【短編】現代(白澤×鬼灯)
□花護のまじない
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「よく来たな、待ちわびたぞ。」
低い声が静かな部屋に木霊する。
目の前に居る人は金の刺繍が帯や袖に惜しげもなくあしらわれた美しい着物を纏い、黄金の扇を携えている。
その方から醸し出される荘厳な空気。
一目で高位な人だと分かった。
椅子から立ち上がり、出迎えてくれたこの人こそ天帝。
「お待たせしてしまい、申し訳ございません。」
「いいや、待ってなどおらん。いい加減にその堅苦しい態度を止めたらどうだ?」
「そのような訳にはまいりません。どうか、ご容赦ください。」
天帝に対して、最大の敬意を払う白澤。
白澤だって、相当地位の高い神だというのに。
彼から聞いていた「すべての神の頂に立つ方」という理由が分かった。
「・・・・・・、」
すっかり思考が止まってしまい、どうすれば良いのか分からない。
挨拶、しなきゃ・・・
「そこの幼子よ、名を申してみよ。」
切れ長の瞳と視線がかち合った。
射抜かれてしまいそうな程に鋭い眼光。
「ぁ・・・あ、の・・・」
緊張のあまり言葉を詰まらせていると、大きな手に背を優しく叩かれる。
「ゆっくりでいいよ。自分でご挨拶してごらん?」
「お、お初にお目にかかります・・・わたくし、鬼灯と申します・・・」
何とか自己紹介して、頭を下げる。
「ほう、そなたは鬼か。・・・まだ生まれて間もないな。」
「は、ぃ・・・」
一介の、しかも人間の血が入った出来損ないの鬼が天界で最高位だと崇められる人と対等に話していい訳がない。
恐れ多くて目も合わせられない。
「子どもの鬼など何千年ぶりに見たことか・・・もっと近くに来なさい。」
手招きで呼ばれ、心臓が跳ね上がる。
「ぇ・・・あの・・・」
「どうした、私が怖いのか?」
「いいえ、そのような・・・!」
「ならば、こちらへおいで。」
再度呼ばれ、思わず白澤の顔を見上げる。
「大丈夫だから、お行き。」
白澤に背を押され、天帝のすぐ近くまで歩を進める。
「ようやっと来たな。取って食おうなんぞせんから安心せい。」
頭を少し乱雑に撫でられた。
「それにしても、白澤の幼き姿によく似ておる。一目見たときはそなたの子かと思ったぞ。」
白澤と私を交互に見て、高らかに笑う天帝。
「天帝、お戯れを・・・」
白澤も困ったように笑っている。
「さて、冗談はここまでにして・・・今日訪ねて来たのは挨拶だけではあるまい?」
「ええ、もう一つ大事なお話があります。この鬼灯のことです。」
私のこと・・・?
何の話だろう?
「やはりな。私は一目で分かったぞ・・・この子はそこらの鬼と纏っている気が違う。詳しく話すがよい。」
「畏まりました、では・・・」
白澤は、私の生い立ちから今に至るまでを余すことなく天帝に話した。
孤児として育ち、己より下等な者は居ない・・・己が生ある者の中で最も卑しい、そう教えられたこと。
そして、大人たちの勝手な理由で死に追いやられたこと。
降りかかる死への無念と恐怖に支配されそうな身を掬い取ってくれたのが、目の前の白澤であること。
その白澤が、人間に対する憎しみの故に鬼として生まれ変わった私といつまでも一緒に居ると誓ってくれたこと。
「このようなことがあり、現在に至る訳でございます。」
白澤の話を聞き終えた天帝は大きく頷いた。
「白澤の話を聞いて漸く分かったぞ。そなたは、己のような者が私たちと分け隔てなく向き合ってはならん・・・
そう思ってさっきから目を合わせようとせんのだな?」
「・・・・・・申し訳、ありません。」
「よい、気にするな。そなたが纏う違う気とはこのことだと思っておったが、それだけではないらしい。
・・・・・・これは、神気か?まだまだ未成熟だが・・・」
「しんき・・・?」
「・・・そうだ、そなたからは鬼の気だけでなく、ほんの僅かだが神の気も感じるのだ。
そうか・・・この白澤と触れておったが故のものか。」
「・・・?」
「よく聞け鬼灯よ。そなたは生あるうちから神と接触しておる。私が思うに・・・そなたは将来、神にもっとも近い鬼となるだろう。」
「え・・・?」
神に最も近い鬼・・・、私が・・・?
そんな筈無い・・・私は、私は・・・
天帝は混乱する私を余所に、白澤へ目を向ける。
「神の格を持ちながらその子に情愛を込めて近付いた・・・それが何を意するか、分かっておるな?」
「もちろんです、全て覚悟しております。この子は・・・私が全力で守ります。」
「・・・・・・己の身を危険に晒してでもか?」
「・・・鬼灯が人間だった頃に受けた苦しみに比べれば、痛くも痒くもないでしょう。」
天帝も白澤も、一体何の話をしているのか?
白澤が、私と一緒に居たいと言ったのは・・・
ただ行く宛ての無い私を思ってくれたからではないのか・・・?
身を危険に晒すって・・・、どういう意味?
分からない。
全然分からない。
「・・・どういうことですか?」
なかなか頭を整理出来ないでいる私の頭に天帝の堅い掌が置かれる。
「ふむ、鬼灯には少し難しいか。よいか・・・元より、神になれるのは神だけ。だが、そなたは違う。
神とは無縁な者が、神との接触で神気を纏う・・・そのようなことは嘗て前例の無いものだ。
そして、前例の無いものには危険が付き纏う。そなた達をよく思わない輩も居るだろう。」
「・・・・・・・・・。」
何だか、とんでもないことをしてしまったような気がする。
私が・・・、何だって?
私は・・・村の民に対する怨念で鬼になった。
それだけじゃないの・・・?
「そなたらが持つその花飾りを見せてみよ。」
顔を見合わせながら白澤は巾着の留め具を、私は帯飾りを外して、天帝に差し出す。
「これ、ですか?」
「そうだ、これはそなたら二人でこさえたものだろう?ならば丁度よい。」
天帝が二つの花飾りを前に目を閉じ、何かを呟いている。
「守りのまじないを掛けておいた。どれほど効くかは分からぬが、私にはこれくらいしかしてやれぬ。
そなたの気持ちを否定はせぬが、くれぐれも慎重にな。」
「お手を煩わせ、申し訳ありません・・・。」
「気にするな。兎にも角にも、そなたらの平安を心から願おう。」
こうして、私たちは宮殿を出た。
帰り道、白澤は何も喋らなかった。
下手に話し掛けない方が良いと思い、大人しく背中にしがみ付いていた。
家の庭に下り立った途端、人の姿に戻った白澤に抱き締められた。
「・・・!は、白澤様?」
「黙っていてごめんね。」
さっき、天帝と話していたことを言っているのだろう。
「いいえ、少し驚きましたが・・・」
少しの間を置いて、白澤が私の耳元で囁く。
「嫌だったら、このまま僕を突き放して。」
「・・・!・・・・・・それはこちらの台詞です。天帝も仰っていたでしょう・・・?
私と居ては貴方のその身が危険に晒されてしまう。そんなの・・・耐えられません。」
私を抱く腕にそっと手を掛ける。
「まだ遅くはありません。・・・別々に生きましょう・・・。」
本心とは裏返しな言葉。
本当は、ずっと一緒に居たい。
でも、彼は神様。
やはり、私のような一介の鬼が容易に近付いていい相手ではないのだ。
微動だにしない白澤。
「白澤さ・・・」
「やだ、僕からは離れないよ。これから起こりうることも、全部受け止める覚悟はもうとっくに出来てる。」
どこまでも優しい神様に目元が熱くなってくる。
「・・・貴方が一緒に居ようって言ってくれたのは、私が子どもだから・・・独りで哀れだったからでしょう・・・?」
「違う!」
すぐさま帰ってきた鋭い返事。
「・・・違うよ。君が孤独で哀れだとか、そんな理由で言ったんじゃない。」
身体を離して視線を合わせる。
力強い光が宿った瞳が私の姿を映す。
「え?」
「好きなんだ、ずっとずっと前から。」
整った唇から紡がれた言葉に目を見開く。
「う、そ・・・」
「僕は嘘は吐かない。君のことが本気で好きだから、あそこまで言い切れたんだ。天帝の言葉もちっとも怖くなかった。」
予想外すぎる白澤の告白に驚いたが、それ以上に嬉しさと安堵の気持ちが込み上がってきて、自然と唇が動き出す。
「・・・貴方と私は格が違いすぎるから、離れたくないけど離れなきゃって・・・思っていました。
でも、やっぱり無理みたいです・・・私も貴方と同じ気持ちですから。白澤様、ずっと前からお慕いしておりました・・・」
私がまだ生きていた頃から・・・
花に囲まれて美しく笑う貴方に惹かれていた。
嬉しさと恥ずかしさに任せて、思っていることを言い切り、目の前の人に抱き着く。
「・・・同じ気持ちで安心したよ。前も言ったけど・・・神だからとか、鬼だからとか、そんなものに囚われなくていいんだよ。」
優しく抱き返してくれた腕が嬉しかった。
「白澤様。」
「ん?」
「私・・・、たくさん勉強して、いつか自信を持って貴方の隣に並べるように、強く賢い鬼になります。」
「うん。・・・鬼灯、君だけを愛するってこの空に誓うよ。だから、信じて着いて来て。」
今度こそ、この人と結ばれたのだと思った。
上辺だけじゃなくて・・・、
手に持つまじないの掛かった花飾りを見つめる。
『そなたは将来、神に最も近い鬼となるだろう。』
『神とは無縁な者が、神との接触で神気を纏う・・・そのようなことは嘗て前例の無いものだ。』
『そして、前例の無いものには危険が付き纏う。そなた達をよく思わない輩も居るだろう。』
天帝の言葉はとても恐ろしく思えた。
この先、想像もつかない程に恐ろしいことが待っているのかもしれない。
でも・・・、大丈夫。
いつまでも愛してくれると約束してくれた唯一の人。
この人と一緒なら、
遂にお子様に手を出した白澤さん。
犯罪ですよ〜
今までは親子(笑)に留まっていましたが、遂に・・・笑
復帰作がこんなぐだぐだでごめんなさい(+o+)