空にかがやく星

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「改めまして、私は水瀬なつこと申します」

先ほどはすみませんでした、とさっきの醜態の謝罪も含めて、深々と頭を下げた。

ホワイトホースさんは、男たちが来た時私が隠れた椅子にどかっと座っている。
大きな椅子だとは思っていたけれど、なるほど彼の体格なら頷ける。ぴったりの大きさだ。

本来なら私はドンさんの前に立って(あるいは不法侵入者の立場としては正座しなければならないかもしれない)いなければならないだろう。
だが、私はいまだにその横の地べたに座り込んでいる。
どうやら先ほどなかなかに怖い目に遭ったからか、腰が抜けたらしくちゃんと立つことができなかったため、失礼は百も承知の上で、このままの体制で話させてもらっていた。
もう社会人になったのに情けない。今すぐにでも穴を掘ってその中に入りたいぐらい恥ずかしい。

でも、私にはまだ聞かなければならないことがあるのだ。

乾く喉を、唾を飲み込んで潤しながら、ホワイトホースさんの方に向き直る。



「あの、お聞きしたいのですが。ここは一体……」
「さっきも言ったが、ここは<天を射る矢>だ」

先ほども聞いたあるとすく。他にもユニオンやら、ギルドやら聞いたが、会話の中には英語が少し混じっている。
上の二つは私の知っているものと意味は同じだろう。ユニオンは連合で、ギルドは同業組合だったと思う。
しかし、あるとすくという単語には聞き覚えがない。

「あるとすく、とは何かのグループ名……でしょうか」
「まあ、グループ名にはちげぇねえだろうが、ギルドの組織名っていうのが正しいだろう」

おめえ、<天を射る矢>知らねえのか?とホワイトホースさんが首をかしげる。
まるでこのギルドの名前を知らない者などこの世には存在しないという雰囲気だ。

(やっぱり、ここって……)

それにまた涙腺が緩みそうになるが、ここで泣くわけにはいかない。

「あ、あの、ホワイトホースさんは」
「あ?もっとでっけえ声ではっきりしゃべりやがれ」
「は、はい!」

いけないいけない。気持ちが声に出てしまったのか、思わず声が小さくなってしまった。
本当ならホワイトホースさんは私に付き合う義理はないのに、こうして残ってくれてるんだ。
ちゃんと私も誠意を見せなければ。
背筋を正して、ホワイトホースさんの瞳をしっかりと見つめる。

「ホワイトホースさんは日本っていう国ご存知ありませんか」
「二ホン?」
「えっと、に、日本でなくてもいいんです。アメリカ、中国、アフリカ、あとはイギリス。ち、地球!これはご存知ですよね」

気持ちが急いて、早口になってしまったが致し方ない。日本は小さな島国だから知らない国もどこかにあるかもしれない。
しかし、地球はどうだ。おそらく知らない人はいないだろう。
知らず知らず、彼はきっと私が望む答えを言ってくれると希望を抱いて、縋るように見つめてしまう。

だが、ホワイトホースさんは少し眉間に皺を寄せると、力なく首を振った。


「残念だが、そもそもここは統一国家だ。そんな国は知らねえし、チキュウなんて言葉も聞いたことがねえな」


地球という言葉を聞いたことがない。

脳を直接鈍器か何かでガツンと殴られたかのような衝撃だった。
自分の常識が覆されるというのはこういう感覚なのか。


私がいるのは地球ではない。なら、私は一体どこにいるのか。なぜこんなことになっているのか。




目に見えるようにして意気消沈した私を見かねてか、ホワイトホースさんはわざわざ地図を持ってきて見せてくれた。
地図は世界地図のようで、何個かの大陸が海を隔てて存在しているようだった。
左上には大きく何かの文字が記してある。 そして同じような文字が各地に点在して書いてあった。

この地図は当然のことながら、私の知っているものとは全く違った。
私の知っている国なんて、一つもない。私の知っている人も、私のことを知ってくれている人も、みんな。誰も、いない。
頭がぐつぐつ茹でられているかのように、熱を持ってぐらぐらと揺れて、気持ちが悪い。

「この世界はテルカ・リュミレース。基本帝国のやつらが治めちゃいるが、俺たちギルドの連中は帝国の法から外れて、てめえのルールに従って生きてる」
「自分のルール……」

ちなみに俺らがいるダングレストはここだ、とホワイトホースさんはちょうど大陸の中央から少し上にある場所を指さした。
そこには地名が書かれているのだろうが、目を凝らしてみても読めるはずはなかった。


帝国の法から外れて、自分で生きている。さも当たり前のことのように言って見せたホワイトホースさんに思わず感嘆する。
わかりやすく言えば、国の力に頼らず、己の力のみで生きているということだ。
国の統治なしで、自分たちで人をまとめ。国の補助なしで、経済を動かし。
そういうあらゆることを含めて、自分たちで生きている。私の国では考えられないことだ。


――そう、私の国では。


もう認めざるをえないだろう。
言葉は理解できているのに、私の知っているものはなく、知らない世界が目の前に広がっている。
ここには、異なる歴史、文化、言葉が根付いている。

本当は、とうにわかっていたのだ。
男たちに取り押さえられた時。感じた痛み。
まさかまさか、と疑念を抱きつつも、どこかでは理解していた。
ここは私が暮らしていた場所ではない、と。
そして、今ホワイトホースさんと話してみてこの現状を受け入れることしかできなくなってしまった。
……そう言ってはみても、目の前がぐるぐると回っている感覚に陥っているのは、きっと冷静ではない証拠だろう。
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