【短編】現代(白澤×鬼灯)

□花が散る世界
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ある朝、

いつものように朝日が昇り切る前に起き、本棚から書をいくつか引っ張り出して机に並べる。

「今日はどれにしようかな・・・」

世の政、倭国の史、漢の薬剤・・・

白澤が持つ書はどれも興味深いものばかりだ。

特に、最近は政に関心を持つようになった。

この世がどんな仕組みで成り立っているのか、この地とは正反対の方向に在る地獄とは、どんな所なのか。

白澤に聞けば教えてくれるだろうか?

彼と暮らし始めてから、己が如何に無知かを思い知った。

勉学というものなど、生涯無縁のものだと思っていたから。

分厚い書をめくっていく。

私がこんなに膨大な知識を得られたのは、言うまでも無く知識の神である白澤のお陰だ。

自分でも怖くなるくらいの勢いで様々な知識が脳に刻み込まれていくのだ。

それ故、今まで読んだ書の内容は全て理解している。

もっと、もっと勉強して白澤のように聡明な存在になりたい・・・

そんなことを考えていると、玄関の戸が控えめに叩かれた。

「こんなに早くに・・・どなたでしょう?」

時刻が時刻であり、少し警戒してしまう。

この家に来客など無いに等しいから余計に怪しく思えてしまうのだ。

「あぁ、きっとあの方の遣いだ。僕についておいで。」

白澤はというと来客に驚いた様子も無く、朝餉の支度を中断して玄関へと向かう。

まるで、今日誰かが訪ねてくるのを知っていたかのようだ。

そんな白澤を不思議に思いながら、彼の背を追う。

あの方、とは誰のことだろう?

戸を開けた先には、黒を基調とした制服を纏った男が二人立っていた。

この人たち・・・私と同じ、鬼だ。

「白澤様、朝から申し訳ありません。閻魔大王様の命により参上いたしました。」

「ああ、突然文が届いたから驚いたよ。」

閻魔大王って地獄を統べられている、あの・・・?

「白澤様、その子が例の・・・?」

「ああ、この子が鬼灯だよ。」

「え・・・?」

「この人たちは地獄からの使者で、お前を地獄の官吏にって、推薦しに来たんだよ。」

私を、地獄の官吏に?

どうして?

「鬼灯殿のお話は、地獄にも届いております。今や閻魔大王はじめ十王たちの間では、貴方の話で持ち切りです。」

「貴方様のその類い稀な賢さは、これからの地獄には必要不可欠なものとなるでしょう。ですから、こうしてお話をお持ちしたのです。」

「・・・?」

「僕が前に閻魔大王にお会いしたときにお前のことを話したんだ。どうやら、お気に召したようだね。」

なかなか状況を呑み込めない私に耳打ちする。

「一度、お考え頂けますか?」

「うん、分かった。けれど一月だけ待って欲しいんだ。この子の意思をちゃんと確認したいしね。」

「畏まりました。では、ご決断できましたら文をお送りください。」

「分かった。」

「では、失礼します。」

二人の鬼は礼をした後、静かに去って行った。

私はと言うと、話が急すぎてまだよく分からずにいた。

「あの、白澤様・・・」

「ごめん、驚いたよね。詳しく話すから、部屋に戻ろう?」

申し訳なさそうな表情を浮かべた白澤は、私の背を押して部屋へと促した。










































「・・・・・・・・・。」

「・・・・・・・・・。」

目の前に置かれた湯呑から立ち上る湯気を眺めていると、白澤が口を開いた。

「お前が学処へ出掛けて居なかった時に、ここへ閻魔大王がいらしたんだ。子どもの服や道具が目に留まってたようだったから、お前のことを話したんだ。」

「そうでしたか。」

「うん、それでお前のことを大層気に入ったみたいで。近い内に頼み事をするかもって仰っていたけど・・・このことだったのか。」

「あの・・・、白澤様。」

白澤は前に送られてきたという文を眺めながら、納得したように頷いている。

そこへ、控えめに声を掛けてみる。

「ん、何?」

「閻魔大王様は、私に地獄で働く機会をくださったということでしょうか・・・?」

「うん、そういうことになるね。」

「・・・・・・。」

「これは僕が口出し出来ない、お前自身のことだ。お前が自分で考えて、自分で決めなさい。」

地獄の官吏として働くこと。

それは、とても光栄なことだ。

でも、地獄に身を置けば白澤と簡単には会えなくなってしまう。

誰よりも大切な白澤とずっと側に居たいと思う気持ちは大きいが・・・、

「・・・私は、白澤様から頂いた智に対する探究心を更に養い、活かしたいです。ですから、そのお話・・・受けさせてください。」

「分かったよ・・・よく決心できたね。それじゃあ早速、閻魔庁へ文を出そうか。あと、天帝にも報告しておかないとね。」

「はい。」

今まで側に居てくれた白澤と離れて暮らすことに少しだけ抵抗を感じるが・・・この人は私を助け、ここまで育ててくれた。

今は、その恩を報いたいのだ。

離れていたって、私が彼を慕う気持ちは変わらない。

「白澤様、墨と筆をお貸しいただけますか?」

その後すぐに閻魔庁宛ての文を出し、その返事を待った。




























あれから一月経ち、閻魔庁から了承の返事が届いた。

天帝には、危険を招きかねないと咎められたが、白澤と説得した末、何とか許しを貰うことが出来た。

そして今日は地獄へ赴く日だ。

私はというと、白澤に手伝ってもらいながら荷造りをしていた。

「ま、こんなもんでいいだろ。物に困ったらいつでも連絡して。」

「はい、ありがとうございます。」

随分膨れてしまった風呂敷を見て、一息吐く。

「迎えが来るまでまだ少し時間があるね。庭に出ようか。」

「ええ、そうしましょう。発つ前に、ここの桜を見ていきたいです。」

きっと、地獄ではあのような美しい花は見られないだろうから。

庭先から聞こえてくる葉が擦れ合う涼しげな音に誘われるように外へ出た。

「わ・・・」

今日は風が少し強めに吹いており、桜の花びらが雨のように降り注いでいる。

泣いていた私を白澤が宥めてくれた日を思い出す。

その花びら越しに私を振り返る白澤。

「鬼灯・・・勤務が落ち着いたら、ここに遊びにおいでよ。僕も、必ず会いに行くから・・・」

「はい、承知しました。」

「・・・、愛してるよ。どれだけ離れても、それは変わらないから・・・だから・・・」

「はい、白澤様。私も貴方をお慕いする気持ちは決して変わりません。」

懐に仕舞ってあった天帝から与えられた花飾りを取り出し、それに口付ける。

あらゆる災いから彼を、これからも変わらず護ってくれるようにと。

「・・・また来ます。この美しくて儚い景色を見に・・・何より、貴方に会いに・・・」

風に舞う淡い桃色の花弁に目を細める。

「うん、待ってる。」

花飾りを持つ手を取られ、この上無く優しく口付られる。

そんな彼が愛おしくて、私の頬も緩んでいく。

「鬼灯殿、こちらにおいででしたか。閻魔殿より、お迎えに参りました。」

「!」

声がした方を振り返ると、大きな荷車を引いた遣いが二人立っていた。

「ご苦労様、鬼灯をしっかり頼んだよ。」

「はい、白澤様。お任せください。」

「鬼灯、時間だ・・・閻魔大王様の元でしっかり命を果たすんだよ。さあ、お行き・・・」

「はい、白澤様・・・仰るとおりに致します。」

もう一度、白澤の澄んだ美しい瞳を見つめる。

白澤様・・・、

どうか見ていてくださいね・・・

私、貴方の側で堂々と顔を上げていられる尊い鬼になって見せます。

一回りも二回りも成長した姿を貴方に見せられるように頑張りますから・・・

行ってまいります、白澤様。

深々と頭を下げた後、私の方から手を離した。













お疲れ様です(*^_^*)
もう少し続きますので、お付き合い頂ける方はよろしくお願いします♪
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