【短編】現代(白澤×鬼灯)

□IF
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「・・・・・・。」

目覚めると、自室の天井。

当たり前のことなのだが。

身体を引きずって、寝台から抜け出す。

鉛を背負っているようだ。

だが、こうしてはいられない。

仕事をしなければ。

着物を羽織って、部屋を出る。

手にした金棒がいつもより重く感じた。

朝食を摂る気にもなれず、そのまま大王の元に向かう。

「おはようございます。」

「おはよう、鬼灯君。・・・って、なんか顔色悪くない?ちゃんと寝てる?」

酷く、心配したような表情の大王。

「寝てはいるのですが、どこかすっきりしないんですよ。」

言いながら、今日の分の書簡に目を通す。

が、内容が全く頭に入ってこない。

なんだか眩暈がする。

「ッ・・・」

咄嗟に額を抑える。

「ね、ねえ・・・鬼灯君。今日は休み取って、白澤君に診てもらったら?」

「何を言いますか。これくらい・・・っっ!」

眩暈が強くなり、思わず机に手をつく。

「ほら、早く部屋に帰って休みなさい。これは命令だよ、いいね?」

幾分か気迫のある声で私に言う。

ここまで来たらもう折れるしかない。

「分かりました、すみません・・・。」

「いいから、早くお行き。」

大王の言葉に素直に踵を返し、部屋へ向かう。

後ろで大王が白澤さんに連絡している声が聞こえた。

縺れる足で何とか自室に戻り、上着も脱がずにそのまま寝台に倒れ込む。

眩暈が強くなり、布団を握り締める。

ああ、また・・・

脳に何かが流れ込んでくる。

白澤さん・・・

早く、来て・・・

大好きな人を思い浮かべながら、目を閉じる。











鬼になり、成長した今でも時々思い耽ることがある。

自分は鬼としての生を与えられているが、私が生きていることで喜んでくれる人は居るのだろうか。

・・・こんな感情、馬鹿げている。

私には、あの人が・・・

そう自分に言い聞かせる。

間違いなく、あの夢から派生してきたもの。

胸が締め付けられて、痛い。

自分の存在価値が分からなくなる。

苦しい、苦しい・・・

誰からも必要とされなくてもいい。

それでも生きたい・・・

もう少しだけ、自由な時間が欲しい。

あんなに短く、呆気ない生だったのだから、それくらいは赦されるでしょう・・・?

自己嫌悪が酷くなる。

安らかな眠りなど、要らない。

お願いだから私から『生』を取り上げないで。

もしも・・・

死ぬ寸前に現れたあの人の・・・

今では、最愛の恋人であるあの人の・・・

あの綺麗な手を掴めていたら・・・

こんな半端な鬼火で生かされている鬼ではなく、貴方に見合う存在になれていましたか?

もしも・・・

無数の『もしも』が浮かんでは、虚しく切り裂かれる。

自分の心音が酷く大きく聞こえる。

「ほおずき」

大好きなあの人の声が聞こえた。

ああ、目を開けなきゃ・・・

最愛のあの人を、この目に映したい。











「鬼灯!」

黒い瞳が私の顔を覗き込んでいる。

その瞳は、安心と不安が入り混じった色をしていた。

「はくたく、さ・・・」

「大丈夫・・・?」

優しい表情に安堵し、唇が勝手に開いていく。

「・・・幼い頃の夢を見るのです。死に抗えきれずに死んだ後、鬼となって彷徨う夢を・・・。繰り返し繰り返し・・・もう、おかしくなりそうです・・・」

「ほ、ずき・・・?」

「最期に見たあの人が、貴方だと知ったとき・・・嬉しかったけど、悲しかった・・・」

良く知った頬に、髪に触れたくて手を伸ばす。

指先にしっかりと伝わる温かい感触。

やっと触れられたような気がして、自然と頬が緩む。

同時に、堰を切ったようにぼろぼろ零れ落ちる。

ガラにもなく、嗚咽を溢しながら泣く。

「ごめんね、お前がそんなに苦しんでいたなんて・・・知らなかった。」

手を掴まれて引き寄せられ、そのまま白澤さんの胸に抱き込まれる。

「はく・・・た・・・さっ・・・」

「神はね、生きる者の定めを歪めてはいけないんだ。ただ、見守るしかない・・・あの時だって、そうだった。
死に逝くお前を助けてあげたかったけど・・・出来なかった。ごめんね・・・」

きつく、きつく私を抱き締めてくれる神様。

「実は、さっきお前の夢を覗かせてもらったんだ。」

「・・・」

「ねえ、鬼灯・・・お前は自分を蔑みすぎ。お前を忌み嫌ってる者なんて、一人も居ないよ?それに・・・」

耳元に、彼の唇が寄せられる。

「僕はお前だから愛してるんだよ?哀れな人間として死んだ挙句、鬼火に魅入られて鬼となったお前だから・・・」

ちゅっと角にキスが落とされる。

「前にも言ったけど・・・他でもないお前だから、あの時・・・お前の前に降りたんだよ。禁忌と知っていても、可愛いお前を僕のものにしたかった。」

そう、彼からこの話を聞いてからもう数百年が経つ。

だけど、時々こうして不安に襲われ、一人で悩むことがある。

こんな、夢にまで見るようになるなんて・・・

まだ、過去に縛られている証拠だ。

そんな弱い自分に嫌気がさし、更に涙が溢れ出る。

「ごめん、ごめんね・・・」

数多の意味を持つであろうその謝罪の言葉に、涙を散らしながら首を横に振る。

「ずっと、見ていたよ。お前の頑張りも苦しみも痛みも全部。・・・もう、追い詰めなくていいんだよ。」

ぽんぽん、と赤子をあやすように一定のリズムで背を叩かれる。

「白澤さん・・・お願ぃ・・・私を、一人にしないで・・・っ・・・置いて行かないで・・・!」

普段だったら、こんな弱音絶対に吐かない。

でも、もう無理・・・我慢出来ない。

薬の香りが染み込んだ白衣に縋り付く。

「大丈夫、ずっと一緒に居るよ。お前が不安な日は、一緒に眠ってあげる。・・・誰よりも愛してるよ。」

顔を上げると、綺麗な目を細める白澤さんと目が合う。

「それでも不安なら、お前に溢れる程の吉兆を授けるよ・・・神の名に懸けて、お前を守ってあげる。」

はらはらと頬を伝う涙を神の指先がつぅと撫でる。

「だから、もう泣かないで。鬼灯・・・」

もう一度、抱き締められる。

神の暖かな鼓動を感じながら、その腕の中で黙って頷いた。

もう、大丈夫・・・

この人の腕の中で眠れるから・・・

目覚めても、この人が側に居てくれるから・・・

生れ落ちた私を愛してくれる、私の神様。

ねえ、はくたくさん。

もしも、私が貴方に飽きるくらい愛の言葉を送ったら、貴方は喜んでくれますか?

もしも、貴方と私の愛の結晶が残せるのならば、どんなに幸せなことなのでしょうね?

無数の『もしも』を思い描く。

それは、過去の辛い『もしも』ではなく、明るくて愛に満ちたそれだった。

「さあ、安心して寝て良いよ。夜明けまで一緒に居るから・・・ね?」

白澤さんは私の背を支えて寝台に寝かせ、すぐ横に腰掛けた。

「白澤さん・・・大好きです。こんな私を大事にしてくれて、ありがとうございます・・・」

手を伸ばして、彼の右耳に垂れ下がる耳飾りを揺らす。

一瞬、驚いたような表情を見せた白澤さんだったが、すぐにいつもの優しい笑みを見せる。

「我爱你・・・」

それだけ言うと、その形の良い唇で私の唇を塞いだ。

柔らかくて暖かい心地良さに目を細め、そのままゆっくり閉じる。

どんなに長い夜だって、もう怖くない。














鬼灯さんが予想以上に女々しくなった。
原作派の方、すみません!!!

小説作りに参考にした曲の歌詞です↓
本当に泣ける曲です。

『IF』 〜巡音 ルカ〜

『歩いて、触って、眠って、目覚めて
ありふれた明日は来ない
この身が終わると気付いた時から
叫び始めた 命


もしも この両足が自由なら
部屋の外へ踏み出していこう
もしも この両腕が自由なら
誰かに触れてみたい


神がいるのならば なんて無力な
すがりつく 鼓動の糸


苦しい 苦しい それでも生きたい
安らかに眠れなくていい
この身が終わると気付いたその日に
私は生まれ落ちた


苦しい 苦しい それでも生きたい
安らかに眠れなくていい
無数の儚い「もしも」を切り裂く
心電図の音が


生まれて、目覚めて、眠って、それから
その先には何があるの
無数の儚い「もしも」を夢見た
長い夜が明けていく


息を殺して待った
真っ赤な朝(あした)を待った
真っ赤な朝(あした)を待   』
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