【短編】現代(白澤×鬼灯)
□返り咲き
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誰もが寝静まったであろう真夜中。
白澤の手を引いて、私室から執務室へ移る。
万が一、何かあっても良いように。
・・・もし、この方法が成功すれば貴方を助けられます。
でも、もし・・・
・・・いいえ、あれこれ考えるのは止めましょう。
貴方が目を覚ますまで私の気を送ればいいこと。
白澤の前髪を掻き上げ、額を露わにする。
額の真ん中には閉じた黒い神眼。
自分の親指の腹に牙を立て、皮膚を破る。
紅い玉が浮かび上がり、滴り落ちる。
血を介して、彼に鬼火を送り込もうというわけだ。
神という高格な存在に定格な者の血や気・・・ましてや鬼のそれなど、本来は一切受け付けず弾き返されてしまうだろう。
でも、鬼神の私なら・・・
貴方に認められた私なら、出来るかもしれない。
確証など何処にも無いこの行為。
・・・もう一度、私を受け入れて。
「・・・白澤さん、戻って来て・・・」
血が滴る親指で額に刻まれた眼をなぞっていく。
目を閉じて私の中を巡る鬼の気を一点に集める。
血がみるみる滾っていくのが分かる。
頭の頂から足の先までを流れる私の血と気を貴方に差し上げます。
ですから、どうか戻って来て。
赤く濡れる彼の額と私の指先。
少しずつだが確実に、私の気が彼の身体に流れ込んでいる。
だが、白澤の双眼に光は戻らない。
ただただ、血の香りが部屋を満たしていくだけ。
「まだ・・・足りませんか?」
そう一人ごち、今度は己の唇に牙を突き立てる。
薄い皮膚が破れる音がした後、傷口から血が溢れ出る。
「貴方が望むことは何だってして差し上げます。だから・・・っ」
赤く染まる唇で白澤の額に吸い付く。
固く閉ざした瞳を舌で辿ってみる。
まだ血が滴る指は首筋へ宛て、脈打つ血管をなぞる。
「・・・・・・。」
私がしていることは不毛で独りよがりな行為なのかもしれない。
それでも、信じてみたい。
白澤から与えられた鬼神の力を。
今のところ、拒絶反応はない。
もしかしたら・・・もしかするかもしれない。
他の神々に見放されてしまった今、
貴方の為なら、この血も肉も喜んで差し出しましょう。
だから、その美しい双眼で私を見て。
頬を伝う幾筋もの涙が煩わしい。
涙の所為で愛おしい貴方の顔が歪む。
「白澤さ・・・ッ」
幼子のように名を呼ぶことしか出来ない私をどうか許して。
血の香りが静かな部屋に立ち込めてゆく。
その暗闇の中で一瞬、彼の指先が動いたことに私は気付く由も無かった。
もう、どれくらいの間こうして彼に触れているだろうか。
恐らく、私の身体の中に残っている気はもう殆どないだろう。
足元がふらつき、立っているのもやっとの状態だ。
頭が割れるように痛い。
額から唇を離し、息をつく。
崩れ落ちそうな身体を保とうと、目の前の身体に縋り付こうとしたとき、
「ほ、ずき・・・・・・」
私の名を呼ぶ懐かしい声と、背中に感じる温かさ。
「ぁ・・・ッ」
慌てて顔を上げると、双つの黒く澄んだ瞳と額の金の瞳がこちらを見つめていた。
「はく・・・ッ?!」
彼の名を全て言い切る前に、背中に添えられた腕で力一杯抱き締められた。
言葉が紡げなくなる程に。
「ほおずき・・・ッ!」
耳元で聞こえる声、よく知った胸の鼓動、大好きな体温。
全部、元通りだ。
堪らなく嬉しくて、その背に腕を回す。
さっきまで感じていた頭の痛みなど、どこかに行ってしまった。
「・・・私が見えるのですね・・・?」
「うん、見える・・・見えてるよ。」
「私の声も・・・、」
「うん、うん・・・聞こえてる・・・」
「あぁ・・・良かった・・本当に・・・」
「お前のお陰だよ。ありがとう・・・」
「・・・え?」
「こんなにやつれて・・・もう殆ど鬼火が残ってないじゃないか。」
「何故、知って・・・?」
「そりゃ知ってるよ。さっきまで寒くて苦しかったのに、急に暖かくなったんだ。
額から熱いものが流れ込んできて、それがお前の鬼の気だって直ぐに気付いたよ。」
「どうして・・・」
「お前が小さい頃からずっと一緒に居るんだ。分からないわけないだろう?」
「そう・・・、ですか・・・」
「うん。鬼灯・・・本当にありがとう。」
もう一度、抱き締められる。
今度は壊れ物を扱うかのように優しく。
「・・・もう、お礼は聞きましたよ。」
こうも真っ直ぐに礼を言われる、と何だか気恥ずかしい。
「いいや、何度だって言うよ。僕を助けてくれたんだから。」
「貴方は昔、私の命を救ってくださいました。・・・これでおあいこですよ。それに・・・」
彼の腰に抱き着き、その肩口に顔を埋める。
「・・・貴方が居ないのは、寂しくて怖いです。」
「ごめん。もうお前を独りにさせないよ・・・この天に誓おう。」
髪に手を添えられ、そのまま優しく梳かれる。
「鬼灯。僕・・・宮殿に行って来るよ。」
「・・・・・・。」
「もちろん、直ぐに許してもらえるなんて思ってないよ。でも、僕の考えも聞いて欲しいんだ。」
「ですが、それでは貴方が・・・」
神々の怒りを再び買えば、今度は本当に神の格を剥奪されてしまうかもしれない。
そう思うと、怖くて堪らない。
「鬼灯・・・僕はね、神の格なんかよりもお前が大事なんだ。」
「白澤さん・・・」
「それとも、お前は神の僕でないと嫌?」
その言葉に、慌てて首を横に振る。
貴方が神であろうが、そうでなかろうが、私が心から慕う存在であることには変わりない。
「でしょ?・・・だったら、信じて。」
首を縦に振るしかなかった。
白澤の瞳が綺麗に細められる。
「・・・ほら、この子も元気を取り戻したみたいだよ?」
白澤の手が私の襟合わせに伸びる。
「ぁ・・・これ・・・」
その掌に載っていたのは、朽ち果てていたはずの花飾り。
「やっぱり、花は綺麗に咲いてる方が綺麗だね。」
ええ、その通りです。
だから貴方の言っていることは間違っていると言ったでしょう?
返り咲いた姿は、言い表わせない程美しい。
この花も、貴方も。
「・・・・・・天帝にも、ちゃんと話さなきゃね。」
「・・・ええ、そうですね。」
ふいに、両手を花飾りごと握り込まれた。
「白澤さん?」
「今更だけど・・・大きくなったね・・・あんなに小さかった子が、今では立派な地獄の鬼神だもんね。」
「・・・当たり前です。何年経ったとお思いですか。」
「ふふっ。それもそうだね。」
少年のように笑う彼に釣られて、私の頬も綻んでゆくのが分かる。
「傷の手当してあげるよ。おいで。」
手を引かれ、胸の中に抱き込まれる。
傷付いた指先に軽く口付け、治癒のまじないを小さく唱えると、みるみる傷口が塞がってゆく。
やはり、神の力を宿した貴方は誰よりも美しい。
「鬼灯・・・こっち。」
傷付いて血が滲む唇に、彼の唇が軽く触れる。
その心地良さに目を閉じる。
・・・この先、どうなるかなんて分からない。
ただ、確かなことは・・・どんな結果になろうと私はこの人の側を離れる気はない。
彼は私に信じろと言った。
私はただ、貴方の言葉に従うだけ。
お慕いしてます、私の神様・・・
私だけの花・・・・・・
白澤さんに返り咲いて頂いたところで、花シリーズ完結です。
な、長かった・・・・・・
長編書くの向いてないと改めて思い知らされました(笑)
付き合って下さった方、本当にお疲れ様でした。
次回作もよろしくです♪