【短編】現代(白澤×鬼灯)
□失くして、手に入れて。
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夜が更けて辺りが静まり返った頃、僕は鬼灯の部屋を訪れた。
「白澤様、お待たせしてしまい申し訳ありません。仕事がなかなか片付かず・・・」
「気にしないでいいよ。僕が無理言ったんだし。」
相変わらず不思議なものが所狭しと並んでいる部屋を見渡す。
「外は冷えたでしょう?どうぞ、召し上がって下さい。」
目の前に置かれた湯気の立つ湯呑。
中身は鬼灯が好んで飲んでいる桃の緑茶だった。
「ありがと。」
「ところで・・・私にお話とは、どのような内容でしょうか?」
この余所余所しい話し方も慣れてしまっている。
でも、慣れちゃいけない。
僕が惹かれてるのは・・・
常に喧嘩腰で、生意気で
でも嘘が下手で、素直じゃないあいつ・・・
「あのさ、」
「?」
「この前も聞いたけど、本当に思い出せない・・・?僕のこと・・・」
僕の言葉に、困ったように首を傾げる鬼灯。
「申し訳ありません、白澤様とお会いしたのは一週間前が初めての筈。・・・どなたかと勘違いをされているのでは?」
ああ、やっぱり・・・
鬼灯から返ってきた答えは、一週間前と全く変わらないものだった。
「お前と僕は・・・もう何千年も前からの付き合いなのに・・・それを、こんなにあっさり忘れちゃうなんて・・・」
唇を噛んで俯く。
「白澤様・・・」
「お前とは顔を合わせる度に下らないことで喧嘩してさ・・・でも、思い返してみれば喧嘩の原因はいつも僕だった。」
「あの・・・、」
「分からなくても良いから、聞いて。・・・お前の中に眠っているもう一人のお前は、きっと・・・僕のことが好きなんだ。そして、僕も・・・」
「・・・・・・。」
「僕はさ、自分の気持ちを誤魔化したくてお前に辛く当たった。その結果、お前は僕への想いを絶って自分の中の奥深い所に隠したんだ。
二度と、思い出さないように。だから、今のお前は僕のことだけ分からないんだ・・・」
気付いたら、唇が切れていた。
鉄の味が妙に濃く感じる。
「こんな結果にしたいんじゃなかったんだ・・・」
唇から己の犯した過ちと後悔がぽろぽろと零れ落ちていく。
もう、自分でも分からない。
「白澤様・・・」
「そんな風に呼ばないで・・・いつもみたいに言ってよ・・・!偶蹄類って・・・白豚って・・・!!」
震える手で鬼灯の着物に縋り付く。
「僕が悪かったから・・・!戻って来てよ・・・こんなの、耐えられない・・・!」
嗚呼、何て勝手で醜いのだろう。
「お願いです、泣かないでください・・・」
温かい手が戸惑いがちに頬に当てられる。
良く知った手の感触・・・
余計涙が溢れてくる。
「どうすれば・・・いい?どうしたら許してくれる・・・?」
自暴自棄になりかけている僕は、みっともなく泣くしかない。
「では、もう一度・・・呼んでみたらいかがでしょうか?私の中に隠れている、もう一人の私を・・・」
優しく微笑む鬼灯。
「っ・・・」
堪らず、鬼灯の後頭部を掻き抱き、もう一度額を合わせる。
そして、強く強く念じる。
深く傷付けてしまったことへの謝罪。
長年抱いてきた想い。
それらを馳せて、奥に蹲るあいつを呼ぶ。
・・・戻ってきて欲しい。
僕が知っているお前に会いたい。
お願いだから・・・・・・
強く祈り続けたが、突然糸が切れたように身体が崩れ落ちる。
それからの記憶は無かった。