【短編】現代(白澤×鬼灯)

□月のような貴方。
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「はぁ、頭が痛い・・・」

残業もほどほどに仕事を切り上げてから、ずっと執務室に籠っている。

月末はいつもこうだ。

仕事をいくら片づけても、机の上が綺麗にならない。

書の項を忙しなくめくっては、紙にペンを走らせていると、突然室内に明かりが灯った。

「!」

「鬼灯君、こんな暗い中で読んでると目を悪くするよ。」

声の主は、我が主の閻魔大王のもの。

彼は穏やかな笑みを浮かべて立っていた。

「あぁ、つい夢中になってしまいました。ありがとうございます。」

「あんまり根を詰めなくていいからね。明日に回せるものは明日やりなさい。」

「はい。」

「じゃあ、また明日ね。」

「お疲れ様です。」

大王が部屋を出て行った後、椅子から立ち上がって伸びをする。

随分長い時間同じ姿勢を取っていたので、関節が悲鳴を上げている。

ふと、窓から月の光が差し込んでいることに気付いた。

窓に近づき、空を見上げると満ちた月が闇の中で輝いていた。

「もう、満月の時期ですか・・・」

そう一人ごちながら月を眺めていると、机の隅に置かれた携帯が震えた。

その内容は、先日依頼した薬の完成を告げるものだった。

送り主は、桃源郷に棲む白澤だ。

幼い私を拾ってくれて、側に居てくれた人。

たくさんの知識を与えてくれた。

たくさん触れてくれた。

そんな彼をいつしか、師のように、兄のように慕うようになった。

しかし、私が成人して地獄で住み込みで働き始めてから、彼は住んでいた家を改築して漢方薬局を開いた。

昔のように頻繁に会うことは無くなったが、今でも取引相手として関係は続いている。

あくまで、取引相手として・・・

本当は、昔みたいにずっと一緒に居たい。

本当は、もっともっとたくさんの事を教えてほしい。

そんな思いをひた隠しにして、ひたすら仕事に明け暮れる日々。

どうして、こんなにも彼のことが気になるのだろう・・・?

こんなに会いたくなるのは、何故・・・?

私はまだ、この胸を痛く、甘く締め付ける感覚の正体に気付いていなかった。

「・・・・・・散歩ついでに取りに行くか。」

そう一人ごちて、出掛ける支度を始めるのだった。
















































「ごめんください。」

「あれ、返事がなかったから今日は来ないかと思ってたよ。」

扉を開けてすぐに些か驚いた表情の店主と目が合う。

彼は大きな鍋の前に座り、薬湯を作っていた。

店内に漢方薬独特の香りが立ち込めている。

「仕事の息抜きにと思いましてね。」

「そっか。もうすぐ終わるから座って待ってて。」

彼の言うとおりにカウンターの前に座り、薬湯作りに集中する白澤の背中を見つめる。

「よしよし、良い感じ。」

鍋の中身を見て満足げに呟き、火を止めて薬匙を傍らに置く。

「お待たせ。外、寒くなかった?」

机の端に置かれていた閻魔庁宛ての薬袋を私の前に並べていく。

「いいえ、昼間よりは肌寒いですけど。」

「なら良いけど。中身、念の為確認してくれる?」

「ええ。」

袋を開けて、丁寧に分包されている薬の数を数えていく。

この人が数を間違えることなどないと分かっているので、形だけの確認だ。

「大丈夫です。お代、これで足りますか?」

「ん、謝謝。お茶飲んでく?」

「ええ、いただきます。」

「是〜」

茶器を広げて手際よく茶を淹れる姿を眺める。

昔と何も変わらない姿に安心する。

この穏やかな雰囲気、とても懐かしい。

「・・・貴方の店に来るのは随分久しぶりな気がします。」

「そう言えばそうだね。この前は桃タロー君に配達してもらったし、その前は茄子君が取りに来てくれたし・・・」

差し出された湯呑に入ったお茶を啜り、一息つく。

「ここに来ると昔を思い出します。すごく、安心できるんです。」

「そ、そっか・・・」

「・・・。」

「・・・。」

「ね、ねぇ・・・そんなに寒くないならさ、少し外行かない?・・・月、綺麗だし。」

沈黙を破った白澤の言葉に、また鼓動が高鳴る。

あぁ、本当に・・・あの頃に戻ったようだ。

「・・・もちろん、ご一緒します。」

躊躇いがちに差し出された手を迷わず握った。
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