【短編】現代(白澤×鬼灯)

□泣くことを忘れた鬼
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「ほら。」

家に着いてすぐ寝室に連れ込んで寝台に座らせる。

湯気の立つ湯呑を渡すと、素直に受け取りそれにそっと口をつける。

「・・・・・・」

湯呑の中身をぼーっと見つめる鬼灯の隣に座った。

「・・・あの場に居るのが辛かったんでしょ?」

「・・・・・・」

お前は死んですぐ、鬼火に魅入られて鬼になったから転生して現世に戻ることは叶わなかった。

転生という二文字は鬼灯にとっては非常に重いものだ。

しかし、転生の手続きとそれを見守るのは、誰でもない補佐官の仕事だ。

でも、

仕事と言えど、鬼灯にとっては辛いに決まっている。

自分に出来なかったことが目の前で当たり前の様に起こるのだから。

ただでさえ辛いのに、親の話まで出てしまった。

鬼灯は親の顔を知らない。

物心つく前に両親に捨てられ、村を転々として生きてきた。

行き着くどの村にも親代わりと呼べる者は誰一人居らず、あろうことか召使いとして酷い扱いを受けてきた。

挙句の果てには、雨乞いの生贄として殺された。

僕はそんな鬼灯をずっと見てきた。

生まれてから死ぬまで親の愛情というものを知らなかった。

鬼灯は、あの子に親が居ることが羨ましいと言っていた。

両親の愛情を受けて育ったであろうその子に。

鬼灯のあの言葉は、心からの言葉なんだとすぐに分かった。

「白澤さん・・・私は大丈夫ですよ。どうして、貴方がそんな苦しそうな顔をするんです?」

冷たい手が僕の頬に触れる。

「鬼灯・・・・・・」

頬に添えられた手を取って、そのまま寝台にその身を沈める。

湯呑が手から離れ、床に転がる音が聞こえる。

「何・・・」

「っ・・・どうして・・・」

「?」

鬼灯の顔の横についた手がシーツを握り締め、皺を作っていく。

「僕が一緒に居たでしょう?」

「はくた・・・」

そう、

この子が鬼になり、独りぼっちで当ても無く彷徨っている所を僕が保護し、それ以来ずっと一緒に暮らしてきた。

暮らし始めた当初は泣きもせず、笑いもしない子だった。

でも、そのうち僕の後を着いて回るようになり、感情も豊かになった。

やがて、この子が成長していくにつれ、また感情の起伏が緩やかになった。

それは生き物としての自然の理だと思って、あまり気に留めなかった。

でも、それは違った。

鬼灯が閻魔大王の補佐官になり、人の生死を左右する重要な案件をこなす様になった頃・・・僕はあることに気が付いた。

あの子が、感情を全く表に出さなくなった。

独りぼっちだったあの頃に戻ってしまったようだった。

胸の奥で何かを抑え込んでは耐えていた。

歯を食いしばって、苦しそうに。

それは、自分の過去の記憶を無理やり押し殺しているようだった。

亡者と自分が重なってしまうのだろう。

「ねえ、どうして一人で抱え込むの?」

シーツに拡がる柔らかな黒髪を梳く。

「ずっと一緒に居たのに、どうして僕に言ってくれないの?」

「・・・仕事のことで弱音は赦されません。」

「でも、そのままじゃお前が壊れちゃうよ。辛いんでしょ?」

「・・・」

僕から目を逸らした鬼灯の瞳が微かに揺らいだ。

鬼灯の上に倒れ込むようにぎゅっと抱きつく。

「分かってる、お前が死んだ時と同じくらいの子たちが笑顔で旅立つのが苦しいんだろ・・・?」

「・・・・・・っ・・・」

「辛くても苦しくても誰にも言えない、縋れない・・・そんな自分が嫌なんだよな?」

ひとつひとつ、問いかけるように言葉を紡ぐ。

「生きていた頃も、死んだ後も、独り取り残されて・・・親が恋しくて、寂しいんだよな?」

「や、めて・・・」

鬼灯の声が震えている。

この子のこんな声、何百年振りに聞いただろうか。

「偶には泣いたっていいじゃん。子どもみたいにさ・・・」

黒い瞳の縁に涙が溜まっていく。

「・・・っく・・・」

肩が震え、嗚咽が漏れる。

切れ長な目から透明の粒が零れ落ちていく。

顔を見られたくないのか、両腕で顔を隠そうとしている。

「隠しちゃ、だめ。涙の一滴一滴まで愛させて・・・」

腕を掴んで顔から引き剥がす。

もともと赤い目元は更に赤みが増し、伏し目がちな瞳からは、次から次へと涙が流れる。

その涙を唇で掬い上げてやり、赤い目元にキスを落とす。

掴んだ手を自分の首に誘導する。

大人しく僕の首にしがみ付いた鬼灯は小さく声を上げながら泣いた。

「よしよし、こうやって吐き出さないともっと苦しくなるだけだよ?」

さらさらな髪を梳いて、横に垂れる髪を耳に掛けてやる。

「はく、たく・・・さ・・・っ」

嗚咽交じりに呼ばれる僕の名。

しがみ付く腕に力が籠められる。

「僕はお前のこと、誰よりも分かってるつもりだよ?お前が生きてる間にどんな目に遭ってきたのか、全部・・・知ってるよ。」

啜り泣く鬼灯の頭を撫でながら話し続ける。

「そして、誰よりもお前を大事にしてる。・・・だからさ・・・頼ってよ、僕のこと。本当の親みたいにはなれないけど・・・」

顔を上げて僕を見る。

はらはらと涙を流す瞳と目が合った。

その瞳は僅かばかり驚きの色が浮かんでいる。

そんな瞳に優しく微笑む。

「好きだよ、鬼灯・・・お前が僕の一番だよ。今までも、これからも・・・」

鬼灯の涙に濡れた瞳が少しずつ細められていく。

「・・・っ・・・ありがとう、ございます・・・」

普段は周りから冷徹と恐れられている鬼が、僕の目の前で涙を流しながら綺麗に微笑んだ。

そんな鬼灯の頬に手を添えて、朱を挿した様に赤く染まる唇に自分の唇を重ねる。

背に回された両腕が酷く愛おしい。

唇を離し、鬼灯の首筋に顔を埋める。

「っ、ごめん・・・こんなときなのに・・・」

ぱっと鬼灯から身体を離す。

このままここに居たら何するか分からない。

不安定な鬼灯に手を出す程、僕も節操無しではない。

少し外で頭を冷やそう。

「白澤さん?」

「ごめんね、鬼灯・・・ちょっと、」

寝台から降りて、部屋を出ようとしたとき、左手を掴まれた。

「待って・・・どこへ行くのですか?」

不安に揺れる瞳が僕を見上げている。

「少し出て来るだけだよ。じゃないと・・・」

「じゃないと、何です?縋っていいと言ったではないですか・・・ここに居てください・・・」

僕の手を掴む手に微かに力が入る。

その仕草に更に熱を上げ、心の中でため息を吐きながら鬼灯の前に立つ。

「あのさ、場を弁えてないのは分かってるけど、もの凄くお前が欲しいんだ。このままじゃ・・・」

バツの悪い顔で言う。

一瞬、驚いた表情を見せた鬼灯だが、すぐに先のような綺麗な笑顔に戻った。

「貴方に欲しがられて拒む理由などありません。」

まだ潤む瞳が僕を見上げている。

「ですから・・・抱いて下さい・・・白澤さん。」

耳元で小声で囁かれる。

「鬼灯・・・」

返事をする代わりに、もう一度柔らかい唇に噛み付くように口付けた。

泣く、ということを忘れかけていた鬼。

その鬼が僕の前で子どもの様に泣いた。

酷く儚くて美しかった。

そんな鬼灯に熱を上げる僕。

よっぽど陶酔してるんだな。

でも・・・

それだけじゃ、足りない。

もっと見たい。

僕しか知らない鬼灯を。

さあ、僕の前で全てを曝して見せて。

今度は、目の前の白い首筋に吸い付いた。










【大人向け】に続くと思う←
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