【短編】現代(白澤×鬼灯)

□隠し事
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「最近、白澤様のお姿を見かけませんわ。」

幼馴染であるお香の一言からそれは始まった。

「言われてみれば・・・そうですね。」

ここひと月の間、白澤の姿を見ていない。

配達に来るのも、店番をしているのも桃太郎だ。

弟子である桃太郎にも「少し出てくる」と言い残すだけだそうだ。

しかし桃太郎曰く、誰もが寝静まったであろう真夜中に帰ってきているらしいが、朝になると既に姿が無いという。

一体、どうしたのだろうか。

何か落ち着かない。

『仕事終わった?ご飯行こうよ〜』

『今日も残業〜?ちゃんと寝なよ。』

『明日も会いに来ていい?』

こんな調子で、お互いの想いを通わせてからは毎日しつこい程会いに来ていたというのに。

この一か月間は、それが一度もない。

彼が私のもとを訪ねてくるのが当たり前になってしまって、それがぱったりなくなると調子が狂うのだ。

自分で言うのもおかしいが。

毎晩戻って来てるということは、体調が悪いわけではなさそうだ。

では、何故・・・

天界で何かあったのだろうか?

それとも、白澤自身に何かが・・・?

「あの、鬼灯様・・・」

一人で頭を悩ませていると、お香が控えめに声を掛けてきた。

「・・・ああ、すみません。何でしょう?」

「白澤様ならきっと大丈夫ですわ。ですから、そんな難しいお顔をなさらないで。」

私と彼の仲を知っている数少ない者の一人である彼女は、私の心中を察したのか労わる言葉を掛けてくれた。

「ありがとうございます。深夜に戻っているようですので、今夜にでも様子を見に行ってみます。」

「分かりましたわ。もしお会い出来たら、皆心配しているとお伝えくださいな。」

「ええ、承知しました。」

私をこんな気持ちにさせるなんて・・・

許しませんよ、白澤さん・・・

込み上げる心配と寂しさを抑え込みながら、定時が訪れるのを待つのだった。


















































仕事を定時で切り上げてからは、部屋に籠って書を読みながら夜が訪れるのを待った。

そして、夜が更に深みを増した頃、部屋を出て桃源郷へ向かった。

逸る気持ちを抑えながら、天国と地獄を繋ぐ長い通路を進む。

暗い通路を抜けた先に会いたくて堪らないあの人が居る・・・

そう考えると、自然と歩幅が大きくなる。

目の前に広がった美しい景色もそこそこに駆け出した。

桃の香りを纏った夜風を受けながら、あの人の家を目指す。

早く、早く会いたい・・・!

一体、いつからこんなにも彼に陶酔してしまったのだろうか。

白澤は毎日当たり前のように、自分の気持ちを口にしてくれた。

好きだよ、愛してる・・・って。

素直すぎる彼に恥ずかしさを覚えるほどだった。

でも、それが無くなった途端に寂しくなって・・・

それほど、私は彼のことを・・・

やっとの思いで彼が営む薬局兼自宅に辿り着き、弾む呼吸を整えるのもそこそこに扉へ手を掛ける。

「あ・・・」

このまま扉を開け放ったら、寝ているであろう桃太郎やうさぎ達を起こしてしまうかもしれない。

そう思い、扉に伸ばした手を止める。

「・・・・・・。」

家のすぐ近くにある大きな仙桃の木へ近付く。

甘い香りを放つ果実が風に揺れている。

淡い桃色と鮮やかな緑の美しさに見惚れてしまう。

遥か昔から神への捧げものと重宝されるこの仙桃。

そんな仙桃は、高貴で美しい彼によく似合う。

「まだ帰って来てくれないのですか・・・?」

この広い天界で何か起こっているに違いない。

毎日、家を空けなければいけないほどの何かが・・・

もし、このままずっと白澤に会えなかったらどうしよう・・・

もし、彼に何かあったら・・・

もし・・・、

「白澤さ・・・」

膝から力が抜けてしまい、木の根元にへたり込む。

「っ・・・ぅ・・・」

握りしめた手の甲に雫が落ちる。

こんな、たった一か月会えないだけで泣くなんて。

自分の女々しさが嫌になる。

でも、彼のことが心配でならない。

好きだからこそ、心配で堪らないのだ。

後から後から流れる涙を着物の袖で拭う。

お願い、どうか無事でいて・・・

顔を見せて・・・

今すぐに、好きって・・・愛してるって言って・・・

じゃないと、私・・・

静かな夜の桃源郷に殺しきれない嗚咽が響く。

膝に埋めていた顔を少し上げると、よく知った靴が目に入った。

「!」

「ほ・・・ずき・・・?」

続いて、これもまたよく知った声。

ずっと聞きたかった声。

少し上ずってはいるが、間違いなくあの人のもの。

「はく、たくさ・・・」

会いたくて堪らなかった白澤の姿がそこにあった。

「鬼灯・・・どうして、ここに・・・?」

膝を折って、私の顔を覗き込む。

しなやかな指が、私の頬を伝う涙を救い上げる。

「・・・っ」

「お願い、泣かないで・・・鬼灯・・・」

優しい声音で紡がれる私の名。

我慢の箍が外れ、目の前の愛おしい人に抱き着く。

普段なら絶対にしないことだが、もう触れずにはいられなかった。

「貴方が・・・貴方がちっとも会いに来ないから・・・っ・・・」

「ごめんね、鬼灯・・・ちょっと、忙しくて・・・」

声は限りなく優しいものだったが、何かが足りなかった。

「白澤さん・・・」

「・・・ん?」

どうして、腕を回してくれないの?

どうして、触ってくれないの?

「昼間は、どこで何をしてるんですか・・・?」

「・・・・・・。」

白澤の顔色が変わったのが分かった。

「あ、危ないことをしてるんじゃないんだ・・・天帝の命令で・・・それで・・・」

こんなに焦ってる姿、見たことがない。

・・・おかしい。

「もう少ししたら、落ち着くから・・・」

「どうして、触れてくれないのです・・・?」

捲し立てようとする白澤を遮って口を挟む。

「・・・・・・っ」

「白澤さん・・・」

彼の瞳を見つめていると、瞳の色がいつもと違うことに気付いた。

「ぁ・・・」

いつもは澄んだ黒色の瞳が、今日は金色がかって見える。

「近いうちに会いに行くから・・・だから・・・」

「隠さないでください。」

胸に縋り付いて、その瞳を更に見つめる。

「隠し事はしないって、約束しましたよね・・・?」

隠し事はしない、これは私たちが恋人になるときに決めた唯一の約束。

「・・・・・・・・・・・・。」

「白澤さん・・・、」

「・・・そうだよね、ごめん・・・」

少しの沈黙の後、白澤が口を開いた。

「今ね・・・、発情期なんだ・・・」

「・・・!」

「神獣の発情期って、他の獣より質が悪いんだ・・・一度、暴走したら自分じゃ止められない。」

「あの・・・、」

「お前に会いたくて仕方なかった。でも、会ったら酷く傷付けちゃうかもって・・・そう思ったら怖くて会いに行けなかった。」

・・・ああ、そういうことだったのか。

彼の正体は『神獣』なのだから、発情期があっても何ら不思議なことではない。

しかし、神獣の発情期となると、嵐のような昂ぶりが押し寄せ、それが暴走すると、我を失い、愛する相手をも簡単に殺めてしまうと聞いたことがある。

「お前をこの手で傷付けるなんて・・・僕には出来ない。だから、森の奥深くでじっと耐えてたんだ。」

ずっと、ずっと一人で耐えていたというのか・・・

私のことを思って・・・

でも、そんなこと・・・・・・、

「治まったら、必ず会いに行くから・・・今日は・・・帰ってくれ・・・」

胸を軽く押され、離れるよう促してくる。

そんな、そんなの・・・出来る訳ない。

「嫌です、帰りません。」

「頼むよ・・・今だってもうおかしくなりそうで・・・お前に何をするか分からない・・・」

そう言う白澤の瞳は獣の金に輝いたり、人の黒に戻ったりと身体の内で抗っているのが分かる。

こんなに苦しんでいる恋人を捨て置くなんて、出来ない。

「こんなに会いたかったって言っているのに・・・帰れだなんて・・・酷いです・・・」

抱き着く腕の力を強めて、離れたくないという意思を伝える。

「酷いことはしたくないんだ・・・分かってよ・・・」

「・・・私は貴方が思っているほど柔ではありません。ですから・・・・・・」

強張る白澤の手を取って、指を絡ませる。

「貴方の気が済むまで・・・・・・」

「・・・泣いても止めてあげられないよ?それでもいいの・・・?」

最後の脅しだと言わんばかりに低めの声で囁かれる。

「・・・構いません。貴方と・・・、一緒に居たい・・・」

瞬間、白澤の瞳が深い金色に染まった。


















こんな所でぶちってすみません(+o+)
続きは完全に『大人向けコース』ですね(笑)
時間があるときに書きますね♪

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