【短編】現代(白澤×鬼灯)

□花護のまじない
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『・・・・・・僕とおいで。大丈夫、痛くも苦しくもないよ。少し眠るだけ・・・』

『起きたら、この花冠・・・一緒に完成させようね。』

限りなく優しい神の声音に、誘われるように眠りに落ちた。

その後のことは、よく覚えていない。

「・・・・・・。」

私は死んだのだろうか・・・?

白澤の言う通り、苦しいことは何も無かった。

寧ろ、今までに感じたことの無い心地良さが身を包んでいた。

でも、何かが足りない。

・・・・・・彼に、会いたい。

そう思っていると・・・、

控えめに揺り動かされるのが分かった。

「ん・・・、」

この温かさ・・・

きっとあの人のものだ。

『さぁ、起きる時間だよ・・・。』

長い長い眠りから、漸く目覚めようとしていた。

































重い瞼を恐る恐る開けると、差し込んでくる日の光。

小鳥の囀りが遠くの方で聞こえている。

ここは・・・・・・?

「おはよう、よく眠れたかい?」

鼓膜を揺らす大好きな声。

まだ少しぼやける視界に白澤の姿が映った。

「あ・・・」

ちゃんと、居てくれたんだ・・・

嬉しい・・・

その姿をもっとはっきり見たくて、軋む体を無理やり起こそうとすると、すかさず背を支えられる。

「あぁ、急に起きると危ないよ。」

「ぁ・・・、ごめんなさい。」

ふと、彼と視線が交わる。

どこまでも深く、綺麗に澄んだ黒い瞳に吸い込まれそうになる。

あの日、血のように真っ赤な恐ろしい眼孔を剥いていた額の眼は、今は紅い不思議な模様となって静かに佇んでいた。

その紅にそっと触れる。

「あの・・・私、死んだんですよね?」

「・・・うん、君は鬼として生まれ変わったんだ。」

「おに・・・?」

「そう・・・ほら・・・、」

彼の額に触れていた手を取られて耳へ、そして額へと誘導される。

「・・・あ・・・・・・」

「ね?」

耳の先は尖り、額の中心には小さな角が生えていた。

気付かなかった。

「命が尽きたその瞬間に君の中で鬼火が燃え出したんだ。」

「おにび・・・?」

「そう。鬼火はね、恨みに対して強く反応するんだ。きっと、奴らに対する恨みに引き寄せられたんだろうね。」

”奴ら”・・・

それは、私が暮らしていた村の民だということは直ぐに分かった。

確かに、彼らに対する恨みは少なからずあった。

私のこの身体は、恨みの籠った鬼火によって動かされているのか。

「・・・・・・。」

なんだか、複雑な気分だ。

普通に考えると、鬼とは恨みから生まれた負の存在ということになってしまうだろう。

でも、それでいいと思った。

だって、それ以上に・・・・・・、

「神獣様・・・ずっと、丁が起きるまで待っててくださったのですか・・・?」

「もちろん、起きるまで側に居るって言ったでしょう?」

この人が待っててくれたことが嬉しくて仕方ない。

「はい。神獣様が仰っていた通り・・・また会えてとても嬉しいです。」

「うん、辛かったね。・・・もう大丈夫だからね。」

引き寄せられて、そのまま彼の胸に身を沈める。

久し振りに感じる彼の体温に安心する。

髪を撫でられ、頬をさすられるくすぐったさに身を捩る。

ふと、鼻を擽る甘い香りに気付く。

「わ・・・・・・」

辺りには美しい花が咲き誇っていた。

「きれい・・・、ここは何処なのですか?」

「桃源郷だよ。僕、少し先に行った所でお店やってるんだ。」

桃源郷・・・聞き慣れない言葉だが、こんなに空気が澄んでいるのだから、きっと平和で安心できる場所なのだろう。

白澤も綺麗に咲き揃う花たちを慈しむような眼差しで見つめている。

何だか、とても懐かしい気持ちになる。

「あ・・・」

そうだ、花冠・・・

まだ全部出来ていないんだ。

「神獣様・・・」

「ん?」

「丁の・・・丁の花冠は何処ですか・・・?」

「心配しなくていいよ、ほら。」

白澤は袂に手を差し込み、死ぬ間際までずっと握り締めていた未完成の花冠を出して、私に見せてくれた。

「ありがとうございます。取って置いてくださったのですね。」

「もちろん、起きたら一緒に完成させようって約束したもんね?」

「はい!」

「よし、じゃあ・・・よいしょ・・・っと。」

腰を抱えられて白澤の膝の上に乗せられる。

未完成の花冠を持った私の手の上に大きくて暖かい手が添えられる。

「さ、上手に出来るかな〜?」

この感じ、すごく・・・懐かしい。

死ぬ少し前に、こうして白澤と花冠を作った記憶が蘇ってくる。

そうして膝に座って、彼の温かさを感じながら。

そんな懐かしさに浸りながら、丁度良い大きさの花を探しては編み込んでいく。

「えっと・・・、ここの通して・・・」

「そうそう・・・」

まだ覚えて間もない為、時々手元が狂い形が歪になってしまう。

それでも、白澤は何も言わず、時々手直ししてくれながら優しげな表情で見ていた。

そして、

「出来た・・・!」

所々、花がほつれ真ん丸とは言えないが、何とか花冠になっていた。

「よく頑張ったね。・・・・・・あの時は酷いこと言ってごめんね。」

「いいえ、良いのです。」

彼は私が孤児であることを知らなかったのだから、彼は何も悪くない。

そんなこともう良いのだ。

「綺麗に出来たね。」

「ありがとうございます。・・・上手ではないけど、差し上げます。」

背伸びをして、白澤の頭にそっと乗せた。

「お似合いです・・・とても。」

「謝謝、嬉しいよ。春らしい花冠だね。」

桃色と鶯色と白色の花を使って作った。

「神獣様には春らしい淡い色の花がお似合いだと思って・・・」

「そっか、すごく気に入ったよ。」

「そう言っていただけて、丁も嬉しいです。」

「うん・・・、」

一瞬、白澤の表情が曇った。

どうしたのだろう、と思っているとふいに手を取られた。

「?」

「・・・君の新しい名前、考えようか。」

「名前・・・ですか?私は・・・」

突然の白澤の提案に驚いた。

言葉を続けようとしたが、白澤の人差し指に制された。

「丁、なんて・・・名前じゃないよ。」

「・・・・・・。」

この人は、出会ってから今まで一度も私の名を呼ばない。

私に与えられた『名』の意味を知っているから。

『丁』とは、召使いに対して使われる蔑みを込めた言葉。

そんな言葉が人の名として与えられるなど、あってはならないのだ。

・・・そんなことは知っている。

でも・・・、

「唯一与えられた名だから・・・複雑だけど、嫌ではないんです。」

「そっか、君がそう言うならもう言わないよ。うーん、そうだなぁ・・・」

少しの間、腕を組んだり首を傾げたりと考える仕草をする。

「君の中に宿ってる『鬼火』と君が人間だった頃の『丁』を取って、『鬼灯』・・・っていうのはどう?」

「ほおずき・・・?」

小さく呟いたその言葉は、不思議と胸の中にすとんと落ちた。

まるで、最初からその言葉が収まる場所があるかのように。

「どうかな・・・?」

「不思議です・・・上手く言えませんが、とても落ち着くのです・・・」

何と言うか・・・身体に纏わり付いていた殻が剥がれていく感じ。

真っ白に生まれ変われたような気がした。

「神獣様・・・この名前、気に入りました。」

「本当?良かった・・・君によく似合ってるよ。」

白澤は優しい手つきで鮮やかな橙色をした花を摘むと、そのまま私の髪へと挿した。

「鬼灯っていう植物があってね、こういう綺麗な橙色の実が付くんだよ。」

風に揺れる花をつついては微笑む白澤。

「ね・・・一つお願いがあるんだ。」

「はい、何でしょうか?」

「これから先、僕と一緒に居て欲しい。君のこと、もっと知りたいんだ。」

膝を折って私の目を真っ直ぐ見つめる。

今までの優しい眼差しとは違う、真剣で誠意が込められた眼差しだ。

「あ・・・、あの・・・」

答えなんてもう出ていた。

心から安心して寄り添える唯一の人。

出来ることなら、そんな彼の近くに居たいと思っていた。

救いようもないくらいの孤独に支配された私に救いの手を差し伸べてくれた優しい神様。

「貴方は私を助けてくださった大切な方です。全て、仰せの通りに致します。・・・だけど、」

一つ、心配なことがある。

それは・・・、

「私は、恨みと憎しみに突き動かされている鬼です。貴方のような賢さも華やかさも持っていません。」

そんな私が、貴方の隣に・・・?

「私などがお側に居ては、貴方が・・・」

穢れてしまう・・・・・・

高貴な神と、低俗な鬼が肩を並べるなんて・・・

そんなことをすれば、貴方の品格を落としてしまうに違いない。

だんだん自分に自信が無くなってきて、俯いてしまう。

「僕はそんな風には思わない。鬼灯は鬼灯だもの。お願い、型に嵌った概念に囚われないで・・・君は誰よりも綺麗だよ。この花たちみたいに・・・」

橙の花が挿さった私の髪に優しい手つきで触れられる。

あぁ、そんな風に言われたら・・・もう、

「白澤様・・・私の全てを貴方様に捧げます。ですから・・・」

言い終わる前にきつく抱き締められた。

「うん、大事にするよ・・・ずっと、ずっと。」

花が開いたように笑う彼につられて私も笑った。































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