!
降りてらっしゃい」
「ほーい」
『とうとう来ちゃいましたね、塔矢』
「そりゃ来るだろ、約束してんだから。
つーかどうも塔矢が【友達】って云うのがしっくり来ないんだよな…」
(まさか【恋人】ならしっくり来るとか云わないでしょうね…)
それでも今日一日は楽しく過ごすと決めたのだから、細かい事は気にせず階段を降りた。
玄関に出るとアキラはいつもの正装じみた服ではなく、中学生らしいカジュアルな出で立ちで待っていた。
いつもこう普通の格好をしていれば【友達】と云う言葉も違和感がないのに…ヒカルはそう思った。
「進藤…今日はその格好で遊園地に行くのか…?」
「え?ああ、そのつもりだけど…何かまずかったか?」
「あ、いや…別にまずくはないけど…」
「何だよ、ハッキリしない奴だな」
「全然普段着のままなんだな…」
アキラはカジュアル乍らも精一杯のお洒落をして来たつもりなのに、ヒカルはと云えばパーカーにジャージ…
折角のデートだと云うのにこれでは色気もそっけもない。
もう少し可愛い服装を期待していただけにアキラは少々落胆した。
(パーカーはまだいい、しかしジャージ…これは何とかならないだろうか。
お化け屋敷で抱きつかれても、これは萌えられないぞ…)
「何なんだよっ、さっきから足下ばっかり見て!
お前やっぱり変だぞ!?」
『そーそー、変ですよヒカル。絶対塔矢何か企んでます。
今日は行くのをよしましょう♪』
実際アキラはヒカルに抱きつかれたい一心で今日遊園地へ誘ったのだから、これを企みと云わずして何と云おう。
怖がるヒカルを優しく宥め、男らしいところをアピールしたい。
他人も羨む様なカップルに見られたい。
その為には是が非でもヒカルに可愛い衣装を着て欲しいのだ。
下心を見抜かれずヒカルを着替えさせる方法はないものか…
「そ、そうだ進藤、僕朝食も食べずに出て来ちゃったんだ。
何処かで軽く食べてから行かないか?」
「そう云やオレもまだだ。
いつもは休みの日なんか昼まで寝てるから朝飯なんてものの存在忘れてた」
「だったらあがって貰って食べて行ったら?
ヒカル、あんたお小遣い前でそんなにお金持ってないでしょ?」
アキラは自分が誘ったのだから当然ご馳走するつもりだったが、うっかり手を滑らせ飲み物をかけて着替えさせる算段でいたのでヒカルの母親の申し出は却って都合がよかった。
「お言葉に甘えちゃっていいんですか?」
「どうぞどうぞ。
ヒカルにあかりちゃん以外の友達が訪ねて来るなんて久し振りだから、おばさんも嬉しいわ」
流石にアキラもこんなに喜んでくれるヒカルの母の見ている目の前で、自分の企みを実行するのは心が痛んだ。
それでもヒカルを着替えさせたい欲望の方が強かったと見えて、罪悪感を感じ乍らも行動に出てしまった。
「熱っ…あっ!!す、すみません!!」
「熱ぢぃっ!!
おい、塔矢!!服が紅茶びたしになっちゃったじゃないか!」
「ご、ごめん進藤!!火傷は!?」
勿論アキラは紅茶が火傷を負う程高温でなかった事は分かっている。
カップを持ち損ねてひっくり返した振りを悟られまいと、必要以上に心配してみせた。
「あ〜あ、着替えなきゃダメだよコレ…もう、気を付けろよな」
「すまない…それより本当に火傷は大丈夫か?」
「そんなに心配しなくて大丈夫よ、塔矢君。
この子そんなにデリケートに出来てないから(笑)」
「ちぇっ、少しは心配してよお母さん。
兎に角オレ部屋行って着替えてくるわ」
「あっ、僕も行くよ」
折角着替えてもまたさっきの様な服を選ばれては、危険を冒して迄の苦労が水の泡である。
アキラは自らコーディネイトするべくヒカルを追った。
「うわっ、ちょっ、し、進藤!
そ、そんなイキナリ脱いで…」
「?
何云ってんだよ、お前。
着替えに来たんだから脱ぐのにイキナリも何もないだろ」
『いいえっ、ヒカル!
塔矢の前で肌を見せるなんて危険過ぎます!
襲われちゃいますよ!』
佐為の警告も虚しく、次の瞬間にはヒカルはアキラに押し倒されていた。
アキラの唇がヒカルのそれと重なる。
「ん…んん…」
『ちょっ、ヒカル!
何抵抗もしないで大人しくされるがままになってるんですか!
ヒカル!?ねぇ、ヒカルってばぁ!』
抵抗出来る筈もなかった。
アキラに押し倒された際、ヒカルは壁に頭を打って気絶していたのだ。
幾ら舌を絡めても強ばるでなく受け入れるでもないヒカルの異変にアキラが気付いたのは佐為がわめいたすぐ後だった。
「し、進藤…?
アレ?進藤!?」
『キャー、ヒカルぅ!
何て事してくれたんです、塔矢!』
勿論その声がアキラに聞こえる筈もないが、佐為はわめかずにはいられなかった。
その横でアキラはひたすら焦ってヒカルを起こそうとする。
祖父の家で倒れた前例のあるヒカルはそのまま病院に運ばれてしまった。
「ただの軽い脳震盪だってよっ。てか塔矢、お前ってそんなおっちょこちょいなキャラだった!?何だってオレの方に倒れ込んでくんだよっ」
「ご、ごめん…足がもつれて…」
『嘘ですよ、ヒカルっ!塔矢はね、ヒカルの事を襲おうとして…』
「もういいよ…はぁ〜、折角の遊園地…何年振りだったんだろ、オレ…」
「め、面目ない…」
「連れて行きたくてもあんたいつも忙しい忙しいって…元々塔矢君が誘ってくれなきゃ行けなかったんだから、あんまり責めちゃ駄目よ?」
病室で目を覚ましたヒカルは怪我をした事よりも遊園地に行けなくなった事が悔しかったらしい。
ヒカルに取っては楽しむと決めた一日が潰れてしまい、アキラは折角誘ったデートに失敗、佐為は大事な大事なヒカルを護れなかった事が悔しくて堪らない。
この日は三人とも散々な休日を過ごして終わった事になる。
それでも…アキラは次のデートこそ成功させる事を、佐為は何としてでもヒカルをアキラの魔手から護る事をそれぞれ胸に誓ったのであった…
《終》