【短編】現代(白澤×鬼灯)
□花護のまじない
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あの日から、数年が経った。
今は常春の桃源郷にある白澤の家で一緒に暮らしている。
一緒に生活していくうちに、彼の一日の行動が分かってきた。
彼は桃源郷で唯一の漢方薬局を経営しており、毎日朝から晩まで働いている。
午前中は営業、昼からは配達分の調剤、夕方は配達・・・と、休む暇すら無い。
さらに宮殿から伝えられる案件もこなしているというから驚きだ。
私は、そんな彼が少しでも楽できるように雑務をさせてもらっている。
「白澤様、何か手伝えることありますか?」
「ありがとう、じゃあ今日も花壇の手入れをお願いできるかな?」
「もちろんです。」
土間にある手入れ道具を持って庭へ出る。
家の庭には春らしい色の花たちが常に咲き誇っていて、とても美しい。
もともと、花には全く興味が無かったが、毎日眺めているうちにその可憐さと慎ましさに惹かれるようになった。
白澤からは、「美しさを保つには手入れが欠かせない」と教えられている。
だから、その美しさを欠かないよう一輪一輪、丁寧に観察していく。
数が多すぎると思ったら、所々間引いていく。
間引いた花は押し花にして、白澤に贈ろう。
この鮮やかさなら、きっと布も綺麗に染まるだろう。
そんなことを考えながら、夢中になって花壇に向かった。
「鬼灯?」
「!」
突然名前を呼ばれ、はっとして振り返る。
「なかなか戻って来ないから気分が悪いのかと思ったよ。」
そこには不思議そうな表情を浮かべた白澤が立っていた。
「すみません、花があまりに綺麗だったので・・・」
「あぁ、本当だ。今日は特に綺麗だね。鬼灯が毎日お世話してくれてるからだね。」
可愛らしく風に揺れる花に、白澤も目を細める。
貴方もこの花たちに引けを取らないくらい美しいのに、
そう口にするのは恥ずかしいので、心の中だけに留めておく。
「さ、部屋へ戻ろう。昼餉が冷めちゃうよ。」
「はい、」
数輪の花を片手に、差し出された彼の手を握った。
昼餉を済ませて、白澤が茶を淹れるのを眺めていると、
「鬼灯、明日は早起きだよ。」
「・・・?どこかへお出掛けですか?」
「うん、宮殿にね。」
「宮殿、ですか・・・?」
この桃源郷より更に天へ上った所に宮殿があると白澤から聞かされていたが、行くのは初めてだ。
「鬼灯を天帝に紹介しなきゃね。」
「・・・私などがお会いして良い方なのですか?」
「もちろん、むしろ天帝は鬼灯に興味がおありなんだって。」
天帝はこの天界を統べる方。
全ての神の頂に立ち、政を取り仕切っている。
「それに、報告しなきゃいけないこともあるんだ。」
「・・・?」
受け持っている案件が上手くいっていないのだろうか?
核心に迫ってはいけないような気がして、その時は何も聞けなかった。
明くる朝、いつもより早起きをして眠い目をこすりながら身支度をする。
「鬼灯〜支度出来た?」
玄関の方から白澤の声がする。
「はい、ただいま。」
最後に姿見で帯の位置を確認してから急いで玄関へ向かった。
「お待たせしました。・・・あ、それ・・・」
「折角、鬼灯から貰ったものだからね。飾っておくだけじゃ勿体無いと思ってね。」
それ、とは前に私がこの人に向けて贈った花冠。
その花冠を日常でも使いやすいように作り変えたのだ。
今は、淡い翡翠色に染められた巾着の結び口の飾りとして使われていた。
「嬉しいです・・・その・・・、よくお似合いです。」
「ありがとう。その帯飾りもよく似合ってるね、可愛いよ。」
白澤から贈られた花冠は、小ぶりな帯飾りに姿を変えていた。
「本当ですか?」
「うん、本当だよ。さぁ、そろそろ行こうか。」
獣の姿に戻った白澤は、私をその背に乗せた。
「しっかりしがみ付いてるんだよ?」
「はい。」
私の返事を聞いた後、地を蹴って空へ舞いあがる。
どんどん高度を増し、あっという間に雲の上へ。
「鬼灯、怖くないかい?」
「大丈夫です。私、雲をこんなに近くで見るのは初めてで、すごく・・・不思議な感覚です。」
「そっか。宮殿まで半時は掛かるから、存分に見てるといいよ。あ、でも風には気を付けてね。」
「はい。」
いつもははるか遠くに浮かんでいる雲が今は手を伸ばせば届きそうなくらい近くにある。
こんな経験は初めてで、とても新鮮だ。
風に煽られないように、目の前の白い身体にしがみ付きながら、流れていく青の景色を眺めた。
丁度、半時経った頃、遠くの方に宮殿らしき影が見えてきた。
「鬼灯、あれが宮殿だよ。降りるから落ちないようにね。」
そう言った白澤は地面を目掛けて、一気に高度を落とし、宮殿の大きな門構えの前に降り立った。
「お疲れ様。ふらふらしない?」
「はい、大丈夫です。ありがとうございます。」
「それなら良かった。・・・っしょ、っと。」
私を降ろした後、間髪入れずに獣から人へと姿を変えた。
「ここに来るのも随分久しぶりだな〜」
「大きい・・・、」
今まで見たことないくらい大きくて豪奢な門。
余りの立派さに口を開けていると、白澤の手が差し出された。
「宮殿は広いから迷子にならないように、ね?」
「はい。」
温かくて大好きなその手を握り、門に負けないくらい立派な階段を上がっていく。
「白澤様、お待ちしておりました。随分お早いご到着ですね。」
門の中心に立っていた兵士が白澤の姿を見つけ、声を掛けた。
「うん、天帝は待つのがお嫌いだからね。通っていい?」
「もちろんです、どうぞ。」
重そうな扉をいとも簡単に開け、通り道を作ってくれた。
「ありがとう。」
門を潜った先には長い長い廊下が続いていた。
「白澤、様・・・」
「ん、どうした?」
「あの・・・・・・、」
宮殿に足を踏み入れた時から、何となく空気が重苦しい気がする。
この長い廊下の先で待つ天帝はどんな方なのだろう?
私のような鬼の端くれなどを見て、気分を害されないか心配だ。
怖い。
「大丈夫、鬼灯が考えてることなんて起こらないよ。天帝はお優しい方だから安心していいよ。」
私の心情を悟った白澤は、強張って震えている私の手を優しく握ってくれた。
「きっと鬼灯のことを気に入ってくださる筈だよ。さ、行こう。」
「・・・、はい。」
白澤に手を引かれながら、薄暗い廊下を進んでいく。
彼が大丈夫と言っているから大丈夫。
そう自分に言い聞かせながら歩く。
暫く歩いて、通路が突き当たった。
そこには門よりも更に豪奢な扉が聳えていた。
一呼吸置いた白澤が扉を強めに叩く。
「天帝、白澤でございます。お顔を拝見したく、参上いたしました。」
「入れ。」
短い返事が返ってきた。
その声と共に、扉が勝手に開いた。
「わ・・・」
「大丈夫、行こう。」
白澤に背を押されながら、朱色の絨毯が敷かれた廊下を進む。