【短編】現代(白澤×鬼灯)
□花が散る世界
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私はもともと人間だった。
物心付いた頃にはもう両親の姿は無く、孤児として育った。
召使いとして、大人たちの為に働いてきた。
それなのに、何の前触れもなく突き付けられた・・・死。
どんなに理不尽だと思っても、最後には皆に蔑まれながら消えていくのが当たり前だと思っていた。
でも、
そんな奈落の淵から白澤に助けられたのだ。
それから二千年、そして彼と結ばれて千年経とうとしている。
死んでからもう三千年も経つのか。
良く晴れた空を窓越しに見上げる。
私は現在、桃源郷にある漢方薬局兼自宅で暮らしている。
彼からの告白を受けてから、幸せに満ち溢れた生を送っていた。
白澤は私に毎日飽きるほど愛の言葉をくれる。
私が人間だった頃に受けた傷を癒すように。
本当に、幸せだ。
何も不満は無い。
無い筈だが・・・
千年前の天帝の言葉が蘇る。
『神とは無縁な者が、神との接触で神気を纏うなど、嘗て前例の無いもの。そなた達をよく思わない輩も居るだろう。』
私はこの上なく幸せだが、彼はどうだろうか?
窓枠に並べてある加護のまじないを受けた二つの花飾りを見つめる。
いくら覚悟の上であっても彼がした選択は、とても危険で恐ろしいことのような気がしてならない。
私に想いを告げてくれたということは、こんな私のことを好いてくれていること。
それはこの上なく嬉しいこと。
しかし、自身を危険に晒してまで私を手元に置く必要があったのだろうか?
本当に・・・これで、良かったのだろうか・・・?
もし、彼をよく思わない者が居たら・・・?
もし、彼が傷付けられたら・・・?
もし、彼が神の格を剥奪されてしまったら・・・?
そんな・・・そんなの・・・、耐えられない。
「ぅ・・・っ・・・」
駄目だ・・・
堪えきれない涙が頬を濡らしていく。
一体いつからこんなにも泣くようになってしまったのか。
幼かった頃にはまだ朧げだった彼を心から案ずる気持ち。
私を想ってくれる彼が愛おしくもあるが心苦しくもある。
どうして、こんなに・・・・・・
窓枠に突っ伏して肩を震わせる。
「ほ、鬼灯?!」
私の変化に直ぐに気が付いた白澤は、読んでいた書を放り出して私の元に駆け寄ってきた。
私に敵意が向くのは一向に構わない。
だけど、彼が悪く言われるのは嫌だ。
彼は、尊い神だ。
決して他の者から蔑まれたり、傷を負ったりしてはいけないのだ。
「鬼灯・・・、泣いてちゃ分からないよ?」
心配の色を浮かべる瞳と視線が交わる。
綺麗な指先が涙が通った跡を辿る。
そんな優しさにまた新しい涙が零れていく。
「白澤さ・・・」
「外で少し話そうか・・・おいで。」
彼に肩を優しく抱かれて、甘い春風が吹く庭へ出た。
「・・・・・・・。」
桜の木の根元に膝を抱えて座り込む。
私の背を優しくさする温かい手。
小さい頃からずっとそう。
この人は私が泣いてはこうして庭へ連れ出して、落ち着くまで背をさすってくれる。
白澤は何も聞かない。
私が口を開くまで待っているのだ。
「白澤、さま・・・」
「ん、落ち着いた?」
「ええ、すみません・・・」
「いいんだよ。」
風が葉を揺らす音と、小鳥の囀りが鼓膜を控えめに揺らす。
漸く落ち着きを取り戻し、大きく息を吐く。
「あの・・・、本当に後悔していないのですか・・・?私と・・・」
何となく気まずくて、なかなか視線を合わせられない。
「恋仲になったこと?」
「・・・・・・、」
「まだ自分に自信が持てない?」
「!」
勢いよく顔を上げると、澄んだ黒の瞳と視線が交わる。
「天帝も言ってただろ?お前は他の誰よりも神に近い優れた鬼になるだろうって。そんなお前に手を出そうとする奴なんて居ないよ。」
違う。
そうじゃない。
「私は自分ではなく貴方の身を案じているのです。私などに神の格を与えたりして・・・
きっと他の者が黙っていません。どうして、そのようなことを・・・」
「僕がそうしたかったから。全部覚悟の上でお前に近付いたんだ。ずっと前から好きだったって言っただろ?
お前が人間として生きていた頃から・・・ずっと。お前を近くに置けるなら、どんな屈辱も痛みも我慢出来るさ。」
「白澤さま・・・、」
「そんなに不安?」
首が勝手に縦に動いてしまう。
側に置いてくれるのは本当に嬉しい。
私もそれを願っていたのだから。
でも・・・、
「大丈夫、お前が恐れていることは何一つ起こりはしない。現にこの千年の間、何も無かっただろう?」
「そうですが・・・」
「・・・僕と居ることを嬉しいと思ってくれてるなら、もうそんな心配しないで。素直に僕を受け入れてよ・・・」
そのまま抱き締められた。
大好きな香の香りが鼻を擽る。
「ねえ、お願いだよ・・・鬼灯・・・」
この人は、きっと心の底から私を想ってくれている。
自分の身を格を危険に晒してまで。
・・・だったら、このまま甘えてしまえばいい。
この、どうしようもなく優しくて愛おしい神様を信じて。
是の返事をする代わりに、両腕をその背に回した。
ふと、風が木立を揺らす音が耳に入った。
空を見上げると、小さな花弁が甘い香りと共に舞っている。
「あ・・・」
目を奪われる光景だが、それは花たちの命の終わりが近づいていることを意味していた。
「・・・こんなに綺麗に咲いているのに散ってしまうなんて、悲しいですね。」
切なさを紛らわすように、背に回した腕に少しだけ力を込める。
「鬼灯・・・、」
「貴方のおかげで花の美しさを知ることが出来たのに・・・」
幼い頃は、花は綺麗なものとしか思っていなかった。
でも、最近知ったのだ。
悲しくて、胸が締め付けられる感じを。
花は美しく咲く時期を過ぎると、終わりに向かって散ってしまう・・・儚いものなのだと。
些か驚いた様子の白澤だったが、直ぐにその目を細める。
「うん、でもね・・・」
身体を離して、花吹雪を散らす桜の木を見上げ、白澤は口を開いた。
「どんなに綺麗に咲く花も、いずれ散ってしまうんだ。」
花弁の雨に向かって手を伸ばす白澤。
「花は散るから美しい・・・、そうは思わない?」
綺麗な花吹雪を背にして振り返った貴方は、花に負けない程美しかった。
「そう・・・、かもしれませんね。」
美しく華やかに咲いて、儚く散るという定めを持つ花たち。
・・・そんな切ない美しさも良いのかもしれない。
「風が冷たくなってきたね。部屋に戻ろうか。」
「はい、白澤様。」
この日から数年後、地獄から閻魔大王の遣いが訪ねて来るのだった。