【短編】現代(白澤×鬼灯)
□禁忌術
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極楽満月に着くなり、白澤さんに手を引かれ、寝室に連れて行かれた。
「そこ、座って。」
言われるがまま、ベッドに腰掛ける。
白澤さんはというと、忙しなく本棚を漁っては次々に本を引っ張り出している。
「鬼灯、今は何ともない?」
その言葉にはっとする。
そう言えば、ここに来てから寒気も胸の痛みも消えている。
「何とも、無いです・・・」
「やっぱりね・・・目の色も戻ってる。」
本を抱えながら意味深げに言う。
「やっぱり、とは?」
「お前の中の死に対する恐怖が限界を超えたんだ。地獄なんて、死の巣窟のようなもんだろ?
おまけに、お前自身も死ぬかもしれないっていう恐怖に現在進行形で晒されている。これは、治療云々じゃなくて、お前自身の問題だよ。」
死の巣窟・・・
言われてみればその通りだ。
地獄は死がなかったら成り立たないと言っても過言ではないだろう。
それに、私が耐えかねている?
そこらの者よりは強い精神を持っているつもりでいたが、どうやら違うようだ。
「それに比べて、ここは死とか苦しみとか無縁だからね。無意識に安心してるんだよ。」
悔しいが、納得できた。
「無意識のうちに恐怖を溜め込んじゃってたんだね
・・・ごめん。」
私の隣に座った白澤さんは、そのまま私の肩口に顔を埋める。
「何故、貴方が謝るのです?」
「だって、あの時・・・助けられなかった・・・それに・・・」
白澤さんが口籠る。
「何です?はっきり言いなさいよ。」
先が気になってつい、急かしてしまう。
「昔、天帝の御前に行っただろ?あの時、天帝からお前の鬼火について忠告されていたんだ。今まで黙ってたけど・・・」
「忠告、ですか?」
「うん。お前の中の鬼火は天帝が遣わせた貴重なものだ。けれど、その分脆くて壊れやすい。今まさに、その脆い鬼火が壊れて消えようとしている。」
「・・・そうだったのですね。では、これは・・・」
鬼火が宿っている胸に手を当ててみる。
「そう。昔からの苦労が積み重なって、今それが全部伸し掛かっているんだ。お前は小さい頃から頑張り屋で負けず嫌いだったもんな?」
「・・・そんなこと・・・」
「ごめんね。近くで見守っていたつもりだったのに。気付いてやれなかった。最低だ、僕・・・」
俯いてしまった白澤さんに苦笑し、その頬に手を当てる。
「・・・貴方に非はありませんし、貴方の所為だとも思っていません。」
そっと頭を撫でてやる。
「優しいね・・・お前は・・・今も昔も・・・」
「おや、今頃お気づきですか?」
きゅっと鼻を摘まんでやる。
「ところで、私はどうしたら良いのでしょう?生憎、消滅するにはいかないのですが。」
「うん、それなんだけどさ・・・まじないを使おうと思う。」
「まじない?」
首を傾げる私の目の前に一冊の本を突き付ける。
「禁忌術・・・?」
「そう、この中に載ってる『永不消火』と『永退死呪』・・・被術者の命火、お前で言う鬼火を永遠に燃やし続け、死から退ける。昔から禁忌とされているまじないだよ。」
先程までの雰囲気とは打って変わった真剣な表情。
「死から・・・退ける?」
「そう、今後一切・・・消滅することは無い。不老不死になると言ってもいい。人間だった頃のお前に掛けようとしたまじないだよ。」
「まさか、あのとき言っていた・・・」
『僕なら、お前を死から遠ざけられるかもしれない・・・』
当時の白澤さんの言葉が蘇る。
このことだったのか・・・
「そうだよ。このまじないのこと・・・」
切なげに眉を寄せ、今にも泣きそうな表情で私を見る。
「ねえ、お願い・・・。何も言わずに受け入れて・・・また、お前が僕の目の前で消えるなんて・・・耐えられない。」
「・・・白澤さん・・・」
そうだ。
私が死んだとき、誰よりも悲しみ嘆いたのは、この人だ。
この人は、私と交わした約束を一日たりとも忘れなかった。
誰よりも、私のことを大事にしてくれている。
人間の丁の頃も、鬼の鬼灯となった今でも、この人は有り余るほどの優しさと愛情をくれた。
私だって、またこの人の側から離れるなど考えたくない。
永遠に一緒に居たい。
この優しすぎる神様と・・・
「貴方を、信じます。」
「鬼灯・・・」
涙をこぼす神様を抱き締める。
「もうあんなのは御免です。永遠に貴方の側に置いて下さい。」
きつく抱き締め返される。
「もちろんだよ・・・ありがとう、鬼灯・・・」