【短編】現代(白澤×鬼灯)
□失くして、手に入れて。
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『あの、すみません・・・どなたですか?』
『ワシらのことはちゃんと覚えているのに、君のことだけ忘れてるみたいなんだ。』
『お前の所為で鬼灯さまがおかしくなった。』
『お前が鬼灯さまを泣かせたからこうなった。』
『鬼灯さまに謝れ。』
嗚呼、どうか悪い夢だと言ってくれ。
鬼灯が僕に関する記憶を全て失くしてからもうじき一週間経とうとしている。
鬼灯はいつも通り、仕事に励んでいた。
上司からも部下にも信頼され、愛されているいつものあいつ。
でも、僕からしたら・・・
あいつからの無茶苦茶な注文も、突然の襲撃も無い。
薬局に薬を取りに来るのも、茄子君か唐瓜君だ。
極めつけは・・・
「白澤様、御機嫌よう。自らお越しとは、どういったご用件でしょうか?」
「いや、あの・・・大王に取次ぎお願いしてもいい?」
「畏まりました、少しお待ちください。」
「うん・・・・・・。」
この堅苦しいほどに畏まったこの態度。
「では、一旦失礼しますね。」
くるりと踵を返し、大王の元へ向かう鬼灯。
その後ろ姿をぼんやりと見詰める。
閻魔殿に赴く際、鬼灯の記憶が戻っているかも・・・などと微かな期待を馳せるわけだが、そんな愚かな期待など当然のごとく打ち砕かれる。
僕の周りの全てが変わってしまった気がする。
あいつが居ないだけなのに・・・
でも・・・、
胸の真ん中に穴が開いたみたい。
この感覚は何なのだろう。
否、既に身体も心も痛いくらいに分かっている。
淋しいんだ。
もう認めざるを得ない。
鬼灯が居ない世界なんて、僕には考えられないし耐えられない。
それくらい、僕はあいつに惹かれているんだ。
でも、この想いを鬼灯に知られたくなかった。
知られたくないがために、業と鬼灯に冷たくした。
それが、まさかこんな結果になるなんて。
「ごめん・・・」
鬼灯の記憶を視たとき、己の愚かさを知った。
僕の軽率な言葉と態度があいつを追い詰めて傷付けていた。
思い返してみれば、鬼灯の切なそうな顔を何度も見たことがあった。
何かを耐えている様な、そんな表情だった。
「ごめんね・・・」
こんな謝罪の言葉など、何にもならない。
鬼灯が記憶を失くしてから、古い書を読み返したり、付き合いの長い友人に助けを求めたりした。
でも、欲しい答えは見つからなかった。
全部僕が招いたことなのに、どうすればいいのか分からない。
「・・・様?」
どうすれば・・・
「白澤様。」
耳元で聞き慣れた声がした。
顔を上げると、そこには心配そうな顔をした鬼灯が居た。
「あ・・・」
「ぼんやりされて、ご体調が優れませんか?」
「いや、何でもないんだ・・・気にしないで。」
「それなら良いのですが、大王は裁判の間でお待ちです。」
「あ、ありがとう・・・」
「いえ、では私はこれで。」
踵を返そうとする鬼灯を呼び止める。
「はい?」
「あの、さ・・・今日の夜、お前の部屋に行って良い?話したいことがあるんだ。」
「ええ、勿論です。茶を淹れてお待ちしてますね。」
人当たりの良い笑みを浮かべながら会釈をし、その場を後にした。
そんな鬼灯の態度に胸が締め付けられるのを感じながら、大王の元に向かうのだった。