空にかがやく星

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「じゃあ水瀬さん、企画書あとはよろしく」
「はい、わかりました」

パソコンから目を離し、今しがた出ていったばかりの先輩に軽く会釈をする。
先輩はそれを横目に見ると、さっさとエレベーターがあるほうへ向かって行った。
もう社内には私しか残っていない。前を見ると誰もいないデスクばかりが目に入って、またパソコンに視線を向けた。


かれこれ社会人になって二年。何社も受けて頑張って入った会社は、世間的にいうとあまり良い会社ではなかった。
毎日の残業、激務、それに見合わない安月給、ギスギスした社内の空気。
私にとっての、初めてのその会社は、いわゆるブラック会社に分類されると思う。

(朝から晩まで残って働いて、それでもいろいろ切り詰めていかないとやっていけないなんて……)

背もたれに体重を預けると、ぎしりと椅子が音を立てた。軽く背伸びをして、天井を見上げる。

「どこか、ここじゃないところに行けたらいいのにな、なーんて」

そう、ここではないどこか遠い所へ行って、こんな場所からはおさらばして、それで――自由に生きたい。
何もかも忘れ去って、旅行とかしたい。もういっそ冒険でもいい。



「……ばかみたい」

小説の読みすぎだ。思わず自分のバカな思考回路に嘲笑が漏れる。
現実逃避も甚だしい。逃げたって何も変わりはしないのだ。――これからの私の人生も。
ぱっと今日のノルマを打ち込んで、家に帰ろう。そして熱いシャワーを浴びて早く寝て、明日の会議に備えなきゃ。








「もうー!!」

パシャパシャと水が跳ねる音を聞きながら、雨の中をパンプスで駆け抜ける。
今日は晴れだと聞いたから、折り畳み傘を持ってきていなかったのだけれど、突然途中から夕立が降ってきたのだ。


本当に、今日は何の厄日なのか。
あの後、なぜかいきなりパソコンの電源が切れて、もう一度最初から打ち直しになり、
そして案の定帰るころには終電時間を余裕で越している時間帯になってしまった。
通りは人がおらず、車が少し通るくらいで、とても静かだ。
とりあえず、どこかで傘を買わないと。
灰色のスーツはすでにびしょ濡れで、髪も顔に張り付いているが、少しはましになるだろう。



少し走ると、最近新しく出来たコンビニがあったので、そこで傘とハンドタオルを買うことにした。

「ありがとうございましたー」

間延びした声を背中越しに聞きつつ、店の外に出る。
コンビニの暖房にあてられて、少し髪の毛は乾いていた。

あまりハンドタオルを買った意味はなかったかもしれないけれど、せっかく買ったので、一応軽く髪もふいておく。
雨はさっきにも増して激しく地面を叩きつけており、ざあざあと降る様子からはすぐに止みそうにもないだろう。
この二年間事務仕事にいそしんで運動していなかったからか、少し走っただけで体はへとへとだ。全力でお風呂に入って休みたい。
雨は激しいが、ここから家までそう遠くない。ビニール傘も買ったし、家に帰ろう。

そう大きく溜息をつきながらビニール傘をまとめている留め具をパチリとはずし、取っ手付近の黒いボタンを押した。

(今日はほんと散々な日に―――。)
「――っ!?」

透明な傘がばっと開いた瞬間、傘がまばゆいほどの光を発し、私は光にあてられぎゅっと目を瞑った。
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