【短編】現代(白澤×鬼灯)
□泣くことを忘れた鬼
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鬼灯が僕の店に、複数注文されていた薬の内の一つを忘れていったので、届けに地獄へ来た。
相変わらず暑いし、血の匂いに吐き気がする。
この濃い血の匂いに慣れるまで、かなりの時間が掛かる。
足早に閻魔殿に入る。
裁判の間に通してもらうと、閻魔大王が迎えてくれた。
「白澤君、いらっしゃい。君がこっちに来るなんて珍しいね。」
今は昼休憩中らしく、大王以外に人影は見当たらない。
「ええ、あいつが薬を一つ忘れて行ったんで、届けに来たんです。」
薬が入った紙袋をひらひらと見せる。
「ああ、そうなの。鬼灯君は今、子どもの転生の為に地蔵菩薩様と一緒に河原へ行ってるよ。」
「そうですか。じゃあ、そっちに行ってみます。」
「あ、鬼灯君に会ったらちゃんと昼休憩取るように伝えてくれる?」
「分かりました。」
笑顔で手を振る大王に会釈して、そのまま河原へと向かう。
河原へ行くと、鬼灯と地蔵菩薩様と女の子が一人居た。
今まさに、その女の子が転生しようとしていた。
少し近くに行ってみよう。
三人に近づくにつれ、その話し声が聞こえてくる。
「ねえ、お地蔵様・・・転生したら、またママやパパに会える?」
「ごめんね、君は違う君に生まれ変わるから・・・パパやママには会えないんだ。でも、きっとどこかで会えるはずだよ。」
「そっか・・・」
地蔵菩薩様は項垂れるその子の頭を優しく撫でる。
「ねえ、」
女の子は、今度は転生の書類に目を通している鬼灯に話し掛ける。
「何ですか?」
「鬼さんは転生しないの?」
首を傾げて鬼灯を見ている。
「・・・する・しないと言うより、私は鬼としての生を受けているので、転生は出来ないんです。」
「そうなの?じゃあ、パパやママには絶対会えないのね・・・」
その子の言葉に鬼灯の肩がぴくりと震えた。
「・・・・・・ええ、そうですね。・・・最も、昔のことなどもう忘れてしまいました。」
「どうしてそんなこと言うの?パパとママの顔、覚えてるでしょ?」
鬼灯の着物の裾にしがみ付く子を見やり、身長を合わせるように、その場にしゃがみ込む。
「私は、親の顔を知りません。最初から一人だったんです。」
「そうなの?」
「ええ、ですから貴女のような感情は分かりません。・・・でも、」
切れ長な瞳がすぅっと細められる。
「親という存在は・・・貴女方にとって大きくて、大切なのですね。・・・少しだけ羨ましいです。」
普段より幾分か柔らかい瞳で女の子を見つめている。
「ごめんなさい、私・・・」
「気にしなくて良いですよ。さあ、もうお行きなさい。お地蔵様がお待ちです。」
彼女の小さな背をぽん、と押してやる。
「うん、ありがとう!」
鬼灯を振り返ったその子は、満面の笑みで手を振っていた。
それに対して、鬼灯は微笑んで見せた。
しかし、その微笑みはあまりにも悲しげだった。
「鬼灯!」
あの後、あいつは子どもを地蔵菩薩様に預け、足早に河原を後にした。
僕はその後を追った。
黒い背中に声を掛けると、ゆっくり振り返る。
「・・・白澤さん、何の用ですか?」
その顔はいつもの冷たさを浮かべていた。
でも、そのもっともっと奥に寂しさと悲しさを隠しているのを僕は知っている。
「お前、この前店に来たとき薬忘れて行っただろ?だから届けに来たんだよ。」
ほら、と小さな紙袋を鬼灯に投げ寄越す。
「・・・ああ、これですか。私が私用で頼んだやつです。わざわざ来ていただいてすみませんね。」
淡々と言葉を並べる鬼灯だが、その言葉には全く感情が籠っていなかった。
・・・いつもそうだが、それ以上に。
「ほおず・・・」
「白澤さん、私これから執務室に戻って仕事を・・・って、ちょっと!」
僕の言葉を遮ってそう言った鬼灯は踵を返そうとした。
しかし、その手を掴んでそのまま執務室とは逆の方向へ歩き出す。
こんな状態で仕事だって?
半ば引きずられるように着いてくる鬼灯が後ろで声を上げる。
「どういうつもりです?!」
「・・・もう、見ていられない。」
「はぁ?」
閻魔殿の外に出て獣へと姿を変え、鬼灯を引っ張り上げて背中に乗せる。
「白澤さん!私、仕事が・・・」
「そんな不安定な状態じゃまともに仕事出来ないでしょ?」
図星を突かれ、ぐっと押し黙る鬼灯。
「・・・大王には僕から言っといてあげるから、今は黙ってな。」
全てを見透かされ、唖然としていた鬼灯だが、やがて諦めたように僕の背中に顔を押し付けた。
「・・・ちゃんと掴まっててよ?」
小さく頷いたのを合図に、桃源郷を目指して飛び立った。