【短編】現代(白澤×鬼灯)
□鬼灯の簪
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昼下がりの桃源郷。
今日は午前中でお店はおしまい。
桃タローくんが地獄へ薬剤師の研修に講師として出掛けるんだ。
地獄で薬剤師を目指す獄卒が居ると鬼灯から聞いていた。
僕が行っても良かったんだけど、桃タロー君が行ってみたいと言っていたので、お願いすることにした。
この数年で桃タロー君は驚くほど腕を上げた。
僕の弟子も大したものだ。
何の心配も無く、講師として送り出せる。
そんな事を考えながら、カウンターの引き出しから古い箱を取り出して蓋を開ける。
「白澤様・・・それ、何ですか・・・?」
出掛ける支度の手を止めた桃タロー君が箱の中身を凝視している。
「んー?今まで貰った簪だよ。処分しようと思ってね・・・」
「簪・・・?」
「昔、付き合ってた女の子から貰ってたんだよ。」
数ある簪から1つを適当に摘み上げて眺める。
「はあ・・・でも、何故急に?」
桃タロー君が不思議そうに首を傾げている。
「僕が女遊びをきっぱり止めた理由、知ってるでしょう?」
「え?ああ・・・鬼灯さんですか?」
「そう、別に処分しろって言われた訳じゃないけど・・・鬼灯が居るのに、過去の恋愛の痕なんて残していたら、あいつに失礼だろ?」
桃タロー君は驚いた様子だったが、すぐにいつもの優しい顔に戻った。
「白澤様・・・本当に鬼灯さんの事、大事にしてるんですね・・・」
「当たり前だよ。何千年も想い続けてたんだ、あいつが大人になるまで・・・」
そっと箱の蓋を閉じる。
「その想いが、やっと届いたんだ・・・決して無駄には出来ない・・・」
「白澤様・・・」
「ってことで、これ任せちゃっていい?」
桃タロー君に箱を手渡す。
「ええ・・・白澤様・・・」
「ん?」
「俺、白澤様のそういう所、本当に尊敬してます。」
少し照れくさそうな桃タロー君。
「ふふふ。ありがとう。」
「いえ・・・では、そろそろ行ってきますね。」
「うん、いってらっしゃい。」
桃タロー君は、からからと扉を開けて出て行った。
ひらひらと手を振って彼を見送る。
さて、注文が入っている薬でも作るか。
束になりつつある注文書にざっと目を通し、必要な材料を薬棚から取っていく。
たまには、こうして黙々と薬を作るのも悪くない。
注文は簡単な薬ばかりなので、生薬を刻んでは煮ての繰り返しだった。
2時間ほどで全ての薬を作り終えてしまった。
注文書を見ながら袋詰めしてはまた薬棚に戻していく。
「ふう〜」
伸びをしながら、カウンター横の椅子に腰掛ける。
少し間を置いて、店の扉が静かに開かれた。