【短編】現代(白澤×鬼灯)
□情けない神様
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たまに、思い出すことがあるのだ。
痛くて苦しかった幼少時代。
・・・でも、悪いことばかりではなかった。
とても懐かしくて、温かい記憶も持っている・・・
淡くて、少し切ない大切な思い出。
両親に捨てられて孤児となった私。
更に、引き取られた村で犯してもいない罪の首謀者とされ、村人たちに嬲り殺された。
散々な生を終えたと思ったら、私の身体から滲み出る恨みの焔に引き寄せられた鬼火によって鬼へと生まれ変わった。
・・・鬼になった所で独りなのは変わらない。
もう、どうにでもなってしまえばいい。
先の見えない恐怖と無力感に支配されていた。
暗い暗い森で膝を抱えて寒さに耐えていたとき・・・、
美しい着物を纏った人が私の前に現れた。
『君、こんな所でどうしたんだい?』
『そうか・・・一人になっちゃったんだね。でも大丈夫、僕が一緒に居てあげるよ。』
その人は親の居ない私を哀れんで、慰めてくれた。
毎日のように私の元へ足を運んでくれる彼。
彼が私の前に現れてから、私の日常に色が付き始めた。
『見て見て、向こうの丘で見つけたんだ。君みたいな可愛い花だろう?』
『じゃあね、また明日も来るよ。』
いつしか、私の目は自然と彼を追いかけていた。
視線が絡み合うと、瞳を細めて柔らかく微笑んでくれる。
そんな彼が大好きだ。
でも、彼が何者か知ったとき・・・
私は心の中で芽生え始めた彼への想いを押し殺すこととなる。
『貴方は一体・・・何故、私に優しくするのです?』
『僕はね、万物を等しく愛でる中国神獣の白澤。君のような悲しみに伏せる生を救うこともまた、僕の務め。』
『神獣、さま・・・』
これで分かった。
彼は、私がどれだけ手を伸ばしても届くことのない尊い存在。
この想いが彼に伝わることは、なくなった。
でも、それでいいのだ。
彼は私の側に居てくれると言ってくれた。
それだけで十分だ。
これ以上を望んではいけない。
彼を慕うこの想いは、私の心の中だけに留めておこう。
私の初めての恋。
切ないのに、どこか満たされている。
そんなのも悪くない。
この想いを抱いてもう四千年が経とうとしている。
「ごめんください、お薬できていますか?」
「いらっしゃい、さっき全部出来た所。全く、これだけの量を七日で作れなんて・・・」
「仕方ないでしょう?流行り病のせいで人手が足りていないんです。」
私は現在、閻魔大王の補佐官として地獄で働いている。
そして、小言を言いながら薬を袋に詰めている白衣を纏ったこの男。
四千年前に出会った白澤だ。
彼は桃源郷で薬屋を営み、生計を立てている。
「お前、ちゃんと寝てるのか?前より隈が濃くなってるぞ。」
「先に申したように人で不足なのです。休んでなどいられますか。」
「全く、お前が倒れたら元も子もないだろ?少しは自分を労れよ。」
こんな調子でお互いに、態度や口ぶりは変わった。
でも、私の中に眠る彼への想いは変わっていない。
こうして、私のことを心配してくれるのが堪らなく嬉しい。
おまけと言いながら、滋養強壮剤を袋に放り込む彼の姿を見つめる。
こんな何気ないやり取りが、とても幸せなものに感じるのだ。
「あ、そういえばさ〜」
「何です?」
「お前、結婚とかしないの?」
「・・・は?」
あまりにも突然のことに唖然とする。
「お前もいい大人だろ?そろそろ所帯を持ってもいいんじゃないか?」
「・・・・・・、」
何故、そのようなことを聞くのだろうか。
所帯・・・?
今も昔も、私の瞳は貴方しか映っていないのに・・・
けれど、私の心の内を知らない彼がそう言うのは仕方の無いこと。
私のことを心配して言ってくれているのであろう。
「結婚などする気はありません・・・私は・・・、」
「何?」
「・・・いえ、何も・・・」
長年秘めてきた想いが、つい口を突いて出そうになってしまう。
けれど、いけない。
「なあ、僕とお前ってもう随分長い付き合いだよな?それで・・・、お前に伝えたいことがあって・・・」
珍しく口篭もる彼にどこか違和感を覚える。
彼らしくないというか・・・
「伝えたいこと・・・?何ですか?」
彼の口から何が語られるのか、興味があったが怖くもあった。
「さっきの結婚の話は、この話を切り出すための口実に過ぎない。・・・今から僕が言うことが不快だったら、殴ってでも止めてくれ。」
「何を・・・、」
言っているのだろうか・・・?
一体、彼は何を考えているのか。
何とも言えない難しい表情を浮かべる彼を見つめる。
「こんな感情を持ったことがないから、上手く言えないけど・・・僕の後を一生懸命ついて来る小さいお前のことを弟みたいに思っていた。でも・・・、」
「・・・?」
「お前と一緒に居るうちに・・・気付いたら、お前のことが気になって仕方なくなっていた。独りで可哀相だとか、危なっかしいとか、そういう意味じゃなくて・・・」
「あ、あの・・・白澤さん・・・」
「好きなんだ・・・お前の何もかもを僕のものにしてしまいたい・・・お前からしたら迷惑極まりないと思うけど。
でも、どうしても伝えたかったんだ・・・もう、隠すことなんて出来ない・・・」
「!」
突然の告白に頭の中が真っ白になる。
とにかく、何か言わなくては・・・
「・・・・・・私が、何も感じていないとでもお思いですか?・・・貴方は正直に話してくださいました・・・ですから、私もお話します。」
机に置かれた白澤の手をそっと握る。
「幼い頃より・・・ずっとお慕いしておりました。」
「え?!」
ひどく驚いた様子の白澤。
「貴方は行き場を失くした私を助けてくれた恩人です。・・・そんな貴方はいつの間にか、私の唯一の想い人になっていました。」
「・・・それじゃあ・・・!」
嬉しそうに目を細める彼に、胸が締め付けられる。
「ですが・・・だめなのです・・・」
握っていた彼の手を離す。
「貴方と私は、これ以上近付いてはなりません・・・」
「何で・・・どうしてだよ?」
「・・・それは貴方が一番お分かりの筈です。貴方は万物を等しく愛でる神です。そんな貴方が・・・個を愛することなど、あってはならないのでは?」
「それは・・・、」
否定できない事実を指され、言葉に詰まる白澤。
彼を諭すように、言葉を続ける。
「私は、貴方が全うすべき業の害になりたくない。ですから、こうして今まで隠してきたのです。」
「そんなこと・・・僕は、僕は・・・!」
座っていた椅子を蹴倒し、私の肩に縋り付く。
まるで、赦しを乞う子どものように。
「お前しか要らない!僕は・・・お前しか愛せない・・・」
「何を言っているのですか・・・!お止め下さい・・・この世の全ての愛と智を司る神ではありませんか・・・!!」
己の使命を見失いかけている彼を叩き起こすように声を荒げる。
しかし、間髪入れずに信じられない言葉が返ってくる。
「神の格なんてどうでもいい!どうして分からないんだよ・・・!お前が側に居てくれれば、それだけでいいんだ・・・」
「・・・白澤、さん・・・」
「お前は・・・?お前はこれでいいの?ずっと自分の気持ちを殺しながら生きていくつもり?」
「っ・・・」
昔からよく知った掌が私の頬を辿る。
私だって、叶うことなら彼と永遠に連れ添いたい。
でも、私と彼の間に立ちはだかる高すぎる壁に成す術がない。
何も言えずにいると、痺れを切らした白澤に抱き締められた。
「お願い・・・!お願いだから、僕から離れて行かないで・・・!この世で一番情けない神だって言われても構わない・・・神の威厳なんかよりもお前が大事なんだ!」
そのまま、私の首にしがみ付いて泣きじゃくる。
嗚呼・・・本当に情けない神様だ。
私なんかの為に、こんなに泣いて。
昔は泣いてばかりの私を優しく諭してくれた貴方が、こんなに・・・
彼に近づきすぎてはいけない、昔からそうやって自分を戒めてきた。
けれど・・・、もう無理そうだ。
「はくたくさん・・・」
肩を震わせて泣く白澤の顔を上げさせ、額に刻み込まれた赤い模様に唇でそっと触れる。
「ほ・・・、ずき?」
「もう泣くのはお止めなさい・・・分かりましたから・・・」
涙を湛える目元に、涙で濡れた頬に敬愛の意を込めて口付ていく。
「貴方と出会ったあの日から・・・この身も心も、全て貴方のものです。」
「!」
この人が私を想う気持ちは本物だ。
己が持つ、神の格を捨ててまで・・・
だったら、私もそれに応えなければ。
彼の腰に腕を回し、その肩口に顔を埋める。
「鬼灯・・・」
「全く、やっと泣き止みましたか。」
漸く泣き止んだ白澤の髪を梳いてやる。
「白澤さん・・・貴方のお気持ち、よく分かりました。」
彼を受け入れて、その腕の中に納まること。
それは全ての神を、掟を欺くことになるだろう。
だが、それでも構わない。
昔のように、この人と一緒に居られるなら・・・何だって耐えてみせる。
貴方が神の格を手放した暁には・・・この私もまた、鬼神の格を捨て去ります。
「先程は怒鳴ってすみませんでした。もう、あのようなことは言いません。
ですから、昔のように私を貴方のお側に置いてください。」
「・・・!もちろんだよ・・・えへへ、ありがとう。」
全く、先程までの泣き顔は何処へやら・・・
今は幼い子どものように無邪気に笑っている。
そんな彼の姿に、自然と口元が緩んでいく。
私よりも遥かに大人で、でも時折子どものような仕草を見せる・・・私だけが知っている、情けない神様。
どうか、いつまでもそのままで・・・・・・
終
続き物の更新をサボって読み切りの執筆に走る奇行をお許しください←
なんか、白澤さんを無性に泣かせてみたくなったので、つい・・・